戦闘とは(1)
朝焼けが目にしみる。
三人は草原の木の陰に腰を下ろした。
オリテの西側の旧街道は、もう寂れていて誰も通らない。
見晴らしがいいので、もしも追ってが来たとしてもすぐに分かるだろう。
「食うなら食え」
レインハルトが仏頂面で渡したビスケットを、モルフェは礼も言わずに受け取った。
「礼も言えないのか?」
とレインハルトが絡み始めたので、ノエルはあわてて間に入る。
モルフェは黙って、紙に包まれたビスケットをかじり始めた。
少しは食欲が出てきたようだ。
ノエルはモルフェの肩に、ポンと手をのせた。
「気分はどうだよ? 病み上がりなんだ、あんまり無理すんな」
「……お前がやったくせに良く言うな」
「はは、それはお互い様だろ」
レインハルトが柄に手をかけている。
物騒だからそろそろ辞めて欲しい、と思いながら、ノエルは本題を切り出した。
「あのさ、さっき言ってたことだけど。防御魔法って、もしかして『バリア』だけじゃないのか。学院ではそう習ったぞ。バリアの威力が増すやり方もあるって」
「少しはあってるが、ほぼ間違ってる」
「えぇ……」
「お前らお貴族どもが通いなさってる学院とやらでは、殺し合いなんかなかっただろう。やりあう必要がねぇんだ。一生な。役に立たねぇことを集団に教えるわけがない」
「じゃあ、バリア以外にも防御魔法があるのか」
モルフェがビスケットをごくり、と飲み込んで言った。
「さっきからバリアバリアってバカの一つ覚えみてーに言うけどよ。お前はバリアって何だと思ってんだ?」
レインハルトが柄から剣を引き抜き始めた。
急いで話を終わらそうと、ノエルは口を開いた。
「えーっと? 防御の呪文だろ?」
「何を守るんだ? どんなイメージか言ってみろよ」
「えぇー……んー……たとえば、自分の前に張る、防御のネットみたいな感じ?」
「それだと突然の攻撃に反応できないんじゃないか。たとえばこんなふうに」
モルフェが目にもとまらない速さで飛び上がった。
(うお!?)
思わずノエルは身をよじって躱そうとした。
鼻先を風がフッと過ぎる。
モルフェは小さなナイフを構えてノエルの喉を狙っていた。
が、刃は出ていない。
しかし、モルフェの首元には、鈍色の刃が当てられていた。
レインハルトだ。
「あと一歩でも動くそぶりを見せたら即刻斬り落とす」
美青年の淡々とした脅しに、ノエルは思わず股間の辺りがヒュンッと冷える錯覚に陥った。
いや、もう令嬢なので肉体的にはそんなはずはないのだが、精神的に非常に堪える。
だが、モルフェには全く精神攻撃は効いていないらしい。
飄々とした顔で言ってのける。
「そりゃあちょっとご主人様に過保護なんじゃねぇのか?」
レインハルトのまとっているオーラが五度くらい下がった。
「俺はお前のことは本当に気に入らない」
「奇遇だな。俺もだ」
(なんでケンカするんだよぉ)
ノエルはため息をつきたくなった。
気まずい思いをするのは自分ばかりである。
(最近の若者はマイペース過ぎるぜ……)
どうしようかと考え始めたノエルに、刃物を突きつけられたまま、モルフェは余裕さえ浮かべて言った。
「おい。なんで今、お前はバリアを詠唱しなかった」
「え? そりゃあ、あっというまだったから……」
「授業じゃねぇんだぞ。本当の戦闘ってのはあっというまに始まって、終わる」
モルフェは後ろ足で、一瞬の隙を突いてレインハルトの胸元を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
よろけたレインハルトを鼻で笑って、モルフェは言った。
「お前はそこで指くわえて見てろ」
モルフェはナイフを懐にしまって、素手をノエルに見せつける。
「一応、解放してくれたことには礼をしなきゃいけねぇ。お前の使えない『網』を、『盾』にしてやるよ」




