急転
代表決定戦についての会談が執り行われる土曜日――漆治と砂刀たちが決闘を始めてから少し後。
その日の朝は六月らしい、すっきりするような空気に満たされ、空には抜けるような青空が広がっていた。いつも通りの、何の変哲もない天気だ。
そして双葉姉妹もまた、いつも通り一般寮へと続く山道を歩いていた。
「まおちゃん、あきちまできょうそうしよ!!」
「あず~、もしかしてアタシに勝てると思ってるの~?」
「かけっこだったら、わたしだってまけないよ?」
「かけっこだってアタシの方が速いし~。昨日もアタシが勝ったじゃん。ま、それでもいいなら別にいいけどね。よーいドンでスタートだからね、フライングしちゃダメだからね、絶対ダメだからね」「はーい」
「よーい――」「――ど~ん!!」
「あ、こら!! ずるいずるいずるいー!!」「はやいものがちだよ~」
「それそういう意味じゃないし! もー、待てえ!」「またないも~ん」
そしてまたいつも通り、山を少し登ったところで、マオとアズキは一般寮にある空き地にどちらが速く着けるか競争する。
自分たちが後ろから何者かに尾けられていることに気付かぬまま。
「これがウイカさんが言ってた……えーっと」
「総合訓練場だ。キミ、物覚えが悪過ぎないか?」
「の、喉までは出てたんです!! あと一秒待ってくれれば言えました!!」
「まことって一言多いんだよな」「あ、あの……皆さん、喧嘩は……」
耀、誠人、玲、美羽の四人は、空き地とは反対側――切り立った崖の方に放置されていた物置の前に来ていた。風が吹けばすぐに壊れてしまいそうな、ぼろい外観である。
因みに、剛羽と優那の二人はチーム上妃の代表として会談に参加するため、この場にはいない。
「ただの物置にしか見えないけど……」耀が立てつけの悪い引き戸を開けると、中からもわっと鼻が曲がるような異臭が溢れ出す。「な、なによこれっ~~~~~~」
足の折れた机や椅子、ボードなどが散乱した物置の奥には床下収納が。気のせいか、僅かに開いた蓋から黒い煙のようなものが溢れ出している。
「うーさんに色々聞きてえけど、また出張してるし……とりあえず、まこと、行って来いよ」
「断る。明らかに危険じゃないか」
「あの蓋の下が総合訓練場ね……大丈夫よ、美羽ちゃん。私たちが付いてるわ」
耀は恐がるように身を縮ませた美羽を安心させるように毅然とした態度を取り「私が行くわ!」と一行の先陣を切って中に踏み込む――が、踏み込んだ右足がシュバッと何かに絡め取られ、そのまま吊るし上げられた!?
「きゃぁあああああ!?」「ひ、耀先輩!?」「目潰し!!」
顔を赤らめながら、重力に従順に従ったスカートの裾を掴んで下半身を隠す耀。
「神動はスパッツを履いてるだろう……なぜ僕が……こんな目に……」
誠人は目を抑えながら蹲って呻く。いつもスカートで隠れているスパッツの上半分すら見ていなかったというのに、玲の眼鏡をすり抜けた器用な目潰しを食らわされた。踏んだり蹴ったりだ。
「まこと……ごめん、つい」
「つい、他人の目を突くのかキミは!?」
「あ、あの、早く耀先輩のこと降ろしてあげませんか?」「「あっ」」
「うぅ美羽ちゃ~ん、ほんと天使。蓮くんには勿体ないわ」
「……あー、これつくったのは多分……」耀を救出した後、玲は床下収納から寮の方へと視線を移す。「チーム上妃の工手だな」
「スミス……外人さんかしら?」
「スミスさんじゃなくって、防具つくったりするスミスさん。鍛冶屋だよ、鍛冶屋」
「このチーム、工手がいたのか」
「あ、あの、工手って籠手とか膝当てとかつくる人ですよね?」
「それそれ。あとは球とかカメラもつくるぜ」
「え!? あ、あの、球とカメラって支給品を使うんじゃないんですか?」
「みう、知らないなぁ?」玲はにやりと笑う。「砕球は自主制作したもんでも、審判からOK出たら持ち込めるんだぜ」
「工手も重要なポジションなのね」
「その工手、役に立つのか?」
「実力に関しちゃ問題ねえよ。まあ、変わったやつだけどな。自分が面白いって思ったことしかやんねえし……今のみてえに、変なトラップつくるし」
「この吊るし上げ、その子がつくったの!?」
「ほぼ間違いねえな。今頃監視カメラの前でゲラゲラ笑ってんじゃね?」
「根がひん曲がってるんじゃないか?」「ほ、本当はいい子なのよ」「あははは……」
「もしあいつがつくったんだったら……無事に出て来れそうにねえんだよなぁ……マジで入る?」
「ふ、却下だ。こんな怪しいところで練習して怪我をしたらどうするつもりだ」
「でも……」耀は「砕球部」と書かれた木片を拾い上げてぱっぱと汚れを落とす。「ここで練習したらもっと強くなれそうな気がするわ」
「……だな」「キミがやるって言うなら……」
玲と誠人も耀の提案に賛成の意を示す。が、
「あ、あの……今日ってマオちゃんとアズキちゃんが来るじゃないですか? 先に入っちゃってていいんでしょうか?」
「そいうことなら、この私が先陣を切るわ。玲ちゃんたちはここでマオちゃんたちのこと待ってて頂戴」
「仕方ないみたいな言い方をしてるけど、本当は自分が先に試してみたいだけだろ!?」
「そうですけどなにか問題でも!?」
「じゃあ、間を取ってあたしが――」
「――ずるいわ、玲ちゃん!」「それは一番あり得ない」
「なんで!?」
と、一向に決まらない雰囲気が漂い始めたところで、
「――はーい、注目。アテンションプリーズ」
軽薄そうな声のした方向に耀たちが視線を集めると、そこには見知らぬ少年たちに捕えられた双葉姉妹の姿があった……!?




