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イッチャイチャ。これより最終章に入ります。
「ねえ、いつまで拗ねてんの?」
夫婦の寝室。いや、まだ、夫婦じゃないけれども。その寝室のふわっふわのベッドの上に、大きなシーツの塊が出来ている。私はそれに、しきりに話しかけているのだけれど、一向に返事はない。
日中、話している途中で、婚約者の第三王子殿下が、何か勘違いをしている事に、気付いて叫ぶぐらい驚いたのは事実。けれど、その勘違いを彼がどのように受け止めるのか、私は知りたくなってしまったのだ。だから、勘違いさせたまま、最後まで彼で遊ぼうと思った。彼が全てを諦めたように笑った時、慌てて誤解をときたくなったが、反応がいちいち可愛い婚約者をあとで驚かせたくてそのままにしてしまった。
潮時だと言ったのは、私が何もせずに殿下に好きになってもらうのを待つのも、そろそろ潮時かなという意味だ。このまま日々を過ごしていても、状況は変わらない。私の立場を狙っている令嬢は、たくさんいると聞いている。陛下達からは、ゲストルームなど出て、妃になったら与えられる部屋に引っ越して、第三王子の婚約者という立場を確固たるものにすればと提案されていたのだが、本人から望まれて引っ越しをしたいと言い張っていたのだ。
しかし、今日のあの小娘も言っていた。いつまでもゲストルームに寝泊まりしているなんて、偽の婚約者なのではないかと。そういう噂を広められては困る。だから聞いたのだ。私を好きなのかどうか。少しでも好きだと言ったら、だったらお前の未来の妃だと皆に知らしめる為に、それなりの部屋を用意しろと言うつもりだった。
その辺りの事を、相槌もうってくれない相手に説明する。たまに、もぞもぞ動くので、ちゃんと聞いてはいるだろう。全部説明しても、殿下は返事もしなかった。大きく溜息がでる。
「拗ねたいのは、こっちなんだけど。好かれもしない偽の婚約者として、ゲストルームで燻っている令嬢なんて言われてさ」
「…………」
殿下が、もぞりと動いた。まだ顔は見せない。
「ねえったら殿下~、そろそろ顔を見せてよ~」
「フゴーリスタ公爵令嬢うるさい」
「あ、またそんな呼び方して。拗ねてるからって、やめてよね。さっきはクラーラって呼び捨てにしてたくせに」
「お前なんて、一度も私の名を呼んだ事がないではないか。理由は拗ねてるからか? あん?」
「うわ」
急に塊が伸びあがって殿下が顔を出したので、私は驚いてベッドの上で尻もちをついてしまった。ぼさぼさの髪の殿下も、良い。髪がサラサラなのか、すぐに落ち着いてしまったが、少しだけ乱れた髪型が、更に良い。いつもの三倍増しで目付きが悪く、唇はこれでもかというほど尖らせて不機嫌そのものだが、イケメンの不機嫌顔、最高。キュンとする。あら、私、イケメン嫌いとかのたまってなかったかしら。顔立ち平凡がよいとかなんとか。いや、これは、クルわ。美形の不機嫌顔、ハンパねぇ色気だわ。いやいや、殿下じゃなければなんとも思わないかもしれない。普段のアレが、コレだから、こう、キテるんじゃないかと。
涎を垂らさんばかりの勢いで口を開けたまま怒涛の萌えを渦巻かせていると、不機嫌顔のまま、殿下が素敵なお口を開いた。やだ、それだけでときめくんですけど。もしや、これが、恋?
「おい、下着、見えてんぞ」
「ぎゃああああ! 変態! 変態!」
「いや、勝手に見せてるお前が変態だろ。顔を見せてとうるさいから顔を見せれば、大股開きで下着を見せてくるとか」
「急に動くからでしょ! 最低!」
慌てて足を閉じ、ベッドの上で正座をする。この部屋着、寝間着も兼用なのだけれど、スカートがひらひらしていて実に不便。このまま掛布団をかけると、もぞもぞしている内にどんどん足が露わになっていくのだ。最終的には、朝、目が覚めると、お腹が丸見えになっている。前世で旅館に泊まると、必ず浴衣が乱れて、朝起きると半裸になっていたのと同様。だから女性用のパジャマを開発してくれって言っているのに、侍女達からあり得ないと一蹴されて今に至る。
「で、顔を見せたぞ。次はどうする?」
「え、ああ、そうね。えーと、不束者ですが、今後ともどうぞよろしくお願い致します、殿下」
三つ指ついて頭をさげる。この世界では、こんな礼儀は知られていないからか、なんだそりゃと言いながら、殿下は溜息をついた。
「まだお前と私は、婚姻を結んでいない。同じベッドで寝るなんて、許されないぞ?」
「エッチしなければいいんじゃない?」
「若い男女が一緒に寝て?」
「そりゃ、殿下は、血気盛んな若者だけれど、女性恐怖症でしょ?」
「は? 怖くなんてないぞ!」
「いやいや、強がっちゃって、何言ってんの。大きなおっぱいとか、気持ち悪いんでしょ? 擦り寄られると吐くんでしょ? 私だけが、特別なのよね。大丈夫なのよね?」
「…………」
「実は私も男性不信で。本当は男に触られるのも嫌なのよね」
「あ? 頭撫でられると気持ちよさそうな顔するだろ」
「だから、貴方は特別なの! 私達、いいコンビだと思わない?」
女性をいやらしい目で見ない殿下と、性的な目でしか見られないのが嫌な私。条件だけではなく、その点でも、殿下が好ましいと思っている。いずれは、そういう行為もしなければならないだろうが、二人で少しずつ歩み寄れたらいい。そんな相手は、この先、他に現れない。だから私は、この人から離れたくないし、この立場を確立させたいのだ。
この人といると、自分の気持ちがよくわかるようになる。今、それに気付いた。今までは、本能で、殿下を選んでいたのだろう。一緒にいたい理由など、後からどんどん出てくる。
「私が、お前に不埒な事をしないという保証はないぞ」
「その時はその時ね。だって、私、貴方の事が、嫌いじゃないし、将来的に結婚するんだから、そういう事もあるって、ちゃんとわかってるもの」
「…………」
「さっき、ごめんね。貴方の驚く顔が見たかったの。王宮を出ると見せかけて、すぐ隣に引っ越してくる私にどんな顔するかなって」
「……悪趣味」
軽くデコピンをされた。すぐデコピンされるので、額が強化されそうで怖い。
「反省しました」
「まったく……三十五歳にもなって、そういう事もわからないのか?」
「十八歳だし! 三十五歳は、記憶だけだから、本当の本当に、私の年齢はピチピチの十八歳なの~!」
「ふは! わかっている!」
殿下が笑う。私の前以外では見せない表情が、好きだ。何が面白かったのか、二人、愉快な気持ちになって、しばらく笑い転げた。すぐに眠ってしまうのが勿体なくて、思いつくままに二人で語り合い、うとうとしながら、目が完全に閉じてしまうまで、ずっと何か喋っていた。頭が撫でられている。気持ち良い。温もりに縋り付き、意識を飛ばした。ここ最近では珍しいくらい、深い眠りについていた。
(つづく)




