10年後 学院
自分の趣味の寄せ植えのような話で、誰が読むんだ…(失礼)と思っていたところ、予想以上に読んで頂けて嬉しい限りです! 誤字報告もありがとうございます。
それから月日は矢のように過ぎた。
ノエル・ブリザーグと白銀の美少年レインハルトが出逢って、早十年が過ぎていた。
おっさん、もとい、ノエルはすくすくと成長し、御年15歳の美しい令嬢になった。
レインハルトはというと、見目麗しい22歳の好青年になっていた。
そして――。
「ノエル様、お急ぎ下さい。学院が始まってしまいますよ」
黒髪の青年がノエルに声をかける。
レインハルトだった。
ノエルの両親の『護衛にしてはキレイ過ぎて目立ちすぎるから』という理由で、黒く染めている。
同じ理由から、度の入っていない丸めがねをかけている。
悔しいかな美形は何をしても似合ってしまうのだが、『レンズ一枚分でもバリアができるじゃない』とのアイリーンの言により、決定された。
「急いでるってば、レイン。朝ご飯の苺サンドがおいしーのなんのって……ちょっとおかわりに時間をかけすぎたなぁ」
ノエルがパチパチと瞬きをすると、長いまつげが上下する。ノエルは母親譲りの豊かな紅い髪を、ぞんざいに掻き上げた。
メイドのエリーが見たら悲鳴を上げそうだ。
「……その平民の男のような口調も、そろそろおやめ下さいと毎日のように申していますよね」
レインハルトが不満げにもらした。
「問題ない。お前と二人のときだけだからさ」
「足を広げないで下さい! 下着が見えそうですよ」
「ドキドキした〜?」
「するわけないでしょう。あなたのはしたなさが世間にバレやしないかというドキドキなら、いつもしていますが」
レインハルトはピシャリと言った。
「あまり調子にのっていたら、いつかどこかでぼろがでますよ」
「ダイジョーブダイジョーブゥ」
「全く大丈夫に思えないのですが……」
レインハルトは口うるさい。
マナーであるとか、貴族のしきたりみたいなことには特別うるさくて、おかげでノエルは学院に入学してからは完璧な令嬢だと噂されるほどになっていた。
「そんなのだと、エリック王子に嫌われますよ」
婚約の申し込みも、高等部に上がってから格段に増えた。ノエルはどんな婚約もすげなく断ってきた。しかし、周囲のすすめもあって、王室に嫁ぐことを決めたのだった。
相手はエリックというゼガルドの第二王子で、ノエルと同じ学院の1つ上だ。
「う……王子には俺、いや、私のこういうところは見せない。墓まで持って行くからな、ダイジョウブだ」
「婚約したのですから、もう少し気を遣って下さらないと困ります。王子にしてみたって、じゃじゃ馬を娶るつもりなどないのですからね。王位継承がないとはいえ、王室の一員となるのですからきちんと」
「よしっ! 今日もいっちょやるかー」
「聞いてますか?」
ため息をつきながら、エスコートの手を出すレインを、ノエルはにっこりと見上げた。
こいつももうずいぶんデカくなった。成長が嬉しい。
あのオークの襲撃事件があって、家に来たばかりの頃は緊張してか、口数も少なくて今よりも儚い雰囲気だった。
ノエルの護衛として、この伯爵家に雇われて住むようになってから、徐々に心を開いてくれていったように思う。
今は腕がたつし、事務的な仕事もできる、スーパー執事のようになっている。
(こいつのためにも頑張らなきゃなあ)
王子に嫁いで王家に入ったら、大出世間違いなしだ。
ドレスだの宝石だのに興味は全く無いけれど、王家との縁談が来たときに、普段はあまり手放しで褒めることのないレインハルトが、笑顔で素晴らしいですねと言ってくれたから、ノエルだってちょっと頑張って出世してみようかなという気になったのだ。
貴族の女の出世、つまり王族! 結婚! という、極めて単純かつ残念なノエルの思考の結果だった。
ノエルが馬車で学院に着くと、学生たちはにわかに色めきだった。
それもいつものことだ。
ノエルはレインハルトから鞄を受け取り、堂々と正門から校舎へ歩いて行く。
「ノエル様、おはようございます!」
「おはよう」
「ノエル様ーッ! 今日も素敵ですーッ!」
「ありがとう。だけど淑女たるもの、そんなに大声で叫んでいては駄目よ」
「ハイッ! 申し訳ありません! はわぁぁぁっ! ノエル様にお叱り頂いた……」
「ギャーッ! うらやましい」
と、さんざんな状況だ。
見送りのレインハルトは、そんなお嬢様を遠目に眺めた。
「相変わらずすごいな。あのオンとオフの切り替え……」
全く同一人物だとは信じがたい。
学院の高等部に上がると、さらに人望もあつくなり生徒会に入ってしまった。
あの口調とあの振る舞いでよくぼろがでないなと感心してしまう。
が、確かにあれが、ブリザーグ家が長女ノエルその人で間違いないのである。
あたたかくノエルを見守るレインハルトに、道行く令嬢たちが熱い視線を送っていた。
ふと気付いて、レインハルトが微笑んで会釈をすると、一人が卒倒しそうになった。
友人に肩を支えられている令嬢を気遣いながら、レインハルトはこの後に取りかかる館の業務を思った。
今日は領地の陳情書に目を通しておかなければ。
館の経営を任されるようになったのは十八の頃だったか。
おそらく伯爵家の面々は、ノエル以外はレインハルトの『事情』に気付いているのだろう。
レインハルトの出自について、とやかく詮索しないのは、自分を慮ってか、あるいははっきりと明るみに出たときに白を切るためか。
コランド伯爵ならば、一瞬のうちに画策しそうだ。
それでも、訳ありでしかない自分を長年館に置いてくれている事実は変わらない。
命ある限り、ブリザーグ家にこのまま仕えよう。
恩に報いる真面目なレインハルトは、日々、決意を新たにするのだった。
「あの、すみません! 学院の入り口はこちらですか?」
レインハルトの背後から、鈴を転がしたような愛らしい声がした。
振り替えると、砂糖菓子のような可愛らしい子どもがいる。
子ども。
いや、レインハルトからしてみれば、子どもでしかないのだが。
童顔というのだろうか。
幼い女の子に見える。
庇護欲をあおるような小さな女の子。
だが、制服は確かにここの学院の高等部のものだ。
「ええ。そうですよ」
「ありがとうございます! 今日から高等部に転入するんですけど、緊張しちゃって」
テヘッとはにかむ姿は少女の愛らしさに溢れて可愛らしい。
「頑張って下さいね」
にっこり微笑んで、レインハルトは馬車に乗り込んだ。




