06 婚約者がグイグイきます。
死に戻りする前。
つまり『一度目』の人生は、私の婚約者をどうしても奪いたい偽の聖女である第四王女のリリスアンは、結婚式直前で自殺に見せかけて私を毒殺した。
五年前に戻った現在。その婚約者のエル様と、私を挟んでリリスアンが出会ってしまった。
「あら。エルドラート公子様。お姉様がいつもお世話になっておりますわ」
しかし拍子抜けするくらい、猫被りなリリスアンはカーテシーをしただけ。普段通りの様子に見えた。
あ、そうだった……。リリスアンが興味を抱くのは、大人の男性に成長したエル様だ。
今のエル様は、儚げ美少年である。まだ興味の範囲ではない。
「ルーチェ様、リリスアン殿下、ご機嫌よう。ルーチェ様が王妃殿下にお呼ばれしたと聞き、迎えにきました」
「エル様、ご機嫌よう」と挨拶を返しつつ、そもそもなんでいらっしゃるのかわからず、目を白黒させてしまった。
「お母様とのお話は終わったところなのです。でも、聞いてください。お姉様は酷いのですよ。エリお姉様とアイお姉様のお仕事を手伝いを断ったのです」
プンプンなんです、とふくれっ面をする美少女。
あざとさが憎らしくて気色悪いとしか思えないのは、彼女の残虐な内面を知っているからだろうか。
……ふと、予想が浮かぶ。
もしかして、自分より綺麗な美少年エル様は、興味がないのだろうか?
自分より可愛いとか綺麗とか、気に入らないのはあるあるだよね。
「それは……ルーチェ様が手伝うべき必要な仕事なのですか? 王女としての責務として?」
「え? それは……知らないです」
「それならば断わっても酷いということではないでしょう? ルーチェ様にはルーチェ様のやるべきことがあり、第一王女殿下と第二王女殿下のやるべき仕事があるのですから」
「……」
正論を淡々と返すエル様に、リリスアンは何も言えなくなり俯いた。
何かを察したのか、例の宮廷魔術師がやってきてリリスアンの脇を持ち上げて抱え上げる。
「どうしたー? 聖女様」
「……お姉様にいじめられた」
冤罪である。
リリスアンは自分を抱えた例の宮廷魔術師にポツリと訴えた。
何様だと言わんばかりの侮蔑を込めた眼差しが私に向けられる。
「不敬ではないか? その目付き」
それを咎めたのは庇うように立ってくれたエル様だった。
エル様は大貴族の公子。
例の宮廷魔術師の彼は、確か伯爵令息だったはず。
名を、オーランド・スカイヤー。魔法の天才であり、青の守護聖獣の肩書きを持つ宮廷魔術師だ。もちろん、守護聖獣の肩書きもあり、彼は聖女認定されているリリスアンの護衛でもある。
しかし、エル様に反抗していいことはない。オーランドは目を背けて、誤魔化すようにリリスアンの頭を撫でる。
オーランドは、リリスアンに心酔して溺愛していると思う。それに、守護聖獣の肩書きに誇りを持っているところも見受けられた。好んで青色の魔力を見せびらかして魔法を使うとも噂で聞いたこともあった。
流石は愛され王女のリリスアンだ。しっかり魅了しているのだろう。
「エル様。先生がお待ちでしょう? 行きましょう」
「ああ」とエル様は一緒に歩き出してくれた。
後ろで「冷遇されている王女のくせに」とオーランドが呟く声が微かに聞こえた気がする。
「お姉様は可哀想な人だから」と、リリスアンは優しくフォローをするようなことを言ったのも聞こえた。だから自分に意地悪をする姉なのだ、と印象づかせるセリフにしか聞こえなくて、うんざりしてしまう。
「申し訳ございません、エル様。今日いらっしゃるとは知らず、待たせてしまったようですね」
「昨日の今日だから、カロラン夫人と一緒に驚かそうと思って待っていたんだ。迷惑だった?」
先程の冷たく感じかねない態度とは打って変わって、目元を柔らかく緩ませてエル様は優しい声音で尋ねた。
ううん、と首を横に振って否定する。嬉しいサプライズだ。
しかし、素直に嬉しいとは言えず、頬を火照らせるだけで俯いてしまう年頃の女の子な私。
でも私の気持ちなどバレバレのようで、レイチェラ達から生温かい視線を感じる……! 恥ずかしい!
