旅路
レインハルトと二人、馬車にガタガタと揺られながら、ノエルは呟いた。
「まさか、封じられてたとはなあ……レインお前さ、ずっと俺の背中に印があるの気付いてたか?」
「私と言い直すまでは返事をしませんよ」
「わかったよ……ワタクシの背中にアザがあったの気付かなかった?」
「気付いてましたよ。でも、よくある生まれつきのものかと」
「俺だってそう思ってたよー! ていうか、産まれた次の日に封じられたら分かんねーよなあ」
「ノエル様。口調、直す気ないですよね」
「あ」
レインハルトは伊達めがねを押し上げた。
「まあ、その服の間だけはいいことにしましょうか」
ノエルは平民の男の格好をしていた。
男装の麗人というか、ただの美少年になっている。
紅の豊かな髪はざっくりと短く切った。
ノエルよりも、はさみを入れるエリーが号泣していた。
目立たないように帽子を被って、シャツとズボンも露出の少ない長袖だ。
「お世話になるオリテ領の屋敷が見つかったら、ちゃんと『令嬢』らしくして下さいよ」
「わかってるって」
ノエルは上機嫌で、流れていく外の景色を眺めた。
「いやー、旅立ったなあ」
ゼガルドの領地を見るのも、これで最後になるかもしれない。
そう思うと感慨深いものがある。
ただ、伯爵夫妻は去り際に『伝手を見つけて必ず連絡をつける。手紙も書くし、色々手をまわすから数年はオリテでゆっくり待て』と言い残した。
そのため、今生の別れという感じにはならず。じゃあ、またという呆気なく素っ気ない別れになってしまった。
「エリーのことはびっくりしたなあ。全然分かんなかった」
あの後、コーニッシュ家に使いをやっていくらもしないうちに、婚姻届を持った長男が頬をはらしてエリーを迎えに来た。その日のうちに籍を入れたのだから、やはり仲違いをしていた訳でなく、単純にエリーは仕事への未練があったのだろう。
きっとまた会える。
でも、もうエリーの子守りからは卒業だ。
ノエルは、自立ってやつだなあと懐かしく思った。
「あ! ていうかお前、レインさあ。年頃の娘と二人きりとか、変な気をおこすなよ。第二のエリーになるのはごめんだぞ」
そう言った瞬間、馬車の気温が数度下がった気がした。
伸ばした黒髪と眼鏡、フードで隠した美貌が微笑む。
美しい目がよく磨かれた剣のようにギラリと光った。
「ノエル様に手を出すなんて、百万歩譲ってもありませんね」
「な、なんでだよ……」
「年頃の娘、つまり15歳の『令嬢』というのは、まず」
レインは凜とした良い声で言った。
「酒を欲しません」
「ぐぬっ……」
反論の余地はない。
レインハルトはすらすらと続けた。
「スカートで足を開きません。大口を開けて笑いません。粗暴な言葉を使いません。くしゃみをしたあとに『あぁーっ』と言いません。立ち上がるときに『よっこら』と言いません」
「もうやめてくれよ……」
ノエルは涙目になった。
少しばかり可愛い顔をしていると思って調子にのった。超美貌のレインハルトに淡々とダメ出しをされるのは地味にこたえる。
「いいですか、淑女の恥じらいがないんです貴方には」
スパッとレインハルトは指摘した。
「そりゃお前との二人のときの話じゃん……家と学校は違うじゃん……? ま、マナーはちゃんと、勉強したしぃ? 公共の場ではきちんと、できてるはずだけどォ?」
「そういう問題ではなく、淑女としての色気の話をしております。というか、俺が12歳、貴方が5歳の時から一緒なんですよ。今更ノエル様の、何を、どう見ろと?」
「スミマセンデシタ」
「安心して下さい。あなたに手を出すことは万に一つもありません」
「そこまで言い切られると、いっそすがすがしいな」
仮にもノエルは美少女の肉体なのだが、それ以上の美青年として仕上がっているレインハルトには通用しないのだろう。
15年の少女経験はあるものの、中身の核心部分がおっさんのままのノエルは、レインハルトと一緒にいるときは安心できる。
「この旅の間はお前とは兄弟だからな」
「はい。私が兄でノエル様が」
「弟だ。で、事情があって俺らは二人で旅をしていると。なあ、そのノエル様っていうのをやめようぜ。兄が弟に丁寧だったら怪しまれるし、お前めちゃくちゃ主従感があるんだもん」
「それはそうですね……では」
カタカタと馬車が砂利道で揺れた。
もうすぐ降りなければならない。
ゼガルドから山を越えて、人の少ない領の西方からオリテに入るのだ。
すると、自分の帽子の上にポンと手がのせられた。
思わず前に顔を向けると、目の前に見たことの無い顔をして微笑んだレインハルトがいた。
「ノエル。兄ちゃんが守るからな」
「ばっ……」
こいつわざとだ、とノエルは思った。
イケメン怖い。
(顔の良い奴がイケメン度を120%出力しやがる!)
照れたら負けゲームで無双するタイプのやつだ。
レインハルト相手に照れるのはものすごく悔しいが、圧倒的美の前には性別などない。不可抗力だ。
「お前、自分で自分の顔の良さを分かってやがるな?」
レインハルトはニコッと微笑む。
自覚ある美貌は武器だ。
なかなかしたたかなヤツだ。
ノエルはプリプリしながら叫んだ。
「ふざけるな、俺だってあれから10年鍛えてきたんだ! レインに守られてばっかでいられるかよ!」
「その意気です」
レインハルトがにやりと笑った。
今日はこいつの見たことが無い顔をやけにたくさん見る。




