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爆虫の召喚士  作者: 天野 雪人
第五章 月光国編
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番外編 咲野の心

 咲野に取って、姉とはヒーローだった。

 何時も前に立って守ってくれた。何時も遊んでくれた。そして、咲野も姉の背中を追いかけた。姉のようになりたい。姉のように誰かを守れる人に。


 そして、咲野の耳に飛び込んできた姉が死んだという言葉。


 それが信じられなかった。自分の目で見なければ……。

 咲野の目に映ったのは、目をつぶったまま動かない姉。そこに縋り付く桜。それを見て咲野は――


 『あの姉でも死ぬんだ』


 ……そう考えた。

 それからだ。咲野に恐怖が棲み着いたのは。


 ――あの姉が死ぬ世界。そんな世界に桜を出したらどうなるんだ。


 ――あの姉が死ぬんだ。桜も死んでしまう。


 ――この安全な月光国の中で桜を守らないと。


 咲野の姉のように誰かを守れる人に成りたい。と、いう思いは、歪んだ方向へと向かっていった。


 桜が剣の稽古をつけてもらっている姿を見守る。桜の勉強姿を見守る。


 そんな姿を見ながら、いやな想像をしてしまう。あの刀が桜を傷付けるんじゃないか? 桜が転んだらどうしよう? そんな考えがが恐怖を呼び、さらなる連鎖となる。


 そして、桜が15歳に成った時、事件が起きた。桜が居なくなったのだ。何も告げる事なく、ただ居なくなった。その状況から、攫われたのではないか? と、考えられ、咲野は助けに行こうとした。だけど、何処にいるか分からない。何時攫われたのか分からない。そして、外の世界が恐い。咲野も、姉が死んだ外が、危険な場所が恐かった。


 ……気付いたら足が竦んでいた。勇気をだして、いろいろな場所を探す。町中に居ない。試練の森付近にも居ない。じゃあ、もっと外だ。だけど、咲野にはそれ以上行けなかった。試練の森を越えられない。船に乗って外に探しに行くなど論外。

 そして、咲野の心は恐怖に支配された。



 ――それから5ヶ月ほど経ったある日、桜がひょっこり帰ってきた。変な者達を連れて。何を考えているか分からない男。とても可愛い女? 喋る猫。そして、変わった桜。


 ――桜。主殿ってなんだ?


 ――可愛い妹に主殿なんて呼ばれている奴はぶっ殺してやる。


 ――殴られた。初めてなのか? 桜に殴られたのは。


 ――主殿というのは雇ってくれた相手だからだそうだ。矢っ張り外は大変だ。だけどもう大丈夫。桜は月光国に居ればなにも苦労する事はない。


 桜が出て行ってからだろう。既に咲野はもう。桜の兄ではなくなった。アレはただの恐怖を受けた小さな子供だ。だから、咲野には桜の幸せではなく、桜が傷つかない。桜が死なない事にしか目がいかなかった。


 ――桜は、一時的に帰ってきただけだった。また外に行くと言う。それは駄目だ。外の世界は姉上さえ死んでしまう所なのだ。


 ――予てから話があったお見合いをさせよう。桜も貴族。結婚はいつかしなければいけない事だ。だけど、可愛い妹を嫁にやるなど、嫌だ。だけど、そうしないと桜は危険な世界に行ってしまう。婿は桜を幸せに出来る様に教育しよう。


 ――桜が泣いた。嫁には行きたくないと言うのだ。何とか説得する。すると、桜はしぶしぶながら、嫁に行く決意をしてくれた。ごめんね。だけど、これも桜の安全の為に必要な事なんだ。


 誰もが望まない方向へと話しは進む。咲野の中は、もう桜の安全だけしか残っていなかった。




 そして、桜が居なくなった。家を探しても居ない。外にも居ない。消えたのだ。バベル達と一緒に。


 ――また居なくなる。あいつらのせいだ。また危険な外の世界に連れて行かれる。外は危険だ。あいつらを殺して、桜を連れ戻そう。まだ遠くには行ってないだろいう。


 咲野は抜け道から外に出る。そして、夜逃げしようとしているバベル達を見つけた。


 ――矢っ張りあいつらのせい。


 ――キ、キライ。今桜の口からでた言葉は、なんだ。キライ。キライキライキライ。……分かった。あいつらのせいだ。桜は外に出てから変わった。僕のいう事を聞いてくれない。桜は、悪い方へと変わった!


 咲野は、バベル達を倒す為に、血桜を向けた。しかし、勝てない。届かない。バベル達には届かない。恐怖に支配された咲野は、バベル達に勝つことは不可能だ。そして、咲野の意識は闇に飲まれた。


 咲野が気絶から回復すると、逃げ出そうとする桜やバベル達が居る。


 ――あいつはまだ桜を攫おうとするのか。駄目だ。外の世界は危険なのだから。


 ――拒絶された。仲間と行くだと! 僕の、兄の言葉が聞けないのか! これも全部あいつのせい。あの男のせいだ。


 そして、咲野はバベルにむかって斬りかかった。


「咲野さん。貴方は弱い。“火盾”」


 ――弱いだと。貧弱そうな体つきのクセに! 僕が弱いだと!


「貴方が怖がっているのは、桜が死ぬかもしれないという恐怖からか」


 ――恐怖だと! 違う。僕は桜の安全を考えて。だけど、なんで心が苦しいんだ。


「かわいい子には旅をさせよ。お前が妹を大事にしているなら、つまらん幻想に支配されず、旅させてみろ!」


 ――うるさい! うるさい! うるさい! 幻想だと! 恐怖だと! なにを言っている。僕は、僕は桜の為に……。なぜだなぜ桜は泣いた? なぜ僕を拒絶した? ……僕は、なにをすればいい?


 さまざまな考えでごちゃごちゃになった桜の心に、青い炎が打ち込まれた。



 ◇



「――ここはどこだろう。僕はなにをしていた?」


 ただ白く広い空間。そこに咲野が居た。


「なんだったんだ? だけど、凄く良い気分だ」


 恐怖に支配されていた心は、浄化された。そして――。


「咲野ー!」


 どこからともなく声が聞こえてくる。


「ねえ。咲野!」

「……姉上?」

「そうだよ。咲野の姉だよ!」

「姉上どうして……」

「いろいろ無茶したみたいだね」

「僕は。桜に……」

「ごめんね」

「あ、姉上。なぜ姉上が!?」

「私が死んだせいで、咲野が無茶しちゃった」

「姉上のせいじゃありません」

「そう言ってくれると、うれしい。だけど、迷惑かけたね」


 そう言って、菖蒲は咲野を抱きしめる。


「姉上!?」

「苦労かけちゃった」

「姉上。姉上」

「うんうん」

「お姉ちゃん!!」

「よしよし」


 泣きわめく咲野を、菖蒲は撫でる。その姿は、咲野が泣き終わるまで、終わらなかった。

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