人魚の巻
―とある海岸―
夏の強い陽射しが波の打ち付けるリアス式海岸に照りつける。
すぐ上の道路では車が走り、大型車が通ると震動が伝わってくる。
「いい男いないね~」
ゴツゴツとした岩に座って私は友達のレーヌに投げ掛けた。
「ね~、鱗乾いちゃうよ」
レーヌは下半身をペタペタと触りながらそう言った。
私達は人魚。
上半身は人間と一緒。
下半身は魚。
昔の人間は私達の肉に不老長寿の力があるなんて言ってたけど、実際にはそんなものない。
まあ、健康にはいいみたいだけど……
そのデマのせいで私達人魚は一時期絶滅寸前まで追いやられて、生き残ったご先祖様達は海面に上がるのを禁止して深海で暮らしたんだって。
でも今はそんな野蛮な人間も減ったみたいで、ここみたいに人間との接触が許される場所もできたんだ。
おかげで人魚の間では人間ブームが巻き起こってるの!
私、メイも人間の男を探しに来たってわけ!
でもおかしい……
全然人間が寄ってこない……
ていうか人が少ない……
ちらほらおじさんが釣りをしてるぐらいしかいないなんて。
「ね~メイ~全然人間来ないよ~?」
レーヌはいつも人任せでその上文句多いしほんと困る。
まあ、私の可愛さを引き立たせてくれるから一緒にいるけど。
「はあ~つまんないし焼いちゃお~、オイル塗って」
「いいですね、焼き魚ですか?僕醤油ありますよ?」
突然背後から男の声が。
二人で振り向くと釣竿、クーラーボックス、ポケットのたくさん付いたベスト、偏光サングラスという出で立ちの典型的な釣り人が立っていた。
「あはは、すみません冗談です」
そんなことを言いながら男はなに食わぬ顔で私とレーヌの間に座って釣りを始めた。
「あ、あの~……」
「ん、ああすみません、僕こういう者です」
そういうことではないのだが、男はサングラスを外して名刺を押し付けてきた。
サングラスの下には30代前半くらいのややくたびれた顔があった。
『フリーライター 百目鬼 龍太郎』
雰囲気に合った変わった名前だ。
しかしもしかするとありという可能性も……
「え、ええと~フリーライターってどんなことしてるんですか~?」
「えー!フリーライター!?なにそれウケる!」
相変わらずレーヌは鬱陶しい。
もしかしたら大物かもしれないんだから黙って引き立て役をやっててほしい。
「うーん、そうですねぇ……」
自分の仕事について聞いたのに百目鬼は頭を掻いて悩みだしてしまった。
「んまあ、あれですねぇ…いい記事になりそうなものが見つかったら書いて……あとはこうやってのんびりですね」
顔も普通で仕事もそんなに意欲的じゃない……でもまだ可能性は一つある!
「いいですね!悠々自適な暮らし…憧れます!いいな~色々気になります…どんな家でそんな風に暮らしてるかとか~」
「ボロアパートでネトゲしてますよ~モンスタークエストオンライン!知ってます?モンクエ」
不合格
私が探してるのはイケメン、高学歴、高収入、身長180cm以上の優しい細マッチョ!!
この人は何も満たしてない!
「あ!おじさんモンクエやってんの?あたしもやってる~……」
なんかレーヌは盛り上がってるけど勝手にすれば。
百目鬼に興味がなくなった私はまた頬杖をついて男を探した。
岸ではちらほら冴えないおじさんが釣りをしているだけ。
全然若者はいない。
獲物が現れるまでレーヌと百目鬼の話でも聞いていよう。
「へぇ~レーヌさん達はナンパに来たんですか」
「そうなんすよ~でも全然いい人いなくて~」
レーヌはずいぶんと楽しそうに喋るなぁ。
もうおっさんとくっつけばいいじゃん。
「まあこんなとこには普通来ないでしょう」
「え~マジ?でも人魚って人気っしょ?」
「いや~確かに人気はありますけど……陸で暮らせないでしょ?そりゃ男も寄り付かないよ」
「そんだけならまだ頑張ってくれる人いるっしょ?」
「うーん、その辺のほとんどはラミアに取られちゃってるかな……」
衝撃的な発言だ。
「ちょっとおじさん!私達人魚の魅力があんな蛇女に負けてるっていうの!?ラミアは魔物!人魚はヒロインって昔から決まってるのに!」
聞くだけのつもりがつい口を挟んでしまった。
「落ち着きなよメイ…」
「うるさい…今日はもう帰る……」
蛇女の話なんて気分悪い。
ふて寝してやる。
百目鬼とレーヌを背に私は海に帰った。
「気にしないでいいよ!メイああいうとこあるから!」
レーヌが気を使ってフォローしてくれた。
「でもなんであたし達とラミアを比べるの?」
「けっこう失礼な話になっちゃうけどそれでもいい?」
「うぅ……嫌だけど気になる!」
レーヌという人魚はずいぶん素直な性格みたいだ。
「人外との交流の増加が急すぎて、まだ人間側の意識があんまりできてないんだ……ラミアと人魚は両方下半身が鱗のある尾になってるってことで一緒にしちゃう人間もいるんだよ」
「えー!全然違うのに……」
それを聞いてレーヌはがっかりしてしまったようだ。
人間への期待を壊しちゃったかな?
「でも、しょうがないか……私達も白人とか黒人とか人間の種類わかんないし」
レーヌが理解のある人魚でよかった。
今の人間では人魚とラミアの違いもいまいちだが、人外への意識を高めればいつか人魚の種類も分かるぐらいになれるかもしれない。
「ありがとう!いい話を聞けたよ!」
「うん!じゃあねおじさん!帰ったらフレンド申請しとくー!」
去っていく僕をレーヌは屈託ない笑顔で手を振って見送ってくれた。
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『波打ち際の乙女の嘆き~人間の意識改革へつながるか~』
先日私が某海岸へと釣りをしに足を運ぶと二人の人魚と出会った。
二人は人間をナンパしに来たと言うが海岸にいるのは少数の中年男性だけだ。
A「なんで若者は来ないの?」
Aのその問の答えは人間にとっても人魚にとっても嘆かわしいものだ。
しかし、筆者は彼女らのため、そして人間側への戒めのためにも答えた。
その原因は他の人外種だ。
残念ながら現在、人外種をしっかりと見分けることのできる人間は我が国でも50%未満だ。
急速な人外種との交流の増加に我々人間の意識が追い付いていないのだ。
人魚で言えば、現在の人間の認識では陸に暮らす蛇の下半身を持ったラミアとの見分けが出来ていない。
それを聞いてBは怒りだしてしまった。
B「人魚の魅力がラミアに負けてるっていうの!?」
人魚とラミアの関係性に関しては分からないが、人間の間で人魚の人気が高いのは確かだ。
その需要が正しく伝わってこないことに憤るのも仕方のないことと言える。
人間同士での見分けに関しては昨今グローバル化が進んだことで考える必要が無くなったが、人外種の扱いに関しては今後の課題となるだろう。
文:百目鬼 龍太郎
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「載ってる載ってる」
僕は週刊誌の端にあった自分の記事を確認し終えると、それを集めている古紙に追加した。
それからネットの向こうにいるレーヌに『載ってたよ』とチャットした。
レーヌは分かっているのかどうなのか『マジで!すげえ!』と返してきた。
「はあ~いい記事書けた……人外さんごちそうさん」