038.赤い糸
ファッションショー開幕前日に破損した衣装を修復すべく、会場の一室を借りて作業中であるギーゼラ。
ソフィアは打ち合わせの合間を縫ってそんな友人の様子を見に訪れている。
そこへ姿を見せたフランツはソフィアを見かけると、顔から零れ落ちる笑みを隠すこともなく声をかけてきた。
「今日は打ち合わせで忙しいのではないのか? こんなところで何をしている?」
「……私が明日着る予定の衣装が例の事件の被害を受けております。それで、修復の具合はどうか確かめに」
「なるほど。お前が開けている扉の中で作業をしているのがそれというわけだ。あいつは、確かギーゼラとかいう駆け出しデザイナーではないか」
「……はい、その通りです」
「何着だ?」
「……それは」
「1ルックだけだよ、殿下。ウチがようやく勝ち取った唯一の出品枠……せっかくのチャンスなのに……!」
「それは気の毒なことだ。修復をするのは結構だが、難しいのなら早めに申し出ろ。その枠を埋める必要があるのでな」
「……何が気の毒だ! ニヤけた顔して、どうせ腹ん中じゃザマアミロとか思ってんでしょうが!」
「なんだと……?」
「アンタがソフィアに言い寄るのをさ、ウチが邪魔したのを根に持って……というかひょっとしてアンタが仕組んだことなんじゃ」
「お嬢さん! 気が立って誰かに八つ当たりしたくなる気持ちもわかりますが、あろうことか殿下に何ということを! 責任と言うならこの多目的ホールの館長である私の落ち度であって、殿下に非はありません!」
ギーゼラが口にしようとした不穏な言葉を慌てて遮った館長を、フランツは左手で制して自身でそれに反論し始める。
「お前の無礼で恥知らずな態度に思うところが無かったと言えば嘘になる。仮にだ。仮に俺様がそれを根に持っていたとしよう……確かに今回のことで一時的に溜飲が下がるかもしれない」
「……」
「だがな……俺様が手掛けているファッションウィークはあくまで『ビジネス』だ。そんな真似をして一体何の利益がある? ましてや被害に遭ったのはお前だけでも、お前が所属する事務所のデザイナーだけでもない。不特定多数のデザイナーの作品が被害を被っている」
「そ、それはそうだけど」
「俺様は『主催者』……つまり領内で実施されるファッションウィーク関連のイベントで何かあれば、その責任と評価を最終的に全て受けることになる。例え何者かが起こした理不尽な破損事件による影響があってもな」
「……」
フランツの『正論』に上手く言い返すことができず黙ってうつむくギーゼラ。ソフィアは堪らず助け舟を出すようにフランツへ話しかける。
「殿下。館長さんが先程おっしゃっていた通り、ギーゼラは作品の修復で気が立っているのです。どうか寛大なお心遣いを……ところでこちらへお見えになったのは、他にもご用件があるのでは?」
「……まあいいだろう。友人を気遣うソフィアに免じて、今回だけは聞かなかったことにしてやる。それと、ソフィアが言う通り別に用件がある……実はお前に話があるのだが」
「……何でございますか、殿下」
「お前が着ることになっている作品は他にもあると思うが。被害は確認しているのか?」
「はい、あと1人のデザイナーが被害に遭いました。このあとその方を訪ねる予定です」
「その必要はない。俺様が被害を確認したデザイナーの中に、担当モデルはお前だというのがいたのだが……今回の出品を全て辞退すると申し出があった」
「そう……なのですか」
「他の被害者も軒並み辞退すると申し出ている。その穴埋めをするために、俺様が立ち上げたブランドのデザイナーたちが作った作品を急遽出品することにした。で、担当モデルたちとの着合わせが必要なのだが」
「……わかりました。どちらに伺えば良いのですか?」
「ちょっと! そんな簡単に了承しないほうがいいよソフィア!」
「ギーゼラ、お前はこの件については部外者……黙っていろ」
「心配しなくて大丈夫ですから。それで場所は」
「この市内にある俺様の別邸だ。詳しい場所は館長に聞いてくれ。他のモデルたちと先に約束をしているから、ソフィアの順番は最後……夕暮れ時になる」
「……承知しました」
「それじゃあな。俺様はこれからスポンサーたちに状況を説明に行かねばならんので失礼する」
フランツは最後にギーゼラを一瞥してから踵を返すとすぐさまスタスタと歩き出し、館長は見送りの為かその後を付いていった。
彼らの姿が見えなくなってからギーゼラは、語気を強めてソフィアに考え直すように迫る。
「なんで、承知なんかしたのさ! しかも夕暮れ時だなんて……絶対、あの男は何か企んでるに決まってる!」
「……先程も言いましたが問題はありません。殿下自身が言っていた通り、これはビジネスなのですから……それに別邸内には他のモデルやデザイナーだっているはずですから、さすがに何もできはしません」
「だけど、ウチは心配で仕方がないんだ」
「その心遣いだけで私は十分です。それに、私はギーゼラが心配するほど弱くはありませんので」
「……わかった。ウチはとにかく修復を進める。もう少しで仮の着合わせができると思うから待ってて」
「はい。ではよろしくお願いしますね」
覚悟を決めた表情を見せて必死に作業に取り組むギーゼラ。ソフィアは心に一抹の不安を覚えつつ、それを友人に見せまいといつもの微笑みを崩さないように努め、その作業を眺めている。
◇
あー、歩き疲れた。
オーエンツォレオン家公認の商館『フックス商会』の取引先で、このザクツブルク市内にある商店を全て回ったのだが。
何の成果も! 得られませんでしたぁ!!
と、つい叫びたくなる結果に終わった。
歩くだけならそこまで疲れないのだが、こうなると徒労感が半端ない。
まあこれで、ザクツブルク市内でやるべきことは終わったので気兼ねなく次の都市に移れるのであり、こうやって地道に一つずつ潰していくしかないのはわかっちゃいるんだけどね。
なんかこう、オレはサッと1回だけで解決できない推理ものはイライラする性質なんですよ!
と自分の脳内で叫びまくって、ようやく落ち着いた。さすがに街中で実際に声に出してしまうほどオレは子供じゃないんで。
そうこうしているうちに、もう夕暮れ近くだ。
ロベルトとアルヌルフは既に宿屋で休憩に入って、夕食もそこで取るつもりのようだ。
だがオレは行き場のないストレスを発散するためにも、料理が美味しそうな食堂はないかとキョロキョロしながら街の商店街を歩いていた。
そんなオレに、またもや神のお導きが有ろうとは思いもしなかった。
「きゃああっ!」
「あっ! すみません、ぶつかってしまって。よそ見しながら歩いていたので、申し訳ない」
「いえ、こちらこそ考え事を……」
いや……お導きじゃなくて『赤い糸』だな、これは。
「ソ、ソフィア! どうしてこんなところに?」
「……タツロウ、貴方こそ! いったい何故このザクツブルク市内にいるのですか……!?」
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次の更新は12月14日(日)の予定です
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