第12話 私の身代わり
「いやあぁぁぁ!!」
「透さんっ! えぇぇいっ!!!」
ヒロは掛け声と同時に、こちらへ何かを投げつけた。ビュッっと風を切る音が耳元を通り抜ける。そして、私を引きずっていた力が緩み、左足が解放された。
皮膚が熱を帯びてヒリヒリする。床との摩擦で生じた感覚だ。恐怖で身体が震え、呼吸も乱れている。でも、止まってなどいられない。
「いや! いやいやいや!!」
足首に残った感覚を手で払う。何もいないことを確認するが、それでも怖くてたまらない。私はよろけながら立ち上がり、ヒロに衝突した。
「おぉっとぉ!! 落ち着け透さん! 俺が悪霊の動きを封じたから!」
「いやっ……え……封じた……?」
ヒロは私の両肩をつかみ、じっと目を合わせた。
「そう、呪符で封じたから大丈夫! 一時しのぎでしかないけどな!」
「……本当に? 本当にもう襲われないの?」
「呪符が持つまで……そうだな、あと数分は安全だ!」
「た、助かったのね」
私が引きずり込まれたエリア、部屋の奥に視線を向ける。すると、呪符が宙に浮いていた。床から20センチくらいの高さで微動だにしない。
「あれってつまり……」
怖くて堪らない。それに、あと数分しか時間がない。なのに頭の中で「引き返せ」という危険信号と「真実を知りたい」という欲求が交差する。
ヒロと過ごして少しだけ恐怖を克服した私は、スマホを掲げて自ら視ることを選んだ。
「……!! ヒロさんこれは……?」
「気づいたかい?」
呪符を張り付けられ、硬直した女性の悪霊が、四つん這いになってこちらを睨みつけていた。剝き出しになった眼球、ぜぇぜぇと荒い呼吸をして、顔を痙攣させている。腐敗した身体からジュクジュクと体液が流れ、白い小さな虫がうごめいていた。
そして、悪霊のすぐそばには、窓の外を向いた車椅子が置かれている。
「佐藤さんは椅子に座っていたんじゃなくて……」
「そう、車椅子から外を見ていた」
「そのまま亡くなったんですね……」
「うむ」
ヒロはそのまましゃがみ込み、私の足に触れる。
「え? ちょっと何してるんですか?!」
「君の足には、推定4,000万円の脱毛広告の価値がある」
「……よく私のモデル業をご存じで」
「霊が干渉しないよう、早めに処置するよ」
「あ……」
ヒロは人差し指と中指で、模様を描くような動作をした。呪いか何かだろうか? 少しだけくすぐったい。
「大事には至らなさそうだ。お守りが身代わりになってくれたのかな?」
「……!」
彼の言葉を聞き、服の下に手を入れる。忍ばせたお守りのネックレスを取り出すと……たくさんの傷が刻まれ、糸がほつれていた。
「おや、ボロボロだねぇ。帰ったら新しいお守りを見繕うよ」
「あの……ヒロさん」
「なんだい?」
私は今更になって、ヒロにお礼を言えてなかったことを思い出す。タイミングが見つからなくて、自分から話すのが苦手で、ついつい先送りしていた。でも、ちゃんと伝えたい。
「このお守りを渡してくれて、ありがとうございます。またヒロさんに助けられました……」
「お、おう! なんだか照れ臭いねぇ」
いつも真っすぐ目を見るヒロが、珍しく視線をそらして頭をボサボサとかいた。今思えば、私はずっとヒロを突っぱねてばかりだった。「ごめんなさい」が口癖だったのに、誰かに「ありがとう」を伝える日が来るなんて不思議だ。
「おっといけねぇ。そろそろ部屋から出た方が良さそうだ」
「は、はい!」
呪符の効果が切れる前に外に行かないと。私とヒロさんは速足で玄関へと向かった。ブゥゥゥン……とブレーカーを落とすと、ドアを開いて部屋を後にする。去り際、ヒロは部屋に向かって何か言っていた。
「おお、おかえり嬢ちゃん! 叫び声が聞こえたけど、大丈夫だったかい?」
「河崎さん……! えと……その……」
外で待機していたオーナーの河崎さんは、私を心配してくれている。でも、「悪霊に引きずられた」なんて言って、恐怖心を煽りたくはない。ただでさえ騒音に悩まされているというのに……。
私が返事に困っていると、後ろからヒロが現れて会話に加わった。
「いやぁ、心霊調査には危険がつきものですからね! 夜中の足音の原因は、おおかたつかめましたよぉ」
「本当ですか! あの部屋に何か……?!」
「ええ、佐藤さんと会って来ました。それで、僕にこう言ったんです」
そうだ、ヒロには悪霊の声が聞こえていて、何かを話していた。私もその内容が知りたい……。
「ワタシの宝物をカエセ……ってね」




