ソフィという女
新たな転入生、ソフィ・ゴーネッシュ。
彼女が王立学園に転入してきてから、ノエルを取り巻く人間模様が少し様変わりし始めた。
例えばある日の生徒会室は地獄のようだった。
「お前のようなやつとは一緒に仕事ができない」
生徒会の3年生の男が、席を立って出て行ってしまったのだ。長机の上には生徒会の辞表がある。
「待ちなさいよ!」
と叫ぶ女は、高等部に進級してからずっと付き合いを公にしていた婚約者だった。
「あの女、信じられない!」
しくしくと泣きながら怒りを吐き出す生徒会の女生徒は、結局婚約を破棄した。
彼は真実の愛とやらに目覚めてしまったらしい。
またあくる日。
ノエルが学校の敷地内にあるベンチに座っていると、
「あ……ノエル様……」
「ご、ごきげんよう」
目を合わせないように、令嬢たちがそそくさと立ち去っていった。
(なんだ? みんないつもと様子が違うぞ)
その原因に気が付いたのは、ノエルが中庭で本を読み終わり、噴水でも見て涼もうかと木陰に歩き出した時だった。
「まあ! そんなことおっしゃるなんて、殿下だぁいすき!」
ノエルは背後から聞こえる声に耳を傾けた。
この学院で『殿下』と呼ばれる対象は一人しかいない。
つまりノエルの婚約者、第二王子エリックその人。
(おいおい、俺の【婚約者様】に手ェ出すなんて度胸あるな、この娘ッ子)
ノエルはエリックを好きでも嫌いでも無かった。
というか、好きになりようがない。
見た目は美少女でも、中身は初老の男なのだ。
好きとか好きじゃ無いとか、そういう気持ちになる方がどうかしている。
だから、浮気自体はさほど問題ではなかった。どちらかというとノエルが引っかかるのは人のものを奪うという犯罪者意識についてだった。
(やってることは強盗とか窃盗と変わんねえぞ、この女……無害そうな顔して、マジでやべえやつだな)
ここまで何人の男を骨抜きにし、婚約破棄まで持って行ったというのだろうか。学園のほとんどの女子に嫌われているのに、さらに上を目指すというのだろうか。
ソフィは甘い声音で喋り続けている。
「でも、今日は本当に素敵な日だわ。殿下、運命って信じますか?」
(出た、運命。じゃあ俺の股ぐらに何もついてねえのも運命の一つってのか? いや信じたくないね。俺はそんな運命は一生信じたくない。まあ、前世的にはもう死んでるんだけど……じゃなくてそうじゃなくて。今大事なのはなんで、こいつが俺の婚約者を奪おうとしてるかっていうことなんだよな)
ノエルは隠れつつ、後ろの小道に視線を向けた。思った通り、そこにはノエルの婚約者である第二王子と、ソフィがいた。
級友や先輩たちの話が本当だとしたら、ソフィという女は元々平民だったが、男爵の隠し子ということが発覚して貴族の爵位を得、学院に編入したらしい。
天真爛漫なソフィは小動物のようで、くるくると表情が変わる。
「ソフィ、殿下のこともっと癒やしてあげたいんです」
ソフィがエリック王子の手を握った。ベンチにかけた王子は拒まずにため息をついた。
「ノエルとは大違いだな、ソフィは。なんと愛らしいんだ」
いつも意思のない、従順な子馬のようなやつだと思っていたが……。
「ソフィが殿下の婚約者だったらなぁ」
ソフィは幼子がおもちゃを強請るように言った。
「殿下のこと、いーっぱい甘やかしてあげられるのにッ」
王子は笑って、ソフィの髪を撫でた。
「ソフィは可愛いな」
「きゃあっ。殿下にそんなことを言われると、照れちゃいます」
「王子だの何だのって肩書きに疲れていたんだ。ソフィーのような、本当の自分を見てくれる女性は初めてだ」
「殿下……いえ、エリック様とお呼びしても?」
ノエルはしゃがみこんで二人の会話を聞きながら、冷静に自分が置かれた状況を受け入れていた。
(さて、これからどうするかな?)
エリックとソフィーは口付け合っており、どこからどう見ても浮気現場の真っ最中だったが、ノエルはふむふむと頷きながらその光景を眺めていた。
(普通に考えてよっぽど頭が足りないか、処刑や追放志願者じゃない限り王族に手出しはしない。あのソフィーって女本当にバカなんだろうか? 何か企みがあるに違いない。刑事の勘だ。よし、あの娘っ子の裏を洗おう)
ふと、脳裏にレインハルトの端正な顔が浮かんだ。ノエルはそっと足音をたてずにその場を離れた。
しかしながら、ノエルの誤算としては、相手たちの方がよっぽど素早かったという点にあった。
想像もしていなかった。
まさか、自分の方が追放されるだなんて。




