#034_敵襲
「ヴェロニカさん」
「ええ、お久しぶり……というほどではありませんが。アスターさん、エリカさん。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「よっ! きぐーだな!」
やってきたのは、ヴェロニカとルルの二人だった。
とても驚いたようには見えない静かな表情でヴェロニカは言い、ルルは相変わらず元気ばかりが良いようだ。
「どうしてあなた達がここに? まさか後をつけてきた、なんて言わないでしょうね」
エリカが軽く睨みつけるように視線を向けるものの、ヴェロニカは一切動じることなくゆっくりと頭をふる。
「まさか、とんでもない。以前お伝えしたとおり、わたくし達に課せられた調査任務を果たすためにこちらまで足を運んできたのですよ。ここでお会いしたのは、今度こそ本当に偶然……ええ、もしかしたら星が導いているのかもしれませんね」
「ふん、戯言ね。星なんて、あなた達は見た事もないでしょう」
「ふふふ、運命も未来も、誰に見えるものでもないでしょう? 神が死んだなんて、わたくしは信じていませんので」
「随分ロマンチストなのね」
「ええ、ヒトというのは合理性だけでは生きていけないものなのですよ」
そうでしょう? とヴェロニカはアスターに冗談めかしながら同意を求めてきた。
急な指名に少しだけ面食らい、彼は口ごもる。
「えと、僕に同意を求められても……」
「それはさておき、アスターさんがお調べになっていたもの――いえ、ネーヴァの遺体についてですが」
「さておくんだ……」
しかし、残念ながら彼女は答えを待っていたわけではなかったらしい。
ろくにアスターの答えを聞きもせず、至極現実的な問題について話し始めた。
「わたくし達が探していたものの内の一つである可能性が高いのです。勝手な申し出となってしまうのですが、確認をさせてもらっても?」
「えっと、僕は構わないですけど」
アスターはちらりとエリカの顔を見る。
普通、このように野外に放置されているあらゆる物は最初に発見した者が占有権を持つというのが暗黙の了解だ。
いくらネーヴァがクレイシアの管理下にあると言っても、動かなくなったただのモノである遺体であればその原則が優先される。
ならばこの場においてはエリカがその権利を持つことになるはずであるが――。
「お断りね――と言いたいところだけれども」
やっぱり対価を要求するのかと、一言目を聞いたアスターはすぐに思った。
だが、意外にも彼女はそれを否定するように、更に言葉を重ねていった。
「今回ばかりはあなたたちに譲ることにするわ。……それで借りは返したってことにしてもらうわよ」
「ふふ、やはり恩は高く売りつけておくものですね」
「??」
エリカの後半のセリフは、アスターの耳には届かないとても小さなボソボソとした声だった。
おかげでアスターからすればヴェロニカの返答は全く意味不明なものになっていたが、それ以上説明されることはなく話は進んでいった。
「では調べさせてもらいますね。……はい、たしかに照合できました」
アスターたちと入れ替わるようにしてヴェロニカはネーヴァの遺体に近づくと、手際よく識別番号の確認を済ませていった。
どうやら彼女の予想通り、行方不明になっていたクレイシア所属の個体だったらしい。
「ええと、こちらの個体はわたくし達が回収していっても構わない、のですよね?」
「好きにすると良いわ。別に私たちには不要なものだもの」
「では、そのように。……それにしてもこのような寂れた地で二ヶ月近く放置されていただなんて、可哀想な子ですね。せめてもう少し往来のある場所で果てていたならば、供養ぐらいはしてもらえたでしょうに」
憂いを帯びた表情で、ヴェロニカは呟いた。
確かにこんな見捨てられた地で死ぬなんてあんまりだと、アスターも思わずしんみりとした気持ちで頷き同意する。
そういう意味では、すぐに回収することが出来たリリィの最期はまだマシだったのかもしれないなと、彼が考えかけたときのことだった。
不意に、アスターは先程のセリフに違和感を覚えた。
「ちょっと待って下さい、ヴェロニカさん。今なんておっしゃいましたか?」
「はい? せめてもう少し往来がある場所で果てていたならば、と……」
「いえ、違います。その少し前です」
「ええと、少し前というと……」
気になった彼が聞き直すも、彼女もそれほど意識して言っていたことではなかったらしい。
思い出そうとこめかみに手を当てている。
そんな二人の様子にしびれを切らしたのか、いつもより幾分かトーンの低い声でエリカが呟いた。
「このような寂れた地で二ヶ月近く放置されていた、よ。あなたが気になったのはそこでしょう?」
「そう、それだ!」
「あぁ、確かにそのように言ったかもしれませんね。それがいかがなさいましたか?」
心底不思議そうに、ヴェロニカはアスターに尋ねる。
だが、おかしいと思っているのはむしろ彼の方だ。
