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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生したけど没落したのでイチから成り上がることにした  作者: ウエス 端
新章

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039.居ても立っても

「……そうでしたか。ヴィルヘルムさんからお使いを頼まれてこのザクツブルクへ来訪したばかりだと、そういうことですね」


 ザクツブルク市内の商店街で、まさに運命の再会を果たしたオレとソフィア。


 大袈裟だと言われるかもしれんが、待ち合わせも連絡もなしに人通りがまだ多い夕暮れ前に出会ったのだから、少なくともオレはそう感じる。


 で、何処かに行こうとしていた様子のソフィアも少しなら時間があるということで、オレたちは近くで見かけた喫茶店でひと時の会話を楽しんでいるのだ。


 それはいいのだが、『お使い』ねえ。小学生が親に頼まれて行くみたいに言われても……まあ彼女に悪気はないだろうし、どうせ詳しい内容を教えるわけにはいかない。


「そういうことだよソフィア。ヴィルヘルムのヤツ、自分では面倒だからって人使いが荒くてさぁ〜」


「ふふっ。でもこんな遠くまでなのですから、貴方のことを信頼して頼んだのだと思います」


「そうならいいんだけど。ところでここに来ているのはオレだけじゃなくて、他にも2人いるんだぜ。ソフィアも知ってる2人が」


「うーん、誰でしょう……1人はロベルトさん、でしょうか? あとは全く思い浮かばないです」


「ロベルトは正解。もう1人はあのアルヌルフだ」


「えっ!? あの方が、いったいどのような経緯でそんなことに」


 ソフィアが目を丸くして驚くのはあまり無い光景なので、貴重な表情を目にしてとても幸せ……なのはともかく、アルヌルフがウチの家臣団に入った経緯を説明した。


「……ご両親から廃嫡されてしまったのですね。私としては複雑な気分です」


「ソフィアが気にすることはないよ、アイツの自業自得なんだし。それに今はオレとロベルトと3人でそれなりに任務をこなせるようになってる」


「それなら良かったです。ところで明日、市内の多目的ホールでファッションショーが開催されるのですが……お仕事中なら無理、ですよね」


「そんなことはない。ヴィルヘルムには『任務の合間であれば見に行っても構わない』ってことで了承してもらってるから」


「それなら期待してしまいます……そういえば、タツロウはどうして出発前からこの領地内でファッションウィークがあると知っていたのですか? あまりそういうことに関心が強いとは思えないのですが」


 ウッ。なかなか鋭いところを突っ込まれてしまった。


 なぜかといえば、カミラさんと偶然出会って聞いたからなのだが……。


 素直にそれを話す気に、オレはなれなかった。


 カミラさんの現状を知ればソフィアはきっと気にするだろうから。ショー前日に余計な心配をかけたくない……というわけでそのあたりはウヤムヤにして話すことにした。


「いや、街の酒場で意気投合したオッサンでそういう分野に詳しいのがいてさ。たまたまソイツから聞いただけなんだ、はっはっはっ」


「……オッサン、ですか。ふ〜ん……」


「ほ、本当なんだって! 決して浮気なんかしてないから!」


「ふふっ。今の反応でやましいことはなさそうだとわかりました。それで、このあとはどうする予定なのですか?」


「最終的な目的地は、このオルストレリア大公領の首都ウェーインなんで、そこまでは確実に行く。ただ、そのあとは状況次第でどうなるかわからない」


「わかりました。では、そろそろ行かないといけませんので。私の分はここに置いておきます」


「いいよそんなの。それより、もうすぐ夕暮れだってのに何処へ行くのさ?」


「……ちょっとした『打ち合わせ』です。もちろん明日のファッションショー絡みの。ですから気にしないでください。それでは」


 ソフィアは結局、自分の勘定分を置いたままそそくさと行ってしまった。その様子になんというか、ちょっと違和感を感じたのだ。


 何よりも、ここはフランツがいる領地内だってわかっているはずなのに、そのことに触れようとしない。


 オレはあえて言及しなかったのだが……やっぱり何かあったんじゃ?


 そう考え始めると居ても立ってもいられず……気がつくとオレはソフィアの後を追いかけていた。


 付かず離れず、尾行みたいな真似をして……自分の彼女を疑うみたいで、なんとも不愉快な気分なのだが。


 ソフィアは周囲に気を使って自分一人で抱え込むところがある。だから、これだけ胸騒ぎする時点で何もしないではいられなかった。


 それに相手はフランツ……目的のためなら手段を選ばない男なのだ。


 さて、商店街を抜けてちょっと開けた場所に出てしまった。


 隠れながら後を追うのは難しくなってきたが、オレは風属性の魔力の集中力を高めていく。こんなこともあろうかと、空気の振動を感じ取れるようにずっと訓練を重ねてきたのだ。


