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ふざけすぎました。
もうちょっとで終わります~
「は? 夜会に出るのか?」
第三王子殿下は、目を丸くして驚いた。それもそうだろう、私はそういった催しをサボりたいと最初の条件に出したのだ。
「出ますわよ。第三王子殿下の、婚約者だもの」
「何を企んでる? 王宮に来てから一度も参加しなかっただろ」
改めて言われると、公爵令嬢としての自分の駄目っぷりに驚愕する。まあ、今まではそれでもよかった。第三王子殿下妃として相応しくないと言われれば、はいそうですかと辞退しても良いと思っていたのだから。それぐらい、面倒に思っていた。けれど。
「貴方の婚約者の座を、誰にも奪われたくないのよね」
実際に、あの令嬢から婚約を辞退しろと迫られて、絶対に嫌だと思った。条件だけではなくて、普通に好きになってしまった相手。夜会で他の令嬢に囲まれているのを想像したら、吐き気すらした。
「お前以外は無理だと何度も言っているだろ」
「それを聞いても、嫌なのよねぇ。貴方が令嬢達に囲まれているのが」
「囲まれてたまるか。それとも、アレか、嫉妬してるのか?」
「あら、よくわかったわね」
あっさり認めてやると、殿下は顔を真っ赤にして私から背けた。あらあら可愛らしい事。こういうところがお子様なのよねこの人。
「し、し、仕方ない。エスコートしてやる。ありがたく思え」
「何言ってんの、エスコートを殿下がするのなんて当たり前でしょ」
「一言多い!」
「これが私なの!」
殿下にエスコートされて夜会会場へ足を踏み入れると、皆が一斉にこちらを見てきた。夜会嫌いの第三王子殿下と、更に夜会嫌いの公爵令嬢の登場だ。驚くのも無理はない。隣をちらりと見る。険しい顔をしていた。誰も寄せ付けない、冷たい表情。婚約が決まる前は、私もこの顔を、たまに出る夜会で見かけていた。
「おい。薄荷スプレーを持ってきただろうな」
「ふふふ。持ってるわ。私から離れたら駄目よ?」
「お前こそな」
ニヤリと笑う。駄目よ、そんな顔をしては。見てしまった令嬢達の目がハートになっているじゃない。誰にも見えないように肘鉄を食らわせた。噴き出した殿下は、私の頬を撫でるふりをして、抓ってくる。
「痛い」
「お前から攻撃してきたんだろう。この暴力女め、ははは」
「こんなところで他の女を魅了してるからよ、おほほほ」
小競り合いを繰り返しながら、陛下と王妃殿下のもとへ向かった。迎えてくれたお二人は、呆れたような顔で私達を見詰めている。公爵令嬢として、きちんとしたカーテシーをしたその時である。
ざわり、と、空気が変わった。
扉の向こうが騒がしくなり、入口付近にいた令嬢達が、悲鳴をあげる。
ぶわりと甘い香り。酔ってしまいそうで、慌てて薄荷スプレーを取り出した。殿下が私を抱き込んで来る。何が起きたのか、さっぱりわからない。
「貴方に復讐をするために、舞い戻りましたのよ! フランシス様ぁ!」
媚を売るような声が聞こえた。人の波が割れ、その中を、真っ赤なドレスの女性が歩いてくる。胸が、すごい。大きい。柔らかそうに見えなくて怖い。ロケットみたいに飛んできそうな胸だった。
「え……誰……?」
「私の叔父の配偶者だった女だ。まずいぞ。たぶん、刑期を終えて、出てきた」
「刑期? 牢獄に入っていたの?」
「幼い私を襲おうとしたのだ。あの女のせいで、私は女嫌いになった」
「ふふふ、あと巨乳嫌いにね!」
喋っている間にも、周りでは、あちらこちらで叫び声があがっている。建物の中だというのに、暴風が吹き、シャンデリアが壊れ、花瓶が割れて、食べ物が舞い上がっている。
