037.開幕前日
明後日から開幕するファッションショーに出品する衣装の収納部屋に入室したソフィアとギーゼラは、ハンガーに掛けられているはずの衣装がいくつか床に散乱しているのを見つけた。
2人とも思わず声を上げるほどの衝撃を受けたが、それでもギーゼラは自分が出品する予定の衣装がそこに混じっていないことを祈りつつ部屋の中を探し回る。
「ギーゼラ! 私も手伝います!」
「いや、ソフィアが見ても区別つかないでしょ。それよりも誰か呼んできてくれる方が」
「は、はい。ではちょっと……」
「どうかしたのですか? 悲鳴のような声が聞こえましたが?」
「あ、この多目的ホールの館長さんですよね、確か。実はこの部屋の中が荒らされた形跡があるのです」
「な、なんと……これは酷い。とりあえず職員からデザイナーさんたちに声をかけて、誰の衣装が被害に遭っているのか確認しないと。あと警察にも……ですからそのまま動かさないでください」
「わかりました。ギーゼラ、聞こえて……それなのですね。貴女が出品する予定の衣装は」
床の上で形が崩れたまま中途半端に広がっている服を前に、ギーゼラは膝をついて呆然とそれを眺めていた。
◇
オレたちは遂にオルストレリア大公領内へと潜入することに成功した。
って、それはちょっと大袈裟か。領境の都市ザクツブルクの城門で普通に身分証と通行証を見せて入ったのだから。
それはともかくとして、我らがオーエンツォレオン家の息がかかった……もとい公認の商館があるのは大公領の首都ウェーインなので、ここは目的地ではない。
だが素通りはせず、今日はここに留まる予定だ。
このザクツブルクには商館が懇意にしている取引先がいくつかあるということで、何か手掛かりがないか……もっと言えば消息を知らないかについて調査する必要がある。
ファッションショーがどういう日程でどこの都市を回るのか、詳細は知らないので焦りはあるけど……ソフィアに会うのはあくまで任務の合間という条件でオレはここに来ている。
なので調査を手早く終わらせて、すぐに移動できるように準備をしなければ。
頭の中はそんなことばかりなオレを不安に思ったのか、ロベルトがこれからの行動について指図してきた。
「まずはここから近い取引先を訪ねて、そこから順番に回っていこう」
「いこうって、全員でか?」
「そうだけど」
「そんなまどろっこしいやり方じゃなくて、3人で手分けして訪ねたら早く済むだろうが」
「あのなあ。何のためにチームで派遣されたと思ってんだ? どこに何が待ち受けてるかわからないんだ……1人じゃ危険な事態に対応できない」
「そんなことねえよ。オレは1人で切り抜けてみせるし、お前らだって素人相手ならそれくらいできるだろ」
「『素人』ならな。でも何人相手にすることになるかわからんし、素人だからって油断できん」
「いやでもしかしだな」
「ぬうう。タツロウはソフィアちゃんに早く会いたいだけだろ……それでメンバー全員を危険に晒すのは勘弁願いたい」
「そ、そんなこと……あるけどさ」
「とにかくダメなものはダメだ! アルヌルフさんの言う通り、危険な目に遭ってからじゃ遅いし、それに騒ぎを起こしちゃ調査に支障が出る」
「そうなれば商館長の安全にも関わるかも」
「……わかったよ。じゃあさっさと行こうぜ」
オレたちはこうやってオレとその他2人で意見が別れることが多い。大抵、2人の正論にオレが反論するのだが……今回はこれ以上の材料がないので引き下がることにした。
今はソフィアのことを考えるのを我慢……やるべきことをキチンとこなすのが家臣の務めなのだ。
「で、どういうふうに尋問……じゃなくて質問するんだよロベルト」
「それはだな、ってもう見えてきたぞ」
見えてきたのは商店というよりは商店街の出店といった構えの小さな店だった。
何を売ってる店なんだろう。と店先を覗くと……貝殻?