 ソフィアの足音から出る振動は既にインプット済み。ソフィアの姿が見えなくなってから前進して振動を感じ取り、また前進してを繰り返していく。


 そんなことを繰り返していると集中力を維持するのが辛くなってくる。もう限界、というところで遂に目的地にたどり着いた。


 目の前にはこの市内で他に見かけない大きさと広さの邸宅が広がり、その正門らしき出入り口へとソフィアが入っていくのが見えた。


 これほどの建物の持ち主となるとフランツ以外に考えられない。


 どうしたものか……正面突破はなかなか難しいだろう。かといって騒ぎを起こしてみても、ソフィアを閉じ込められたりしたらかえって厄介だ。


 もちろんソフィアが言ってた通りに『仕事の打ち合わせ』だけならいいのだが……。



 フランツの別邸にて行われている衣装の着合わせに訪れたソフィア。まだ他のモデルもいるので邸内はそこそこ賑やかな雰囲気の中、ホッと一息ついて控室で順番を待つ。


「あっ。ヒルデさんも着合わせに来られてたのですね」


「うん。ソフィアも災難だったね、前日のこんな時間になってからこんなことさせられるなんてさ」


「……でも被害に遭ったデザイナーさんたちの方がもっと辛いでしょうから。それに主催者からの依頼となれば、断るわけにも」


「主催者ねえ。正直、あの人って有能ではあるけど人格的にはあんまり評判良くないみたい。特に女関係がだらしないらしいよ」


「……まあ、私もそれは存じています」


「へえ。何をどう知ってるのかしらねえ? タツロウくんはそれ知ってんの?」


「……はい。といいますか、彼と同じタイミングでそれを知ることになったので」


「何それ? アンタたちの繋がりってどこまで深いんだか……タツロウくんに迫るネタにすらならなかったじゃない」


「それは……」


「ヒルデ様。どうぞこちらへ」


「先に呼ばれたから行くね。まあソフィアも一応は気をつけなさい」


 先輩モデルからの忠告は有り難いものの、タツロウを巡る感情で素直に受け取れないソフィアは返事をせずにやり過ごす。


 そんな複雑な思いを抱えたままで程なく呼ばれたソフィアは1歩ずつ不安と向き合いながら呼び出し人……恐らくフランツの使用人に導かれて、豪華な装飾の扉から一見して広い間取りの部屋へと入る。


 その中でソファにだらしなく腰を下ろした人物から声をかけられた瞬間、不意を突かれたという驚きで思わず身体が固まってしまう。


「よく来たなソフィア。ここは俺様が大事な客人をもてなすのに使っている部屋だ」


「……殿下、私は、その」


「そんな不安な顔をするな。部屋の奥に着替えもできる控室がある……そこでウチのデザイナーと着合わせをしてくれ。今、他の部屋は空いていないのでな」


「……そういうことなら、わかりました」


 既に後ろの扉は閉められ、有無を言わせる雰囲気ではない。ソフィアはあくまで仕事だと自分に言い聞かせて不安をごまかしながら、奥の控室へと使用人の後を付いていった。



「おいっ!」


 しばらく木陰に隠れたまま様子をみていたオレは、ポンと肩を後ろから叩かれて思わず身体がビクッと反応してしまった。


 フランツの手下にでも見つかったのか……警戒感MAXで振り向き小声で叫ぶ。


「誰だ!?」


「う、ウチだよ!」


「なんだギーゼラか。なんでお前がこんなところに」


「それはこっちのセリフだっての! なんでアンタがこのザクツブルクにいるのさ?」


「オレは仕事の都合で『出張』の最中なんだよ。それで、偶然にも商店街でソフィアに会ってだな」


「……ソフィアと一緒にここまで来たってこと?」

 

「いや違う。ソフィアがこんな夕暮れ時に用事があるって言ってたから、その、不安に思って」


「後をつけてきたってワケか。だけどその勘は当たってる。ここはアンタも知ってるフランツ殿下の別邸だから」


 やっぱりそうなのか。不安的中でがく然としつつギーゼラからここまでの経緯を聞いて、フランツがやりそうなことだとますます不安が高まるのを感じた。


 そんな心を落ち着かせるべくギーゼラとの会話を続ける。


「そういやギーゼラこそ何しにここへ来たんだよ?」


「とりあえず修復作業を今夜中に終えられる目途が立ったからさ。ダメ元で正面から入って、なんとかソフィアを連れて帰ろうかなって」


「それこそ無謀だろ」


「わかってる……けど、ウチだって居ても立ってもいられなくってさ。あのオレサマ男、絶対ソフィアに良からぬことを考えているに決まってる」


「それは全く同意見だ。すぐになんとかしないと……できればあの邸宅のどのあたりにソフィアがいるかわかればいいんだが」


「ウチには見当がつかない。そもそも内部構造まで知らないし」


 ここでオレは自分が身につけた能力から使えそうなのを思い出した。


「ちょっとここから探ってみるから、集中させてくれ……ほんの微かだが、あの豪勢な窓からソフィアの声が聞こえる。たぶんあそこの部屋にいるんじゃないかな」


「な、なんで聞こえるのさ?」


「風属性の魔力を応用して、窓から空気の振動を読み取った。カーテンが引かれているから、会話の内容までは聞き取れないんだけど」


 元々は家臣の任務をこなすうちに編み出したやり方で、魔力と集中力の消費が大きく不安定な能力なのだが……ソフィアの声をオレが間違えるわけがない。


 居場所がわかったところでどうするかだが、オレはギーゼラと話して策を練った。あとはそれを実行するのみ。


 無事でいてくれよ、ソフィア……!



 ソフィアは新たに出品される衣装の着合わせを行い、そのデザイナーは翌朝までに調整を終わらせるためにすぐに立ち去った。


 つまり部屋の中にいるのはソフィアとフランツのみ……。


「……殿下。お戯れが過ぎます」


「クククッ。わかるかソフィア……俺様がどれだけこの瞬間を待っていたかを……!」

いつも読んでいただいてありがとうございます

次の更新は12月21日(日)の予定です

よろしくお願いします

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