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機械乙女は世界を改変する  作者: にしだ、やと。
第五章 強者の戦い
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#033_死んだ遺跡にて

「確かに、彼の言っていたとおりここは遺跡だったみたいね」


 イゲジハ爺から話を聞いた三日後、アスターとエリカは目的地付近までやってきていた。

 車を停めた二人は目の前に広がる光景を見据え、彼が言っていた言葉を実感として理解する。


「遺跡()()()、か。確かに、もう見る影もないね」


 ドサの長老の一人であるイゲジハ爺が語ったのは、この地がとうの昔に掘り尽くした遺跡であるということ。

 そしてそれゆえ、ミレスすらろくに出現せず狩場としても機能しない、行く価値のない捨てられた土地であるということであった。


 そもそも遺跡とは旧時代に栄えた都市の名残であり、現代を生きる人類にとっては貴重な鉱脈である。

 他の数多の遺跡と近隣の街との関係がそうであるように、この旧遺跡もドサの生活を長年支え続ける役割を果たしていた。

 しかしあらゆる鉱脈が有限の資源しか保有していないように、遺跡から得られる資源もまた有限。

 つい二十年ほど前にその役目を果たし終え、使い物にならない瓦礫ばかりがそこかしこに散らばるだけの、完全な死を迎えた土地となってしまったのである。


「でも困ったな。目的地の座標はもう少し先みたいだけど、こうも瓦礫が散らばってちゃ……」

「ええ、ここから先は車は置いて徒歩で行くしかなさそうね。それほど距離もないし、少し時間はかかるけれど仕方ないわ」


 観念した顔でため息を付いたアスターは必要な装備をリュックに詰め込み、車から降りる。

 彼がしたのは、本当にたったそれだけの行動だった。

 だが、どうしてだろうか。

 何気なく前に進みだそうとした少年の足は、一歩たりとも動いてはくれなかった。


 音も立てずに踏みしめた大地からは、嫌になるほど固く乾いた感触が伝わってきていた。

 動かない両足に違和感を覚えたアスターが視線を落としたその先にあったのは、もうすっかり見慣れてしまった――だが他よりはほんの少しだけ灰色が多いような気もする――ありふれた地面でしかなかった。

 悪意ある何かが彼の足を掴んで離さない、なんていう事実はどこにもない。


 ――ならば、どうして動けないのだろう。

 アスターは自問する。


 埃混じりの風が吹き、届かない陽の光が少年の体温を奪っていく。

 あらゆる音が世界から失われ、時すらもこの地では流れることを忘れてしまったようだった。


 ――ああ、そうだ。僕はまた、失いかけているんだ。

 アスターは自答する。


 ここには人も、草も、虫すらもいない。

 未だ存在理由すら分からない、ミレスだって好き好んでこんな場所に訪れることはないのだろう。

 故に、少年は死を実感してしまっているのだ。

 大切な存在を失ったあの地で呑み込まれた、恐怖という言葉すら浮かび上がってこないほどの、濃密にして空虚な死の香り。

 あの日を想起させるそれが彼から力を奪い去り、逃げる勇気すらも喪失させ――。


「ちょっと、何呆けてるの? 早く行くわよ。帰るんでしょう?」


 凛とした声がアスターの耳朶を叩いた。

 存在しないはずのささやかな陽光が、彼の足元を照らしていく。

 ハッとして、少年は面を上げる。

 そこには死にゆく世界すらものともしない、力強い命があった。


「あ、ああ。ごめん……ちょっと目眩がして。もう、大丈夫だから」

「そう。なら行きましょう。今の所ミレスの反応はないけれど、何があるかわからないから」

「うん、ありがとう」

「? 変な人ね」


 ――大丈夫、そう、もう大丈夫だ。


 アスターは心のなかで呟いた。

 今はもう、あのときとは違う。

 不器用ながらも自分を心配して守ってくれる、頼もしい存在が近くにいる。

 暴力という言葉すら知らない、無知なだけの少年ではない。

 自分なりに戦う手段も、背中のリュックに詰め込んだ。

 だから今はもう、怖くないはずだ。


 首を傾げながらも、決して自分を見捨てることなく待ってくれているエリカを再度見やり、足に力を入れる。

 そうして改めて踏み出した一歩は、不思議なほどに軽かった。




「ところで、随分荷物が多いのね。それほど何度も野営が必要な距離ではないと思うのだけれど」

「うん? ああ、これはね……」


 しばらく互いに無言のまま歩いていると、ふと思い出したようにエリカが尋ねてきた。

 自分から話題を振ってくるなんて珍しいなと思いつつ、アスターは用意してきた自分の()()について説明する。


「ドサの工房でタ・ヒルの相談に乗っていたのは知っているよね?」

「ええ、あの騒がしい少年ね」

「騒がしいって……まあエリカさんからすればそうなのかもしれないけど。それで、彼と話しているうちにちょっと思いついたことがあって、僕も武装……ってわけじゃないけど、探索するのに役に立ちそうなものを作ってみたんだ。詳しいことはまた使うときにでも説明するよ」

