第九十三話 大切断と強大な敵
ポカポカと陽射しが照らす草原を、俺達は歩いていた。いや、歩いていたというのは語弊がある。俺はくろまめに乗っているし、ニャルカは頭に乗っているからな。
武闘大会から四日後。ジュカルは迷宮都市に行くという事でお別れをし、俺達も遊んで暮らせるだけの金はあるので、しばらく遊んでいた。しかし、これがまたつまらない。宿でゴロゴロするのはつまらないし、金を使って遊ぶなど論外。という事で、エルが受けた近くの森の異変を調査する依頼を受けて、今現在そこに向かっているところだ。
「平和だね~」
「そうでござるな~」
「いい風にゃ」
三人がそれぞれ言うが、本当に平和だ。魔物も居ないし、草原にはそよ風が漂っている。
――……しかし、こういうときに限ってなにか起こる。
――いやなこと言うなよ。
しかし、マモンの言葉は的中した。ただ歩いていただけだった。しかし、その場所がいけなかった。俺達は踏み入ってしまった。Sランク冒険者が作り出した危険地帯に……。
「……え?」
エルは唖然としている。桜もポカーンとしていて、ニャルカも目を見開いている。俺もだ。俺も困惑するしかない。目の前の光景に。
そこは地面が切り裂かれ、草がなぎ倒されていた。それだけなら普通だが、規模が違う。切り裂かれた範囲は幅一m。縦幅は見えない果てが見えないぐらい。それが草原を傷つけ、無残な姿となっている。
「……まずい」
「え?」
エルは目の前の光景に心当たりがあるのだろう。ポツリと呟く。
「入っちゃったよ。大切断の訓練場に」
「な!?」
……それは、やばい。
大切断の訓練場。それは帝国のSランク冒険者が剣の修行をするための場所。草原の半分を訓練場とし、そこで命一杯剣を振るう。国とギルドからそこには近づくなといわれている危険地帯。大切断は敵味方判別しないので、この地帯に入ったらいつの間にか切り裂かれるらしい。
大切断とは、二つ名持ち【覇道門 リミットオーバー】が棲む山と、この訓練場以外は滅多に人前に現れない事で有名なSランク冒険者。それに、依頼を受ける頻度もとても低く、ノルマをこなす為の一年に一度の依頼しか受けないらしい。それ以外は覇道門攻略の為に山に篭る、と言われている。Sランクの中でもっとも正体が不明な冒険者。それが大切断。
「……迂回しよう」
「ああ。迂闊だった。場所をちゃんと把握しておかなかった俺のミスだ」
「ううん。バベル君のせいじゃないよ。その仕事はボクがやることだから」
「言い争ってないで、早く逃げるでござる」
そうだった。不毛な争いなぞせず、さっさと逃げよう。
しかし、遅かった。
向こうの方が光ったと思ったら、横をナニカが通り過ぎて行く。
「「「「…………」」」」
あっぶねー。二cmずれてたら真っ二つだぞ。俺達の横には斬撃が通り過ぎていった後があり、2cm外れてなきゃ死んでた事が良く分かる。
「少し外れたと思ったら人間か~。良かったよ」
いつの間にか前に居たのは背丈はエルと同じぐらいの少年? 鬼の仮面を被り、背中に背丈を越える大きな大剣を持っている以外は少年? だ。声は男か女か判別がつかない。しかし、とてつもない強さを持つことは容易に分かる。魔力が、まったく見えない。
「あはは。大丈夫だった?」
「はっ! いつのまにここに居たのでござるか? そなたは何者?」
「う~ん。走ってきたから、すぐだったよ。僕は、大切断。Sランク冒険者さ」
やっぱり目の前の少年(性別は良くわからないが、少年とする)は大切断か。
「大丈夫? ギルドと国からここには近づかないように言われているはずだけど?」
「間違えて入ってしまいました。事前に調べなかった俺のミスだ」
「違うよ。ボクのミスだ」
じゃあエルのミスという事にしておこう。
「僕が攻撃を外して、見に来なければ君達は死んでたよ」
「すみません」
「ん~ん。次からは気をつけてね」
「はい」
やっぱり俺の責任だ。俺が悪かった。
――珍しくネガティブだな。
――ちょっと前世の癖がでた。
「じゃあ、気をつけなよ」
大切断はそう言って背を向ける。
「にゃ~。お前の名前はなんにゃ?」
「ん~。僕の名前はエクル。ただのSランク冒険者さ」
そう言って、エクルと名乗った大切断は一瞬で見えなくなった。
――なあ、マモン。
――なんだ?
――確かこの国の王の名前がエクルだった気がする。
――……同名の別人。そういう事にしておけ。
――そうだな。
◇
さあさあ。やってきました今回調査する森、クークーの森。
「着いた。クークーの森に」
「長かったでござる。三日掛かった」
この森に来るまでにいろいろあったが、やっと着いた。
今回の依頼は、森の異変を調査するというもの。最近この森の棲むゴブリンやオークといった弱い魔物が、森を逃げるように移動しているらしい。この森に強い魔物が棲み付いた影響かもしれないので、それの調査。出来れば原因の排除をする依頼。
「さあ、さっそく行こうか」
「我にかかればちょちょいのちょいにゃ!」
ニャルカの大口を聞きながら、俺達は森に入った。
森の中はとくに異変は感じられないが、よく考えれば変だ。森に入って二時間ほど経ったが、今だ、魔物に襲われていない。これはBランク上位。もしくはAランクの魔物が棲み付いているかもしれない。
「……気を引き締めよう」
「ああ。危なくなったらすぐ逃げるぞ」
逃げる事は大切です。
先行していたエルが足を止める。桜も足を止め、ニャルカも動揺する振動をだす。
「エル殿」
「……これは本格的にやばいかもね」
……この気配は俺でも分かる。とてつもなくヤバイ魔物がいる。
「逃げるぞ」
「そうしたいけど、敵は許してくれないみたい」
木々をなぎ倒しながら前方からやってきたのは大きな蛇。いや、これは龍だ。
「いつでも逃げられるようにしとけよ」
「「了解」」
「にゃ」
目の前の龍は感情がない黒いビー玉のような目でこちらを見る。
――マモン。危険度は?
――リバイアサンより強い。あの百匹の獅子達に囲まれたときに匹敵するか上回る。
――戦わずに逃げる事を考えよう。
「ガア」
その声には少し歓喜が含まれていた。
「ガア、ガア、ガア、ガアア」
龍は楽しそうな声を上げる。
「ド、ガアアアアア!」
その雄たけびとともに、龍は襲い掛かってきた。それは絶望との戦い。決して勝つ事は出来ない。
バベル達は知らない。目の前の龍は古代文明の身一つで乗り込んだ終焉の魔物とよばれる化け物だという事を。古代最強といわれた大賢者が戦う相手だったという事。今は弱体化しているが、それでも古代時代の頃にくらべると強くなっている事を。これに勝つなどSランク冒険者が二人は必要だという事を。




