第四百二十九話 急流勇退
---三人称視点---
一方、陸上では、聖歳三が各防御陣地の最終確認に奔走していた。
彼は自ら馬を駆り、弁天台場、千代ヶ岱陣地、
そして五稜郭本体の守備状況を見て回った。
そこに総裁である榎田武揚が現れた。
「聖さん、新政府が討伐軍を派遣したようです」
「榎田さん、そうか。
それで貴方としては、どうするつもりですか?」
「聖さん、ここは君が兵を率いて、
討伐軍を撃退してもらえないか?」
「嗚呼、これから兵を率いて、
討伐軍を撃退してみせよう」
「うむ、聖さん。 期待してますよ」
「嗚呼、任せてくれ」
これまで何度もやりあってきた両者であったが、
この極限状態においては、各々の役割を果たすべく、
聖も榎田も自分の仕事に全力で全うしていた。
そして聖は五稜郭を後にした。
すると五稜郭の入り口で、
一人の人物が聖の事を待っていた。
「……ヒジリさん」
そう言ってその金髪碧眼の美女が聖に歩み寄った。
身長は168セレチ(約168センチ)、手足は長く、
凹凸のある見事なプロポーションだ。
黒い光沢のあるレオタードに身を包み、
背中には裏地の赤い黒マントを羽織っていた。
そして剣帯に吊るした黒鞘に聖剣を帯剣していた。
着る者を選ぶ衣装デザインであったが、
この金髪碧眼の美女――リーファは見事に着こなしていた。
「リーファ殿、まだこの蝦夷に居たのか?」
聖は眼前の美女――リーファ・フォルナイゼンにそう言った。
するとリーファは、神妙な顔をして言葉を紡ぐ。
「まだ戦われるのですか?
もう幕府も神剣組もないのですよ?」
「幕府は滅びたが、神剣組は滅びてない。
この副長の俺が居る限り、神剣組は不滅だ」
「もう残された隊員は殆ど居ないでしょう。
仮にこの戦いに勝っても、
最終的に負けるのは目に見えております」
「……そうかもしれんな」
「……じゃあ何故まだ戦うのですか?」
リーファはそう言って、真っ直ぐな眼で聖を見据えた。
すると聖も曇りのない瞳でリーファを見つめた。
「このまま逃げるのは性に合わぬ。
既に多くの隊員や同士、戦友を失った。
ここで俺が逃げたら、彼等にあの世で顔向け出来ぬ」
「そんな事に義理立てて……。
死んでしまったら、全てが終わりですのよ?」
「嗚呼、その通りだ。
だが俺は一人の人間である前に、神剣組の副長だ。
その副長が自分の命惜しさに、
新政府に鞍替えするなんて真似は出来ぬ」
「……相変わらず頑固な方ですね。
それにとても凝り固まった考え方ですわ」
「嗚呼、そうだ、その通りだ。
俺は凝り固まった人間だ。
俺はこうして生きてきて、ここまで戦って来た。
そして最後までそれを貫くつもりだ……」
「……何も言っても無駄のようですね」
「嗚呼、だが俺から君に最後の言葉を送ろう。
もうこれ以上、俺に関わるのはよせ。
君は未来ある身、これ以上この国に留まる必要もなかろう。
仲間と共に大人しく本国に帰るべきだ」
「……」
「じゃあ俺はもう行くよ。
先に云っておくよ、――さようなら」
「……」
聖は最後にそう言い残して、
リーファに背を向けて、前へ歩き出した、
リーファはその後ろ姿をみて、
何とも言えない気分に晒された。
でも彼女から彼に云うべき言葉はもうなかった。
そして聖は後ろに振り返る事なく、
兵士達を引き連れて、戦地へと赴いた。
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その後、リーファ達は函館港に停泊していたアスカンテレス王国の軍艦に保護された。
アスカンテレス王国は、新政府軍とも国交があったので、
アスカンテレス軍の軍艦が新政府軍艦隊に狙われる事はなかった。
リーファ達は、蝦夷共和国での経験を胸に、
アスカンテレスへと帰国の途についた。
その軍艦の甲板上でリーファ達は、海を眺めていた。
甲板の上には潮風が強く吹き抜け、
気を抜けば帽子が飛ばされてしまいそうだった。
「もうこうして函館に来る事はないでしょうね。
でもこの国――ジャパングに来てもう三年も経つのね。
気がつけば、私も22歳になっていたわ」
「そうね、あーし達は良くも悪くも旧幕府軍。
そして神剣組に深く関わり過ぎたわ。
まあこの国の内乱に生じて、軍艦や重火器。
またこの国の黄金も良い感じに頂いたから、
本国に凱旋したら、それ相応の待遇で迎えられるでしょう。
ただ……」
「ロザリーさん、ただなんでしょうか?」
「リーファちゃん、多分アナタと同じ気分よ。
この国の男達はなんか不思議だったよね。
特にあのヒジリ……さんは変わっていた。
良くも悪くも武士という感じの人だったわね。
でも彼、この戦いで死ぬつもりでしょう」
「そうでしょうね、あの蝦夷地に来たのも、
死に場所を探し求めて、来たというのが彼の本心でしょう」
と、バリュネ大尉。
するとリーファもバリュネ大尉に意見に賛同した。
「でしょうね、でも私には理解出来ない感情だわ。
彼は自分の最後を飾る舞台で、
武士として死ねたら本望なんでしょうね。
でも私の考えは違うわ。
例えどんな形で生き残る、この後の人生を生きる。
というのが私自身の考えです。
だけど広い世界の中、彼のような……ヒジリさんのような
生き方もあって良いかもしれませんね。
人間、生まれは選べないけど、
死に場所だけは選べますからね」
「そうね、あーし等が口出し出来る問題じゃないよね。
それで結構前にラミネス王太子宛に、
リーファちゃんの名前で手紙を出したけど、
ラミネス王太子の側近から、
「ならば戦乙女一行の本国の帰還を認めます」
との伝言があったわ、でもエレムダール大陸も
ガースノイド絡みで荒れそうな空気よ」
「でもそれはボク達の出番に繋がるでしょ!
これまでは冷や飯ぐらいだったけど、
またガースノイド絡みで問題が起きたら、
戦乙女やその盟友を無碍には出来んだピョン」
「うん、兎さんにしては良い読みね」
「ピョーン、兎さん呼ばわりは止めてピョン!」
「まあいずれにせよ、本国に帰るまで結構かかるでしょう。
その間に本国やガースノイドの周辺の情報を入手しておきましょう。
でもその間にも心と体を休めておくわよ。
どうせ今ぐらいしか休めないでしょうからね」
ロザリーの言葉に周囲の者達も無言で頷いた。
そしてリーファは甲板上から海を眺めながら――
「さようなら、日出ずる国――ジャパング」
こうしてリーファ達のジャパングにおける長い旅は終わった。
だがこの国に残された者は、戦いの真っ最中であった。
聖歳三と総裁の榎田の戦いは、まだ終わりそうになかった。
次回の更新は2026年5月6日(水)の予定です。
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