「ふうん、そうなの。あなたなりに色々と考えているのね。感心だわ」


 そういえばあの日、エリカの方は何をしていたのだろうとアスターは何となく思った。

 エリカも相談の場に同席してくれていればもっといいアイデアが浮かんだのかもしれないのに、何か用事があると言って前日の夜からどこかに行ってしまっていた。

 もちろん彼女が何も言わないからには、きっと自分に関係のあることではないのだろうし、何かを疑う理由もないのだが、全く気にならないかといえばそれは嘘になる。

 最近彼女から感じるようになった小さな違和感にひょっとしたら関係があるのかもしれない――そんなことをアスターが考え始めた、ちょうどその時だった。


「何かあるわ」


 エリカが右手を挙げて静止するようにジェスチャーした。

 ある、と言うからには少なくともミレスではないだろうが、彼女が静止するほどのものならば警戒はしたほうが良いだろう、とアスターは頷きリュックを背負い直す。


「罠……の類ではなさそうね。しかしこれは――?」


 慎重に慎重を重ねるように、エリカはそれの周囲の地面や瓦礫に手を当てたりして、危険がないか調べていく。

 戦闘においては構えることすらしないあの余裕たっぷりの彼女がここまで警戒するとは、それほど未知の存在を見つけたのだろうか。

 固唾を呑んでアスターが見守っていると、やがてエリカは視線を一箇所に固定しながらおもむろに歩み始め、発見した何かに近寄っていく。


「えと、何があったんだろう。近づいても大丈夫、かな?」

「ええ、そうね……これは見てもらったほうが早いと思うわ」


 どこか迷いのあるような彼女の表情を不思議に思いつつ、それに近寄って覗き見たアスターは言葉を失った。


 死体だ。

 血が一切流れていない、穴の空いた人体。

 アスターはこれと似たような遺体を見たことがある。

 だからこそ、これが紛れもなく本物の死体だと、彼はハッキリと認識できた。


 しかし彼は、それがトラウマに繋がりうる存在であると理解しているにも関わらず、自分自身が冷静さを保ったままでいられていることに気がついた。

 驚き絶句こそしたものの、血の気が引くような感覚は一切訪れない。

 死は確かにそこにあったが、もうアスターを呑み込むようなものではなくなっていた。


「どういうことなのかしら」

「ミレスに、やられたのかな」


 やはり首を傾げっぱなしのエリカのつぶやきに、アスターは冷静に考えられる原因を答える。

 だがその返答は見当違いだったようで、彼女は頭を振った。


「いえ、そういう意味じゃないわ。どうしてこんな場所に、ネーヴァの死体が放置されているのか、ということよ。そんなこと、普通はありえないわ」

「っていうと?」

「そう……あなたは知らないのよね。いい? ネーヴァっていうのは、クレイシアがそのほとんどを管理下に置いているのよ。特にこの子みたいな、戦闘型の個体であれば百パーセントと言っていい割合だわ。ネーヴァの体を構成している素材自体――つまりオープ素材がとても価値のあるものだっていうことは理解しているわよね?」


