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08 大神殿の書物庫と祈り。



 女神メリィンゴールド様は、創造神のお一柱(ひとり)だ。


 他にもこの世界には創造神と崇められている神様はいて、他国に大神殿が構えている。


 聖女に力を与えると言われる女神メリィンゴールド様を崇める大神殿があるセレノチエーロ王国。

 獣にも知恵を与えたと言われる獣人神を崇める大神殿があるのは、獣人王国。

 魔法を与えたと言われている精霊神を崇める大神殿があるのは、妖精王国。


 いずれも大国ではあるけれど、冷遇されて仕事漬けだった王女の私はもちろん他国なんかに行ったことはなかった。セレノチエーロ王国の大神殿も、行事の時にしか来たことはなかった。


 純白の柱が並び立つ神聖な建物。女神メリィンゴールド様が愛したとされるマリーゴールドが咲き乱れる敷地内を馬車が進み、宮殿のような大神殿の前に降り立つ。

 大貴族の公子の来訪には、流石に出迎える神官がいた。


「今日は婚約者と一緒に祈りに来た」

「おお、そちらが婚約者様の第三王女殿下でしたが、ご挨拶が遅れました。デードリヒ神官副長です」


 ややぽっちゃり体型の神官副長殿は、もみ手で笑いかける。袖の下は用意しておいたので、微笑みを返しておく。

 寄付はもちろんだが、賄賂でもあるしね。離宮の予算から、ドレス代を節約してひねり出しておいたのだ。


「第三王女ルーチェエルラですわ。せっかくなので、神殿の書物庫で聖女について少し調べさせていただいても構いませんか? 妹の第四王女が聖女となりましたもの。少しでも知識を身につけないと姉として恥ずかしいですから」


 という建前で、今閃いたみたいに書物庫に立ち入る許可をもぎ取る。


「それはそれは。わかりました、手配してきましょう」


 書物庫の出入りの許可をゲットしたぜ。

 横から視線を感じるかと思えば、エル様。


「あ、ごめんなさい、勝手に決めてしまって……」

「ううん、いいんだよ。次からは相談してね。いや、私も相談しなかったか……」


 微笑んで大丈夫だと伝えたエル様は、何かに気付いた様子。


「実は神殿の用を済ませたら買い物に行こうと思ったんだ。君に贈り物をたくさんしたくて」

「そ、そんな! 助けていただいた上にこれ以上贈り物をいただくわけには!」

「……ルーチェ様と買い物、したかったのに」


 儚げ美少年がシュンと悲し気な表情になるから、チクリと胸が痛んだ。

 ひええっ、そんな顔しないで!


「します! エル様と買い物します!」

「よかった!」


 コロッと笑顔に戻るエル様。

 その後ろで噴き出さないように必死に笑いを堪えている従者が見えた。見えているわよ!


 貴族が個人的に祈る用に、貴賓室が用意されている。寄付した人が利用が出来るらしい。

 通常なら家族で一つの部屋を使うのだけれど、婚約者同士だからか、エル様が繋いだ手を放してくれず、そのまま同じ部屋で祈ることになってしまった。


 女神様! 本当に私の婚約者様はどうしてしまったのでしょうか!?


 長椅子に並んで座って、祈りのポーズで女神様に呼びかけてしまった。コホン、落ち着きましょう。



 女神様、私です。ルーチェエルラです。やり直しの機会をくださり、ありがとうございます。おかげさまで、『一度目』は救えなかったレイチェラが一人目の青の守護聖獣だとわかりました。まだ試行錯誤ではありますが、力をつけつつ、他の味方を集めてみせます。



 念じるように報告をしたら、私にだけ聞こえる声をかけてくれると思ったのだけれど。


「…………」


 目の前の女神像を見つめても、声は聞こえてきそうにもなかった。


 どうしてかな。女神様も地上に関与出来ないとかかな? 接触したのは私の死後だしね……。私が真の聖女ならば、守護聖獣達も突然死をしただろうから、私達の死後とも言えるか。



 ……女神様。恐らく私が前世の記憶を取り戻したのは、イレギュラーだと存じます。それでも私は『ルーチェエルラ』です。やり直しの機会を無駄にしないよう、多くを救い正しい運命へ歩みます。



 一方的な報告になってしまうけれど、届くならばと、宣言めいた祈りを送った。


 祈りのポーズをやめて、隣を見てみれば、じっとエル様が見つめている。

 いつから見られていた……!?