「えっと、ヴェロニカさんはどうして二ヶ月、なんて断言できたんですか?」
「それはですね、こちらの個体の信号を最後に確認できたのがちょうどその時期だからですよ。わたくし達に調査依頼が降りてきたのも、そのころですしね。おかしな事ではない、と思いますが……?」
彼女の言ったことに不審な点は特になかった。
つい先程聞いたレイス・システムの話とも合致している。
エリカの様子を見ても、ヴェロニカの言葉を疑っているような節はない。
だが、だからこそ、アスターは矛盾した事実が存在していることを指摘しないわけにはいかなかった。
「なるほど……つまりヴェロニカさんはレイス・システムで確認できた記録を基に、遺体の死亡時期を推定しているというわけですね」
「ええ、信号が途絶えたということはコアが活動を停止した、ということの裏返しですので」
「でも、それっておかしいんですよ」
自信満々に断言するアスターの言葉に、エリカもヴェロニカも姿勢をただし、真剣な面持ちになった。
ルルだけは興味なさげに瓦礫を蹴飛ばしていたが、気にせず彼は言葉を続ける。
「さっき、僕はその遺体を簡易的ではありますが調べたんです。詳細は省きますが、分かったことの一つにコアの推定停止時期があります」
「つまり、アスターさんが遺体の状況から推定した時期と、レイス・システムから判断できる停止時期が違う、と?」
「ええ、その通りです。コアが停止すると当然身体への動力供給も止まりますから、オープ素材は活性状態から不活性状態へと徐々に変化していきます。全体の約半分が不活性状態になるまでの時間というのは計算で求められるので、現在どれくらい不活性状態になっているかが分かれば、コアの停止時期も推定できるんです」
地面に簡単な図を描きながら、アスターは手持ちの機材だけで十分測定できるものであることを二人に説明していく。
事実だけ伝えてもおそらく彼女らは真剣に取り合ってくれたであろうが、彼なりに信憑性を高めたかったのだ。
「それでですね、結論としては停止時期がおよそ十日ほど前だと言えるんです。設備が整っていればもう少し厳密に割り出せると思いますが、大きくは外れていないはずです。少なくとも、二ヶ月も前、なんてことはあり得ない」
「……なるほど、よくわかりました」
アスターの言葉をゆっくりと噛みしめるように頷くと、ヴェロニカは少しだけ目を瞑り、何かを考え始めた。
どこか重苦しい雰囲気に耐えかねたのか、ルルだけは妙に落ち着きなく時折キョロキョロと首を振っている。
「信じてくれるんですか?」
なんとなく無言でい続けることが苦しくなって、アスターはつい聞いてしまった。
彼女の様子を見ればそんな事はわかりきっているのに、無用な問いかけだったと、彼は言ってから後悔する。
「……ほんの短い間の付き合いではありますが、アスターさんの人となりというものはよく理解したつもりです。もちろん、あなたが技術的に秀でたものをもっている、ということもです。ええ、ですからアスターさんが先程おっしゃったことこそが、真なる事実なのだとわたくしは信じます」
アスターは驚愕した。
まさか、彼女がこれほどまでに自分のことを信用してくれていたとは。
どこか底知れない雰囲気を醸し出している目の前の大人の女性にとって、自分は取るに足らない存在ではなかったのかと、未だ大人にはなりきれていない少年はわずかに胸を高鳴らせた。
「その上で、アスターさんにお願いしたいことがあるのですが」
「お願い、ですか?」
「ええ、是非調査して分かったことを教えていただきたいのです。報酬は――」
「いいですよ」
アスターは即答した。
これにはさしものヴェロニカも目を丸くし、言葉を失ってしまう。
「元々エリカさんには伝えておこうと思っていたことです。そのエリカさんがさっき、今回はヴェロニカさんに譲ると言ったんです。それなら僕が調べたことを含めたって変わりはないでしょう」
「しかし――」
「それに、これは打算でもあるんです。僕たちにとって重要なのは、この地に何があるのかということであって、この死体がどんなものであるかということじゃない。今ここでヴェロニカさんに僕が知っていることを話すことで新たな情報が得られるのであれば、それほど嬉しい報酬はありませんよ」
「……そういうことでしたら」
彼の言い分のうち、半分はでっちあげだった。
何かをするたびにいちいち対価を要求しあわないと進まないことを、アスターはとても煩わしいと思い始めていたのだ。
特にヴェロニカに関しては既に十分関わりを持ってしまっており、信用を表すのにお金なんていうものを使う必要はもうない、とも感じていた。
「では、かいつまんで説明していきますね、まず――」
アスターはそれから、検死結果を淡々と述べていった。
聴衆の二人はどちらも口を挟むことなく、彼の言葉の意味の一つ一つを咀嚼するように吟味している。
彼はそれがなぜだかとても気持ちよく感じられ、自分がやっていることは決して間違ってなどいないのだと、胸の奥から自信が染み出してくる気配を覚えた。