 それくらいはまあ、とアスターは頷く。

 故郷ですらオープ素材といえばそう大量には使えないものだった。

 いわんやこの地では貴重であろう。

 そもそもアスターはオープ素材がどこからやってきたものなのかすら知らない。


「そして、管理下に置いているっていうのは、ある種の手続きさえ取ればクレイシアは全てのネーヴァの現在地を特定できる、ということなの」

「でも、大陸じゃ長距離通信は妨害されてしまうんじゃ? だからこそフェリさんのような独自の情報網を持っている人たちの商売が成り立ってるって」


 以前聞いた話との矛盾点がどうしても気になり、彼は思わず口を挟んでしまった。

 だがエリカは話の腰を折られたことに気分を害された様子もなく、むしろその質問をされることを想定していたかのように、小さく頷いた。


「そうね、通常の手段ではそんなことできない。けれど、私達ネーヴァに関して言えば、例外的な通信手段が存在する」

「例外的な?」


 アスターが復唱すると、エリカは一呼吸置いて、どこか遠くの方を眺めながら静かに口を開いた。


「レイス・システム。空の上のどこかにある、私達とつながった統合管理サーバーの名前よ。詳しい説明は省くとして……レイスがやっていることは主に二つ。一つは各ネーヴァの動作状況管理。もう一つはネーヴァの演算支援ね。前者の機能の一つとして、私達の位置を常に把握しているっていうわけ」

「そんなものが……」

「ああ、ちなみに二つ目の演算支援でよく使うのは言語データベースなんかね。ほら、あなたの使う言葉って時々とても古臭いから」


 時折どこか遠くを見ながら思い出すような素振りをするのはそういうことだったのか、とアスターは得心する。

 同時に、レイスという存在にほんの少しだけ恐怖心を覚えた。


「じゃあ、クレイシアはいつでもエリカさんたちを監視している、ってことになるの?」

「いいえ、それは少し違うわ。そもそもレイス自体を管理している存在はどこにもいないのよ」


 どうやら、クレイシアもレイス・システムのすべてを掌握しているわけではないらしい。

 曰く、認証鍵と個体識別番号の両方を把握している個体に限り、位置情報などの簡単なデータの読み取りが可能になる程度の権限だけ、クレイシアは手にしているのだとか。

 この世に存在するネーヴァの多くはクレイシアが新たに生み出したものだから当然そのどちらも把握しているし、クレイシア創立前から生きているネーヴァの多くも、サポートを受けるために認証鍵を引き渡しているらしい。

 それゆえ事実上ほぼ全てのネーヴァの所在地や行動についてはクレイシアの管理下にあるわけだが、しかし当然例外も存在する。


「我の強いエンシスがクレイシアごときに認証鍵を明け渡すわけないでしょう。当然私だってそうだし、だからあいつらが私の居場所を把握し続けることはできっこないわ」

「そっか、なら安心したよ」

「ええ、それで話を戻すけれど。こんな風に死んでしまって活動できないネーヴァの回収も、レイスを利用してクレイシアは行っているはずなのよ。私があなたの大切な人を取り込んだように、ネーヴァの死体は無駄にするわけにはいかない貴重な資源でもあるから」

「ああ……そっか……」


 彼女の言葉で、アスターは意識しないようにしてきたことを強く意識せざるを得なくなってしまった。

 ほんの少しだけ目を伏せて、こみ上げてくる思いをグッと飲み込む。


「本当につい最近死んだばかりなのか、そもそもどうしてこんな何もないところに戦闘型のネーヴァがいたのか……気になることは多いわね」

「……、なら、調べよう」


 首を振って気を取り直したアスターは、覚悟を決めたような表情でそう言った。

 いつまでも過去のことをくよくよしていては彼女に合わせる顔がない。

 前に進むことは出来ずとも、今できることをせずにいてどうして胸を張って故郷に帰れるというのか。


 それに、もしも本当にこの辺りにミレスたちの帰投地点となるような基地があるのなら、こんな場所で倒れているネーヴァの死体が無関係なはずがない。

 アスターは一つ大きく深呼吸をすると、作業用のゴーグルと手袋を身に着けた。


「活動を停止したのは本当につい最近、せいぜい十日前ってところかな……死因は鋭利な刃物で一突き。コアを綺麗に貫かれて即死したみたい。でも、この周囲の痕跡は……漏電? いや、でもネーヴァはほとんど電気的な機構を採用していないし、変だな」


 淀みない手さばきで、アスターは最小限の解体をしつつ状態を調べていく。

 いつの間にネーヴァの構造を熟知するようになっていたのかと、エリカもその手際の良さには感心しているようだ。


「なにか分かったかしら」


 作業が一段落してアスターがゴーグルを外すと、エリカが待ちかねたように尋ねた。

 独り言をつぶやきながら検査していたのである程度は聞いていたはずだが、アスターの口から改めて結果を聞きたいのだろう。


「えっと――」


 彼が口を開きかけたちょうどその時だった。


「そのお話、わたくし達もお聞きしてよろしいでしょうか?」


 遠くから、静かだがはっきりと響く声が届いた。


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