入団試験直前
剛羽がチーム上妃に入団してから間もなく二ヶ月、夜の河川敷にて。
「ぉ……っしゃぁあああああ!!」
一〇〇メートル走三〇〇本勝負で勝ち越しを決めた剛羽が、雄叫びを上げながら拳を突き上げる。一五一勝一四九敗、薄氷の勝利だ。
「はぁはぁ……く、悔しくなんか……悔しくなんかないんだからね! っ~~~~~~」
一方、惜しくも敗れた耀は倒れ込んで丸くなり、膝を抱え込むようにして顔を隠す。前よりはいい勝負ができるようになったが、やはり負けるのは悔しい。
「ふん、あと一〇本走ってれば、私が勝ってたんだからね!」
「嘘付け、もう足残ってないだろ」
「そういう蓮くんだって一杯一杯でしょ!」
「は?」「なによ」
と、言い合いが激しくなってきたところで「「っ~~~~~~」」二人とも痙攣し出した足を抑えながら言葉にならない声を漏らした。そして剛羽はふっと――耀はくすっと笑い合う。
「……達花くん、まだ走ってるわね」
ベンチに腰掛けていた耀の声に、芝生の上に大の字で寝っ転がっていた剛羽は、首だけ動かして一心不乱に走り込んでいる誠人を見た。
誠人も剛羽たちとの三〇〇本勝負に参加していたが二〇〇本あたりで脱落し、今は二人よりもたくさん走ろうと懸命に身体を動かしている。
「もう三〇〇本は終わってるはずでしょ。マオちゃんたちに負けたこと、気にしてるのかしら……? だから、まだ走って……」
「よく見てみろよ、あいつなら大丈夫だ」
誠人は顔を上げられなくなるくらい本数を重ね、腕も足も動きが鈍くなっている。呼吸音がここまで聞こえてくるのは、それほど追い込んでいる証だ。そんな眼鏡の少年から発せられる熱気が、ここまで届いてきそうである。
「此間の仮装大会まで、あいつは勝ったことがなかったんだぞ。でも、今までずっと続けてきた。多分、練習だってここ数年は一人でやってたはずだ。そんなやつが簡単にやめたりしないさ」
「そう……達花くんに失礼でしたね。さっきの発言は撤回するわ」耀は剛羽に手を差し伸べる。「それと……あ、あ、ありがと」
「なんだよ、急に」剛羽はその手を借りて何とか立ち上がった。「試験前に、ごますりか?」
「馬鹿にしないで、今度の入団試験、実力で合格してみせるわ……そうじゃなくて、今までのこと。練習メニュー、考えてくれたでしょ?」
「俺は途中でほっぽり出した。それに、メニューをこなしたのは神動、お前だ」
「なに照れてるのよ。優那先輩から聞いたわ。出稽古中も、私たちの練習メニュー考えてくれてたって」
「…………」なに言っちゃてんだよ優那先輩と思いながら、剛羽は首の後ろに手を当てて気まずそうに目を背ける。顔がいつもより熱い。
「……大会、初めてだったの」
「大会に出たのがってことか?」
「それもそうだけど、それだけじゃないわ。初めて出て、しかもいきなり優勝できて……優那先輩、玲ちゃん、美羽ちゃん、達花くん、みんなとチームで戦えて嬉しかった。このチームでよかったわ。だから――」
耀は朗らかな笑顔を浮かべる。
「――ありがとう。あなたに会えなかったら、こうはならなかったと思う」
「それは勘違いだ。俺は礼を言われるようなことは……」
剛羽は耀と視線を合わさない。彼女の無邪気な笑みを、新たな一面を直視できない。
「それでもありがとう」
「……さっきも言ったけどな、頑張ったのは神動だ。いいコーチがいても、いい環境でも、やらないやつはやらない。お前は正当な成果を受け取ったんだ」と、剛羽が頑なにそう続けると。
「はぁ……まったく、素直じゃないわね。こういうときは照れなくていいのよ」
頬をほんのり染めていた耀は、ぷいっとそっぽを向く。胸を張り腕を組むといういつものポースで、だ。
「なんだよ、急に偉そうに」
「偉そうになんかしてませんぅー」
バチバチと火花を散らす二人。
「――おい、他人が練習してる前でイチャつくんじゃない」
「イチャついてない」「イチャついてません!」
それから、誠人の息が整うのを確認した耀は、腕時計に目をやり「そろそろ夕食の時間よ。戻りましょ」と促す。
「ほら、二人とも、ダラダラしない! このままだと優那先輩たち待たせちゃうわよ!」
「元はと言えば、キミが夕飯前に練習しようと言い出しんたんだろ。ガキ姉妹を送ってそのまま帰れば余裕で――」
「――達花くんだって、無我夢中で練習してたじゃない。言い合いっこなしよ」
「誰の責任かなんてどうでもいい。それより――今日の当番誰だ?」
「玲ちゃんよ」
「俺、外食してから――」
「――だ・か・ら! ダメに決まってるでしょ! それに今日は優那先輩と美羽ちゃんが手伝うから大丈夫よ。ウイカさんもいるし」
「……急いで帰らないとな。待たせるのはよくない」
「あなた、ほんと現金ね……」
三人は身体を引き摺りながら、一般寮を目指して歩き出した。




