第三王子視点・その2
イチャイチャしてます。(当社比)
王子視点をここで終わらせたかったので、いつもよりも少々長くなりました。
「まったく……レディの部屋にノックもせずに飛び込んでくるなんて、紳士の風上にもおけないわよ、第三王子殿下?」
眉間に皺を寄せながら、シェフ特製のサンドウィッチを頬張っている。そういう態度は、淑女の風上にもおけないってやつなのではないのだろうか。ソファに座り、彼女は一人で食事をした。私には、珈琲だけを用意してくれている。珈琲が出るだけでもありがたいと思えと、相変わらずあたりがキツい。
「焦っていたのだ。お前が……この部屋を出て行くなどと言うから」
「あら、それでどうして焦るんですの?」
驚いたような顔をする。演技ではないようだ。私が焦るとは思ってもみなかった、そう言いたそうな顔だった。
「いや、急な話だったから」
「急な話ではないですわよ。前々から、陛下と王妃殿下には言われていましたの」
「出て行け、と?」
「そんな乱暴な言い方はしませんわ。いつまでも客室で寝泊まりさせられて、クラーラは可哀想ねと、いつも気にかけて下さっていたんです。この部屋を出てもいいと陛下もいつも申し訳なさそうに仰って下さいましたわ。貴方だけですよ、何も言って下さらなかったのは」
「う…………それは」
正直、なんと声をかければよかったのか、こうして指摘されてもわからない。この部屋を出てもいいという事は、婚約を解消してもよいという事に繋がるのではないのか。私は、クラーラと婚約を解消したいなどと思っていない。毎日のアフタヌーンティーのひと時も気に入っているし、出来れば、このまま王宮に残って欲しいと思っている。
「私も、先ほどの令嬢と同じ事を考えておりましたわ。いつまでもゲストルームで寝泊まりしているなんて、偽の婚約者みたいだってね」
「偽ではない事は、自分が一番わかっ……」
「しかも! 先程、貴方の気持ちを確認したら、私のことなど、これっぽっちも好きじゃないというではありませんか! これは、もう、潮時かな、と」
目を伏せて、小さく笑ったクラーラの手を取った。驚いて顔をあげた彼女の二人掛けソファの隣に座り、顔を覗き込む。
「困る!」
「は?」
「だから、出て行かれたら困るんだ!」
「は、はぁ……、え、そんなに?」
「ああ、困るに決まってる! 私の妃となるのは、お前しか考えられないんだ! 王宮を去られるのは、これ以上ない程に困る!」
「えッ? えええ、えあ、ああーーッ」
令嬢らしくない叫び声をあげたクラーラは、口の端をぴくぴくさせながら、私の顔を見詰めかえしてくる。なるほどなるほど、と、何やらしきりに呟いていた。
「お前の言う『好き』という気持ちはよくわからないが、お前以外の令嬢が私の近くにいるのを想像するだけで不愉快だ。だから頼む、私の妃になってくれ!」
「まあ~、熱烈なプロポーズですわねえ。それなのに、私を好きかどうかはわからない、と」
軽く睨まれて、手を離す。そのままソファに背中を預けた。
「…………そうだな。よくわからん」
「ポンコツかよ。いやまあ、私も、前世と併せても、よくわからない感情ではありますが」
「え、自分もわからないのに、私にはその感情を求めるのか? それって、どうなんだ?」
許可はもらえていないが、遠慮なくサンドウィッチに手を伸ばす。ハムとレタスとマスタードが挟まっているシェフ一押しのサンドウィッチだ。取られまいと手を伸ばしてくるクラーラを避けて、あいている方の手で頭を撫でた。頭を撫でると、多少大人しくなる女だというのは、毎日のアフタヌーンティーで実証済みだ。
「まあ、とりあえず、こういう暴挙を許せるくらいは貴方を好ましく思ってはいますわ。他の者がやったら、血の雨が降るでしょう」
「そこまで!?」