ああ、これはネックレスか。つまりここは小物アクセサリーショップってわけだ。
そして沢山並べられたアクセサリーの奥には、なんというか歴戦の商売人って感じの、額に深く皺が刻まれた眼光鋭いオッサンが座っている。
それじゃあオッサンに早速話しかけてみよう。
「こんちは〜。なあ店主さんよお。ちょっくら聞きてぇ事があんだけどさあ」
「……なんだ、客じゃねえなら帰ぇんな、若いの」
なんだコイツ! 人が下手に出てりゃあ……!
と頭に血が上りそうになったところでロベルトが割って入ってきた。
「ああ、ウチの若いのが変なこと言って悪かったよ。これ、ちょっと見せてもらっていいかな?」
「……どうぞ」
ロベルトは貝殻のネックレスを手にとってひっくり返したりしてじっくり眺めながら話しかけ続ける。
「これ、いいよね。貝殻が大きくて輝いてるっていうか……こっちの琥珀のペンダントも」
「へえ、そりゃどうも」
「これ、どっから仕入れたのさ?」
「……そんなことを聞いてどうなさるんで? あんたも客じゃねえのかい?」
うわっ、急に険悪な雰囲気に! 割って入ったくせにダメじゃん……と身構えたがロベルトはここから本領を発揮した。
「別に大したことじゃないよ。貝殻も琥珀も帝国北部の海岸……具体的にはブランケンブルク辺境伯領産の品だよね。実は俺たちもそこからやってきたんだ」
「……」
「まあ、ぶっちゃけ仕入れのルートが知りたいってだけなんだ。ウチの商店もそこの卸との取引にいっちょ噛みさせてもらいたいってわけさ」
「まあ、教えるのはやぶさかじゃあねえが……」
「この貝殻ネックレスと琥珀ペンダントもらうよ」
「まいどあり……このザクツブルクではない。首都ウェーインにある『フックス商会』ってところだ。えらくでかい商館を構えてるらしい」
「そこの商店主ってどんな奴なの?」
「実は最初に取引を始めた1回きりしか会ってねえんだ。まだ若い……といってもあんたらよりは年上だったが。抜け目無さそうな商売人って感じだね」
「そうなんだ。ところでもっと仕入れ増やしたほうがいいんじゃない? 貝殻の種類が少ないから選択肢が無いよ」
「以前はもっとあった。でも1ヶ月前から調達が遅れているとか言って減らされた。あんたら、商店主に会ったらわしが困ってるってガツンと言ってやってくれ」
「わかった。それとありがとう、それじゃ」
おおっ。なんか上手いことあのオッサンに喋らせたぞ!
そしてオレたちは少し離れてから成果と状況を確かめ合う。
「で、ロベルト。あのオッサンはどうなんだよ?」
「うーん。アルヌルフさんはどうだった?」
「ロベルトが話してる間に店の周囲を見て回ったけど、特に怪しいところは無かった」
「そうですか。俺もさっきの会話だけだと、あの店主は何も知らなさそうだと」
「なんでそんなのわかるんだよ」
「まあ、話す態度とか目が泳いでないかとか、確認項目は幾つかあるけど……最後に品不足を指摘したら自分からベラベラ話したし……まあ絶対に白とは言わないけどさ、確率はかなり低いとしか」
なるほどねえ。まあ、こうやって怪しい素振りする奴をまずあぶり出した方がいいよな。
それからオレたちもは幾つかの取引先を3人で回ったのである。
◇
衣装の収納部屋が荒らされた事件の翌日。
ソフィアは打ち合わせの合間を縫って衣装の修復作業に必死なギーゼラの元を訪ねた。
「……どうですか。間に合いそうですか……何か私に手伝えることは」
「それなら仮の修復できたら合わさせて。工程をできるだけ省略したい」
「わかりました」
とりあえず修復可能と聞いてソフィアは胸をなでおろす。
しかしそこへ、多目的ホールの館長と……あの男の声が聞こえて一気に不安な気分へと落とされる。
「殿下。お忙しい所、わざわざお越しいただき申し訳ございません」
「俺様は主催者だからな。現状を把握しなくては……ソフィア、また会ったな」
「……こんにちは、フランツ殿下」