「ずいぶん熱心に祈っていたね。まだ心配事?」

「い、いえ。エル様に助けを求める勇気をくださった女神様に感謝を伝えていたのです」


 嘘にならないように、今祈って伝えておく。


「私も感謝している。これからも言ってほしい」


 眩しそうに微笑むエル様が、眩しかった。儚げ美少年の美貌に浄化されそう……。


「ありがとうございます、エル様。私も……エル様の力になりたいです」


 助けてもらってばかりではいけない。何か役に立ってるのならば、力になりたいと伝えた。

「うん。お願いするね」と、エル様は私の頭を撫でた。


 祈りも済ませたので、大神殿の書物庫に案内してもらう。

 聖女に関する知識が知りたいと言ったので、すでに聖女関連の書物が机に並べられていた。


「聖女様の代表的な情報が詰め込まれた書物はここにあります。自分はほとんど頭の中にあるので、なんなりと質問していただければお答えします。自分が神官の中で一番聖女様に詳しいと自負しておりますので」


 そう胸を張って見せたのは、猫目でサラ艶の桃色の髪の青年の神官だ。


「聖女の研究者ということですか?」

「そのようなものです」


 へぇ、と感心しつつ、一応書物の一つを手にして開く。


「『聖女とは、女神メィリンゴールド様が力を授けし尊き存在。女神の恩寵で慈しむ人々を惜しみなく癒し救う』」と、読んでいるところを、桃色の神官が空読みした。


「すごいですね、本当に覚えているのですね」


 褒めると素直に照れている桃色の神官。

 これは無作為に全部読む必要はないようだ。検索機がここにいるのだから!


「お名前を聞かせていただいてもいいですか?」

「はい。私めは一神官のウィリーオン・ユネスです」

「ユネス? もしや、ユネス伯爵家の方?」

「はい。自分、そのユネス伯爵家の次男です」


 聞き覚えのある家名から一つの貴族が浮かんだから口にしてみれば的中。


 ユネス伯爵家は、優秀な文官を輩出する一族だ。

 『一度目』に仕事漬けの際に、ユネス伯爵令息と一瞬関わったことがある。

 ……似てはいないわね。長男の方は、桃色かかった癖っ毛の茶髪だった。猫目じゃなく、やや細い目だったし。


「では、ウィリーオンさんに質問です」

「なんなりと」


 手にした書物を置いて、私は彼にニコリと笑いかけた。


「聖女の力の定義はなんですか?」


 直球を投げ込む。

 聖女関連の書物の中身を頭に入れているというウィリーオンさんは、どう定義するのか答えを待つ。これだけの問いで参考になるなら、願ったり叶ったり。


 猫目を真ん丸にしたウィリーオンさんは少し思案するように顎に手をやると、答えた。


「『奇跡』です」

「……奇跡?」

「はい。聖女の称号は、本来ならば偉業を成し遂げたあとに得られるものです。しかし、信仰するあまりにも聖女の称号を持つ女性に存在してもらおうとすることが通例となってしまっていますので、第四王女殿下のように治癒魔法が特別優れているだけで聖女認定されている事例は多々あります」


 ! ……第四王女リリスアンを、本物の聖女ではないと言いたげな発言?


 瞠目している間に、ウィリーオンさんの隣にいた神官副長が後ろに手を伸ばした。途端、ウィリーオンさんが顔を引きつらせて僅かに震える。

 ……多分、つねられたな。


「過去の記録を照らし合わせても」と、誤魔化すように一際明るく声を出すと続けた。


「聖女様にお守りして仕える守護聖獣が揃ったという事例は少ないです。大昔には大々的に『聖女が現れたから守護聖獣は大神殿に集まるように』というお触れを王国中に出したこともあるのだそうですが、効果はあったとは思いませんね。自分の意見として、本物の聖女とは建国時代の初代聖女様を指すことだと思います。その当時の守護聖獣は、そのまま聖獣の姿で初代聖女様を守られていたと言い伝えられています。その守護聖獣達が生まれ変わりを繰り返し、新たに女神様から任命される聖女様に仕えるのだそうです。真の聖女様だとわかるのは、多くの人々を救う『奇跡』の力を発揮する方のことだと自分は思うのです」