「はっきり言って、特別扱いですわよ?」
くふんと笑いながら手にしたのは、ポテトサラダとたっぷりのレタスがはさまったサンドウィッチだ。それも美味しそうだと言いながら伸ばした手を、ペチリと叩かれる。特別扱いにも限度があるようだ。唇を尖らせてみせた私の目の前には、侍女が新しい珈琲をいれて置いてくれる。香ばしい香りが部屋を満たしていく。珈琲を好む令嬢は珍しいが、クラーラは、前世でも珈琲中毒だったそうだ。
「……珈琲を好む女性は、好ましいと思う」
「…………はッ?」
「初対面の時の、毅然とした態度、周囲への気配り、それも、好ましいと思っていた」
「え、ちょっと、いきなり何を……」
「少し口が悪いのも、態度が偉そうなのも、ユニークだ。それに、我儘を言っている時も、可愛くすらある。顔だって、可愛らしいし、憎々しい事を言っている時でさえ、可愛げがあると思ってしまうんだから、私もやきがまわったな」
顔を覗き込んでやる。クラーラは、見る見るうちに、真っ赤になった。食べかけのサンドウィッチを皿に置き、両手で顔を覆ってしまう。なんだ、本当に可愛らしいじゃないか。
「ちょ……もう……やめて……」
頭を撫でてやると、ふわりと熱気を感じる。照れているのだ。これは、面白い。
「ははッ、可愛いな、クラーラ」
「だから、やめてって!」
「好きという感情はよくわからないが、もしかしたら、私はお前を愛しいと思っているのかもしれないな」
「……急にデレるの反則だから!」
そのまま引き寄せると、顔を覆ったまま私の胸元におとなしくおさまった。常々思っていたが、クラーラは、前世ともに男に慣れていないのではないだろうか。極稀にすれっからしのような態度を取るが、頭を撫でたり、こうして抱き込んだりすると、最初はガチガチに固まるが、何度もしている内に、条件反射のようにくったりと力を抜いてしまう。相手が私だからなのか、男性全般にそうなってしまうのか。このチョロさが実に危ういのだ。
「お間、私以外の男に触られるんじゃないぞ」
「……なぁ~にを言っているのかしら、この小僧」
「いや、お前よりも年上だわ。こうやって頭撫でられたり抱き締められたりすると、すぐポーっとなるチョロさなんだから、他の男の近くに行くなと言ってるんだ」
「そう簡単にポーっとなってたまるか!」
「なってるではないか」
「あんたが相手だか……あッ!」
「はッ?」
「え、やだ、私今なに口走った? ちょっと信じられないんだけど~」
クラーラの体が、発火するんじゃないかというほど熱くなってくる。ぶわりと熱があがり、元々の香りなのか甘い香りと、薄荷スプレーの名残のような香りがほのかにたつ。赤くなって首をふる姿に、愛しさがこみあげてくる。こんな感情を持つのは、彼女にだけだ。他の令嬢だったら、今頃、鳥肌で全身が大変な事になっている。
「じゃあ、出て行かないって事で、いいな?」
「は? それとこれとは、別ですけど?」
ケロリと顔をあげた。まだ頬は桜色に染まっているが、眉間にはいつものように皺が寄っていた。
「な、何故!」
「何故って言われても……あ、そろそろ時間ね、ちょっと殿下、出て行ってくださらない?」
「え、なにその薄情な態度」
「はやく~。夕食に間に合わなくなっちゃうわ」
「待って待って、僕を置いていくの? おねえちゃん、行かないで!」
捨て身の技で、目の前の体に縋り付いた。ためしに胸の辺りに頬擦りしてみるが、やはり貧乳だ。大変好ましい。
「ちょ……都合よく年下を演じるのやめて! 思い出し笑いしちゃうから!」
「出て行かないでくれクラーラ! こんな胸だか背中だかわからない胸でもいいと言ってくれる男など、私のほかにはいないぞ!」
「やめろおお! 胸に頭を擦り付けるな、このド変態いいい!!」
「変態だと?」