「刺し傷に、電流の痕跡……? それじゃまるで……?」
一通り話し終えると、エリカはなにか気になることでもあったのかぶつぶつと小声で呟いていた。
ヴェロニカのほうも無言ではあるが、瞑目して何かを考えているように見える。
「――思い当たる可能性が一つあります。いえ、本来は最初からそれを想定するべきだったのですが……最近報告のなかった事例ですので」
やがて考えがまとまりきったのか、ゆっくりと目を開いたヴェロニカが喋り始めた。
普段よりも慎重になっているかのような雰囲気に、アスターは彼女が話そうとしている可能性というのは考えたくなかったものなのだと、直感する。
「……感染者。それがこの遺体から信号が途絶した理由であり、そして活動を停止した時期とレイス・システムから離れた時期がずれることになった原因なのかもしれません」
「感染者?」
「ああ、そういうことなのね……」
聞いたことのない単語に、思わず彼は復唱してしまう。
隣ではエリカが全て納得したかのように、そして何かを悲しむかのように小声で呟いていた。
「ええ、アスターさんはご存じないようですね。いくら旅をしているといえど、その若さでは無理からぬ事です。感染者とは簡単に言えば、ある種のウイルスによって暴走状態に陥ったネーヴァのことを指す言葉です」
「ウイルスによる、暴走」
「はい。自己に刻まれたあらゆる規範と制限を無かったことにし、レイス・システムによる介在すら困難なものとし、ただひたすらに他者を破壊するためだけに行動するようになった存在。それが感染者です」
彼女が続けて説明してくれたのは、このようなことだった。
曰く、一度感染してしまえばそれを治療する方法はなく、止めるには破壊するしか無い。
曰く、感染は直接感染源との接触がなければ起こり得ないが、一度起こってしまえばエンシスですら抵抗することはかなわない。
曰く、感染者は人類に牙を向くことはあっても、決してミレスに危害を加えることはない。
まさに、理性を失い本能のままに生きる獣のような存在に成り果てるのだという。
「そんなものがいたなんて……一体どうして」
「何故そのような存在がいるのかについては、諸説あるそうですが……今考えるべきことではないでしょう。それよりも重要なのは、この付近で信号が途絶えていたということは、感染源に接触したのもまた、この付近だということです。そして更にもう一つ、アスターさんに今お伝えしておくべきことがあります」
ヴェロニカはそう言って、一呼吸おいた。
いつの間にか、周囲を包んでいたはずの無音は完全に失われていた。
「この付近で途絶えた信号というのは、もう一つあるのです」
「え、それって……」
彼女が発した言葉の意味に辿り着く前に、事態は急変した。
ハッと息を飲む音がして、エリカが武装に手を伸ばし臨戦態勢に入ったのが感じ取れた。
ルルも状況をすぐに飲み込んだのだろう、呑気そうな表情は消え失せ、瞳に闘志を宿らせている。
「囲まれているわ」
「なんだなんだー? いつの間にこんなに来てたんだー?」
アスターにはわからないことだったが、どうやら敵の数は相当数いるらしい。
そしてエリカもルルも、こうなるまでその存在に一切気づけなかったようだ。
彼女らの索敵能力は人並み外れたものだというのに、一体どういうことなのか。
「……そういうこと。どうやら敵さん方はジャミング装置を使っているみたいね。全く、どこでそんなやり方学習してきたのやら」
「あー、だからエリカたちを見つけたときも目で見るまで気づけなかったのかー。いくらオレが索敵苦手だって言ってもエリカの存在に気づけ無いわけないもんなっ!」
「どうやらそのようね。音である程度の存在は確認できるけど……正確な数が把握できないのは面倒だわ」
背中合わせに構える二人が、警戒しつつも緊張感を漂わせることなく状況を分析していく。
いつもは頼りないルルも、戦いとなれば話は別だ。
アスターは最強の名を欲しいままにする二人の少女に守られていることに安心し、少しでも彼女らに負担をかけないよう、ヴェロニカと共に物陰に息を潜める。
「へへっ、全部たおしゃー問題ないだろー! オレとエリカが協力すればちょちょいのなんちゃらってやつだっ」
「はいはい、不服だけれど今は協力するのが最適みたいね。二人を守るのは私に任せなさい。どうせあなたは守りながら戦うのなんて苦手なのだから」
エリカたちの気の抜けたような打ち合わせが終わる頃には、忍び寄ってきていた敵の姿も完全にあらわになっていた。
四人の周囲をぐるりと囲うように、大小様々なミレスの群れが睨みをきかせている。
その全ての瞳が赤く染まっており、アスター達を獲物としてハッキリと認識しているのがよく分かった。
「うっし、じゃあおっぱじめるとするかー! エリカ! どっちが数多く狩れるか、勝負なーっ!!」
楽しげに叫びながら飛び込んだルルの一撃と共に数体のミレスが木っ端微塵に吹き飛び、二人対多数の戦いが幕をあけた。