エル様は指摘することなくエスコートの腕を差し出してくれたので、手を添えて並んで歩いた。
でもよかった……。まだリリスアンは、エル様に執着していない。その点だけでも安心してしまう。
「今日は見学させて」と、エル様は私の学習部屋となった一室の隅っこに座った。
カロラン夫人は厳しくもある教師だけれど、それについていける頭があるので苦ではないし、嫌いではない先生だ。
いつの間にか、ミワールが合流してきて離宮一掃の途中経過の報告をしたらしく、エル様から「離宮でも十分勉強出来るよね?」と提案されたので、離宮で学習するための部屋を用意することとなった。
「それからね、ルーチェ様。護衛騎士はそばに置いてほしい。離宮内でも移動するなら必ずつけること」
「あ……ご、ごめんなさい」
エル様の注意に、先程借りている騎士なのに伝言を頼んだことを指摘されたのかと謝ったのだが。
「違うよ。ルーチェ様の安全の問題なんだ。君の命令には従わないといけないけれど、彼らの仕事は君を守ることだから、そばに置かないことはやめてほしい。ね?」
エル様は、優しく言い聞かせてきた。
「は、はい、気を付けます……」
気にかけてくれることがくすぐったいのもあるけれど、エル様の優しい声がメロメロにしてくるから困る……!
「専用護衛騎士も選ぼうか?」
「あっ、それは待ってください。私、当てがおりまして」
「当て?」
エル様が首を傾げた反応を見て、うっかり口を滑らせたと焦った。
ええい、ままよ!
「来月にある王家主催の剣術大会で目ぼしい方をスカウトをする予定なのです!」
本当は優勝者を妹と取り合う予定なんだけどね! そんなこと言えるわけがないので、こういうしかない!
「そうなんだね。なんだろう。ルーチェ様がそうしたいなら、そうさせてあげたい」
……? なんだろう。なんか意味深。
にこやかなエル様は、どうして昨日からニコニコなんだろうか……。やはり死に戻りの影響? 他の人も出たりするのだろうか。
「僭越ながら、自分達にそれまで護衛を務めさせてください」
「あ、はいっ。よろしくお願いします」
護衛騎士としてついてくれているバルムート公爵家の騎士の二人。
決して満足していないから、剣術大会でスカウトしたいわけでないのだけど、ゴニョゴニョ。
昨日挨拶してくれた二人は、茶髪の癖っ毛の男性がイアン卿で、黒の短髪の長身男性がハース卿だ。
二人とも真面目そうな寡黙さんだが、職務中だからだろうか。レイチェラみたいに意外性を発見するかもしれない。
「明日は出かけるのですが、ついてきてくれますか?」
「はい。どこまでもおともします」
イアン卿が答え、ハース卿が無言で頷く。
「どこに出かけるんだい?」
「神殿です」
聖女と守護聖獣を調べるなら、詳しい伝承の書物庫がある神殿しかない。
王城の図書室には、あまりなかったと記憶している。せいぜい過去の王族にいた聖女の自伝とか。自伝も、偉業を成し遂げた日記でしかない。誰々を治療して、その後その人がどう国に貢献したのか、聖女の成果が讃えられた記録ばかりだった。
神殿ならもう少し、聖女の力や守護聖獣の力の細かい詳細が知れるかもしれない。
「祈りに?」と、キョトンとするエル様。
「もちろんです」と、今決めた私。女神様にご報告がてら祈ろうと思う。
そのあと、書物庫に居座ろう。
「じゃあ、私も一緒に行こう」
「えっ?」
まさかの同行に瞠目してしまった。
女神様……! 死に戻りしてから婚約者がグイグイきます……! どうしてですか!?
2024/05/13