「ドを忘れてんぞゴルァ! ド変態撤収! 近衛!」
ザっと現れた王付きの近衛隊が、私を取り囲む。手荒な真似はしたくありませんのでと、私の両腕をそっと握った。
「これは…………陛下の意思、なのだな」
クラーラから離れた。近衛に掴まれ、立ち上がり、上から見下ろした私を、クラーラは訝しそうに見上げてくる。私は笑っていた。ああ、いつだって、自分の自由にはならない。小さな頃、叔父の嫁に襲われかけて、知っていたではないか。二度と牢から出て来られないようにして欲しいと願った私の願いは聞き届けられなかった。あの女は、もうじき放免される。私の願いは聞き届けられない。そういう運命なのだ。
「あの…………殿下……?」
戸惑うようにクラーラが声をかけてくる。私を追いかけるように立とうとしたが、手でそれを制した。
「よくわかった、フゴーリスタ公爵令嬢。慣れない妃教育、ご苦労であった。しばらくゆっくりと羽を伸ばすといい」
「え、許されるのかしら」
「私には何の権限もないので、陛下に尋ねるといい。ではな」
これが最後と、手を伸ばして頭を撫でてやろうと思ったが、私にそんな権利はもうない。彼女は、ここを出て行くのだ。伸ばされた手を不思議そうに見つめていたクラーラに背を向ける。近衛と一緒に部屋を出れば、侍従がおろおろしながら私を待っていた。
「殿下……」
「執務室へ戻るぞ。まだ仕事が残っている」
二人で歩き出すと、近衛隊は追ってこなかった。私をクラーラの部屋から出すだけの仕事らしい。大きな溜息が出る。少し前の生活に戻るだけだ。婚約の話など、元々なかった。そう思えば、気が済む。そう思い込まなければ、叫び出してしまいそうだった。
陛下達の顔を見る気になれず、夕食を食べずに働き、夜遅くなって自室へ戻った。私の部屋に近付けば近付くほど、何か違和感を覚える。いつもより、騒がしいような気がするのだ。人の話し声が聞こえる事など、滅多にない。しかも、どこか聞き覚えのある声だ。
「何かあったのか?」
「ええ、それが……」
侍従は、困ったように微笑んで、肩を竦めた。私が口にしていい話ではありませんので、と頭をさげて、去って行く。いつもなら私の部屋の扉の前までついてくるのに、珍しい事もあるものだとその背中を見送っていると、パタパタと忙しない足音が近付いてくる。目の前の部屋から、それは聞こえてきた。この部屋は、誰もいない筈だ。しかし、そういえば、扉の下から、灯りが漏れている。距離をあけて立っている護衛達に目配せをする。さっと目を逸らされた。
バタン、と勢いよく、目の前の扉が開いた。そこには、信じられない相手が立っていた。
「おかえりいいい!!」
「は?」
さきほど、王宮を出て行くと言っていたクラーラが、嬉しそうに笑っている。すっかり寛いでいたのだろうか、部屋着だ。
驚いて何も言えずに見詰めていると、あッと言いながら扉を開けたまま部屋の奥に走って行き、少し大きめの箱を持って戻ってくる。それを、私に押し付けるように差し出した。
「お隣に引っ越してきました、クラーラ・フゴーリスタです! よろしくお願いしまーす! これ、引っ越しのご挨拶で、バスタオルね!」
隣の部屋とクラーラは言ったが、実は、私の部屋とこの部屋の間には、部屋の中扉からしか行けない寝室がある。つまり夫婦用の寝室である。つまり、今、クラーラが引っ越してきたと言っている部屋は、私の妃しか使用できない部屋であって。
ぐるぐると思考が回る。頭の中では、冷静に色々な事を考えている筈だった。だが、私の口は、本能に従って、大きく開いた。
「はああああああああ!?」
王宮に、私の叫び声が、こだましていた。
(つづく)
次からは、クラーラ視点です。
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