望まぬ隣人
パチンコ屋の裏口を後にした佐藤は、歩きながら足元の相棒に視線を落とす。
(……そういえば、名前はどうしようか)
ずっと「犬」やら「相棒」やらで呼ぶのも味気ない。呼び名があった方が指示も出しやすいはずだ。うーんと唸って名前の候補をひねり出す。
「ポチ……いや、普通過ぎるな。ポティ? いや、そういうのじゃない。柴犬だし、シーバ? ……ちょっと安直すぎるか」
毛並みの色から連想してみる。
「食パン、むぎ、きなこ……うーん……」
どれもしっくりこない。なんだかペットショップの可愛い仔犬につけるような名前に思えてくる。今ここにいるのは、怪異のネズミを蹴散らし、分身のスキルまで使いこなし、頼りになる「相棒」なのだ。
(もっと強そうなのがいいよな。分身の術が使える犬、か……)
ふと、日本の古典的な忍者のイメージが頭をよぎった。
「分身が使えるなら、小太郎か?」
風魔小太郎。
忍びの名としては定番中の定番だが、どこか頼もしさとしっくりくる響きがある。
「よし……今日からお前はコタロウだ。どうだ?」
『ワン』
柴犬――コタロウは足を止め、満足そうに尻尾をひと振りした。どうやら気に入ってくれたらしい。
「よろしく頼むぞ、コタロウ。まずは現状の整理だ」
佐藤の当面の目標は、火災から奇跡的に無傷で残った自宅――コンテナハウスを拠点として確保し続けることだった。
(……だが、あのコンテナの周りが安全とは限らない。まずはコンテナハウスを中心に、ぐるりと半径数百メートルを周回して安全確認だ。ついでに使える物資がないか探索する)
計画を固めた佐藤は、アルミパイプを固く握り直した。
「行くぞコタロウ。周回ルートの警戒だ。変な奴がいたら教えてくれ」
『くぅん』
コタロウは鼻をヒクヒクとさせ、耳をピンと立てて佐藤の少し前方を歩き出した。
路地裏を抜けると、関東のベッドタウン特有のファミレス、ドラッグストア、コンビニと、リズムゲーをするかのようにチェーン店が並ぶ通りへ出る。
電波は相変わらず届かないが、遠くで時折「パチッ、パチッ」と空気が爆ぜるような放電音が響いていた。
(またあの音だ。でっかい雷の球が飛んでこないといいけど……)
自宅のコンテナハウスから二つ隣のブロックにあたる通りへ差し掛かった、その時だった。
『……グルルゥ』
先行していたコタロウが低く唸り、佐藤の前に立ち塞がるように身を低くした。
角の向こう――ドラッグストアのある方向を睨みつけている。
「……何かいるのか?」
佐藤は息を殺し、壁に身を寄せて角からそっと覗き込んだ。
「ハハハッ! おい、もっとガンガン叩けよ! 割れねぇぞこれ!」
「クソッ、強化ガラスかよこれ! バットじゃなくてバール持ってこいよ!」
ダボッとした服を着た金髪の男が、バールを受け取って振りかぶる。
直後、甲高いガラスの割れる悲鳴が路地に響き渡った。
ドラッグストアの入口前。金属バットやバールを手にした三人の男たちが、店舗のショーウィンドウを強引に叩き割っていた。
「よっしゃ、開いたぜ!」
「酒と水全部持っていこうぜ! スマホ通じねぇし、警察なんか来やしねぇよ!」
「店員いたらどーすんだ?」
「あー? ぶん殴りゃいいだろ? 2、3発殴りゃ静かになるって」
「若い女がいいなー! いたらみんなで遊ぼうぜ!」
「おーいいっすね~」
「酒とったら火つけようぜ。ショーコインメツってやつだよ」
「だな! さっすがルカっち、チョー冴えてんじゃん」
「リアルGTAだな。動画とっとこうぜ。そのうちネットも復活すんだろ」
「いいじゃん!! ぜってーバズるって!!」
下品な笑い声がドラッグストアの中に反響する。
佐藤が東日本大震災のニュースで見た「火事場泥棒」の光景――いや、それ以上にタチが悪い。
彼らは生存のためではなく、無法状態そのものを娯楽として消費していた。
(……半グレか。本当にこういう奴らが即座に出てくるんだな……)
佐藤は冷や汗を拭った。このドラッグストアはコンテナハウスから目と鼻の先だ。野放しにすれば拠点が見つかるのも時間の問題だ。
もし見つかったとして、手持ちの物資を分けた程度で大人しく引き下がるようには見えない。彼らにとっては、拠点を燃やすのも人間を痛めつけるのも、ゲーム感覚の「悪ふざけ」でしかないのだから。
(あんまり放っておきたくないけど……3対1で戦って勝てるわけない。けど――)
「やれるか、コタロウ?」
相棒に尋ねると、足元のコタロウが不敵にニヤリと笑った気がした。