 ……真の聖女。

 そのワードを口にするウィリーオンさんを、まじまじと見つめてしまう。


「第三王女殿下は、ユネス伯爵家のことを知っているのならば、優秀な文官を輩出する家だともご存じなのですよね? 自分も文官の道を進むように父に言われましたが、どうしても聖女様という存在に心が惹かれてやまなかったので、こうして神官になったのです」


 ウィリーオンさんはまたもや胸を張った。聖女ファン、ということか。それで神官になるなんてすごい。


「なのに現代の聖女が、あんな……っ!」


 ボソッと嫌悪を呟いたウィリーオンさんの後ろに、また神官副長が手を回したかと思えば、ウィリーオンさんはびくりと震えて顔を引きつらせた。またつねられたらしい。


 驚いた……。

 神官の中に、第四王女に嫌悪を覚えている人がいるなんて。しかも、聖女ファンなのに、よ?


「なるほど。ウィリーオンさんは『奇跡の力』で多くを救った人こそが聖女と呼ばれるべき存在だと思うのですね」


 ウィリーオンさんは、一度も魔法の力だとは言わなかった。やはり、魔法とは別の力を指すのだろう。


「では、ウィリーオンさん。その聖女に仕える守護聖獣の力のことはどう定義しますか?」

「……守護聖獣の力?」


 おや……?

 ウィリーオンさんがどことなく警戒心を露にした気がする……。どうしたのかしら。


「はい。現在の聖女と認識されている第四王女もそうですが、守護聖獣と確信するまで、守護聖獣候補となる肩書きを持つ者がいるでしょう? だから真の守護聖獣の力とは何か、ウィリーオンさんの意見を聞きたいです」


 警戒心を持たれるならば、解いてもらえるようにニコリと笑いかけるしかない。

 ウィリーオンさんもニコリと笑い返すけれど、やはり壁が出来たかのような警戒心を感じ取れた。


「守護聖獣の力もまた『奇跡』です。真の聖女様をお守りする力を振るう者こそが、守護聖獣の魂を持つ真の守護聖獣でしょう。こよなく聖女様を敬愛する自分からすれば、守護聖獣候補など冒涜もいいところです」


 やはり嫌悪を滲ませるウィリーオンさん。

 聖女様を敬愛すると言いながら、現聖女のリリスアンには批判的だ。守護聖獣候補を選ぼうとしているからだろうか。


 またもや神官副長の手が伸び、つねられたのか「いたっ」と声を零してしまうウィリーオンさんだった。


「そうでしたか。とりあえず、今日のところは初代聖女様の書物に目を通させていただいてもいいでしょうか? 後日、ウィリーオンさんが真の聖女だと判断する記録と、違うと判断する記録を分けて用意していただけませんか?」


 そう言うと、ウィリーオンさんも神官副長も驚いた表情をする。


「自分の判断を、どうしてそんなに信用してくださるのですか?」

「そうです、第三王女殿下。偏見的な判断だと思われますぞ」


 あれ? そうかな……?

 どうしてだか、ウィリーオンさんの意見は信頼出来ると思えた。

 それは真の聖女が他にいると断言するような口ぶりがあったせいだろうか。リリスアンを嫌悪しているから、なんて言えないので、他の理由を考えてみる。


「偏見的だとしても、参考にはなります。ウィリーオンさんは書物庫の聖女関連の書物の内容を頭に入れているほどの人ですからね。話を聞いていても偏った考えだとは感じませんでしたし、信用出来ると思いますよ」

「……そう、ですか」


 ポカンとした反応をしたウィリーオンさんは一度頷くと、パッと明るい笑顔に戻った。


「かしこまりました! 自分が誠心誠意を尽くしてピックアップしておきますね!」


 滲ませていた警戒心をどこへやら。やる気に満ちたウィリーオンさんは、引き受けてくれたのだった。



 

2024/05/15

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