「くそ、あいつ、魔女だったのか! だから死ぬまで牢獄へぶち込んでおけと言ったんだ!」
「はッ、魔女!?」
突然ファンタジー色出してきた! 全く話についていけない。近くにいた陛下や王妃殿下も、眉間に皺を寄せて魔女を見ている。いや、魔女よ、魔女。この世界いるの? 本当に? 生まれてこのかた、魔女の話なんて聞いた事ないんですけど。私を抱き締める殿下の顔を覗き込む。じっと見つめられ、こくりと頷かれた。いや、なんか雰囲気出して頷いてますけど、私はちょっと納得いかないというか。
「私が子供の時は、ただの破廉恥な女だったんだ! それが、いきなりの魔女!」
「いきなりはこっちの台詞よ! なによ魔女って!」
「……魔女は…………魔女だろ」
「いやいやいや……いやいやいやいや」
「おーーーっほっほっほ! フランシス様のフランシス様を一生愛でさせていただければ、それで満足するわよ~! 長年の愛憎、受け取るがいいわ!」
髪がぶわーとなって、赤いドレスの裾が翻って。前世で見た事のある映画のようだった。魔女。魔女に対抗する手立て。そんなものは、知らない。魔女の後ろでは、護衛騎士達がオロオロしていた。なんたって相手は魔女だ。どうしたらいいのか、わからないのだろう。
殿下は顔が真っ青だ。それでも私を守ろうとしてくれている。ここで女を見せなければと、殿下の拘束から抜け出して、魔女の前に仁王立ちしてやった。
「ちょっと、おばさん!」
「…………な…………私のこと!?」
「そうよ、あんたを指差してるでしょ! あんたよ、あんた、そこの、硬くて揉み心地の悪そうなおっぱいの中年女性!」
「ちゅッ、中年!」
後ろでは、殿下が焦った声で、クラーラやめろと叫んでいる。やめられるわけがない。私の男を狙っている女を許せるほど、私は心が広くない。しかも相手は、自分の婚約者に、過去に何か仕出かした女だ。たとえ魔女なんて存在だったとしても、私は許さない。
「ばばぁ、香水ふりかけすぎて、公害レベルで臭いんだよ! とっとと消えろ!」
「んまあ! 何かしら! 何かしらこの小娘! いいわ、まずは貴女を猪にでも変えてしまおうかしら! 後悔してもしらないんだから!」
魔女は、そう言って何か呪文を唱え始めた。どす黒い霧が魔女の周囲を囲んだところで、手に持っていた薄荷スプレーをおもいきり投げつけた。見事に眉間にヒットした薄荷スプレーのガラスはそのまま割れ、魔女は衝撃で仰向けにひっくり返ってしまった。急所だったのか、倒れたままぴくぴくと動いている。後ろにひかえていた護衛騎士達が一斉に飛び掛かり、猿轡を噛ませて、お縄にしていた。
「…………おい」
後ろから殿下に腕を掴まれる。振り返ると、さっきよりはマシな顔色で、息をついていた。
「落ち着いた? 吐き気は?」
「…………しない。というか、お前、無茶をするなよ」
「だって、なんなの魔女って。そういう要素、今まで無かったじゃないの」
「そうだな……私も驚いた……」
破廉恥な魔女は、最終的には護衛騎士達にぐるぐる巻きにされて、四人がかりで運ばれていった。もう戻ってきませんように。
「貴方と出会ってから……」
「うん?」
「面倒くさい事ばっかり!」
「なんだ、婚約を辞退したくなったか?」
「まさか! ここまで面倒をかけられたのだから、ここで辞退なんかしたら勿体ないじゃない!」
「……はは……お前ならそう言うと思った」
殿下が、ぐったりと私に身を預けてきた。気安い私達の様子に、陛下達が穏やかに微笑んでいる。かなり重くて大変だったが、これも愛の重さと思ったら、嬉しくなってしまった事は、内緒だ。
(つづく)
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