第15話 粘着テープと金属音
「えぇ、僕たち三島さんに依頼を受けた除霊師でして」
「除霊師ってなんですか?」
「簡単に言うと、霊をお祓いする人かな! テレビとかで見たことない?」
「んー、僕テレビ見ないから……」
三島さんの息子はたしか中学二年生。テレビを見ない若者もいるだろうし、いきなりオカルトな用語を出されると困るんじゃないかな。
ところが、少年は予想外の反応を見せた。
「あ、もしかして“ホンマの心霊チャンネル”みたいなやつ?」
「そうそう! よく知ってるねぇ!」
少年が話題にしたのは、動画系SNSで有名な心霊現象チャンネル。私がオカルトについて調べ始めた際にも目にした。
「俺、あのチャンネルに出てた、安倍ヒロって言いまぁーす!」
「うそ! 本物のヒロさんですか!? ちょっと待ってください、すぐ玄関開けるんで!!!」
少年の声は打って変わって明るくなり、年相応の無邪気さが感じられた。少しの間待っていると、ガチャッと玄関の扉が開き、目をキラキラと輝かせた少年が現れる。
「わぁ!! ぼ、僕いつも動画見てますっ!!!」
そういえば、ヒロはSNSで引っ張りだこの除霊師で、オカルト好きからは絶大な支持を得ているんだっけ。つまり、少年からすると家に突然有名人が来た状況だ。
「おっ! 俺のこと知ってるのかい? それは話が早いねぇ!」
「えーっと……隣のお姉さんは誰?」
「俺の助手だよ、なんと霊視ができる!」
「すっげぇ!!」
急に紹介されて、私はしどろもどろになってしまう。そこで、三島さんが忘れていったカバンのことを思い出した。三島さんの家へ訪れたのは、これを返す目的もあったんだ。
「あ、これ! 三島さんが事務所に置いて行ってしまったんです。届けに来ました……!」
「うわー、お母さんまた迷惑かけたのかぁ……」
「『また』ってことは、前にも何かしたの?」
「なんていうか、あの鏡を手に持つと一生それしか眼中になくて、みんな困ってるんだよ。この前だってレジで支払いせずに髪を整え続けて、列に並んでる人が怒っちゃって……」
少年はカバンを受け取りながら、三島さんの異常行動を教えてくれた。
「お父さんが精神科に連れて行こうとしたら、お母さんすごい嫌がって大喧嘩したんだ」
「……今までよく耐えたね」
「僕は何もしてないよ。ただお母さんが変になったら、自分の部屋に隠れてただけ」
「……」
「でも、ヒロさんが来てくれたってことは、ぜんぶ悪い霊のせいでしょ? お母さん治るんだよね?」
その一言にハッとさせられる。少年が明るく受け答えしているのは、母を脅かしている正体が霊だと判明したから。きっと解決してくれるはずだと、希望を見出しているから。この少年は自室に隠れて逃避することで、今日まで耐えて来たんだよね。
少年の期待が膨らむほど、私は失望させた場合を考えて怖くなる。「下手なことは言えない」と思ってヒロの方を向くと……。
「まかせろ少年! 絶対に除霊してみせるからな!!」
ヒロはためらうことなく、堂々と宣言して見せた。その自信は、潔さは、どこから溢れてくるのだろう。失敗を恐れて行動できない私と正反対だ。
「ありがとうヒロさん! 後でサインちょうだいね!!」
「ああ、お母さんは今どこにいる?」
「キッチンだよ。あの鏡を抱えながら、ずっと行ったり来たり歩いてるんだ」
「よし、終わるまでの間、君はここで待っていてくれ」
ヒロは少年の肩をギュッと握った後、家の中へと入っていく。私は慌てて彼の後ろに続いた。
家の中に入ると、玄関には蹴散らされた靴があった。そして、廊下にはわずかに砂利のあと。三島さんは土足で上がったのだろうか。
「透さん、幽霊は水のある暗い場所を好む。だから君は水回りに近づかないよう、気を付けてくれ」
「キッチンのシンク……とかですか?」
「トイレ、浴槽、洗面台も要注意だ。ダイニングに入ったら南側リビングのカーテンを全開にして光を入れてくれ。空気が滞りすぎてる」
「は、はい……!」
「よしっ!」
ヒロがドアノブに手をかけ、ギィィィッっと扉を開いた。暗くて埃っぽい室内。いつから換気をしていないのだろう。
キッチン側にいる三島さんには目線を向けないように、そっと足を踏み入れる。確かめたいけど、見たら怖気づいて動けない気がした。
逆方向に進むヒロの足音を聞きながら、三島さんを刺激しないようにゆっくりと、リビング側のカーテンだけを視界に入れて歩く。
ほんの数メートルが長く感じるのはなぜだろう。
「まぁ、落ち着こう三島さん。話をしようじゃないか」
背後でヒロのなだめる声が聞こえる。いったい何が起きているの?
続いて、ジャキンッ!という金属音が聞こえた。私はそれに聞き覚えがある。料理をする時にいつも「心地いい」と感じていた、鋭く研がれた包丁の音だ。
三島さんは包丁を手に取った? その意味は?
ゾッとした私はヒロの忠告を破り、速足で駆け抜けた。リビングの奥にあるカーテンに手をかけ、力いっぱいジャッ!!!と開くと……。
──窓は一面、びっしりと粘着テープで覆われていた。




