第五十三話 姉の墓
――九の月19日真夜中。
ロリッ娘から魔法貴族の事を聞いた日から4日経ち、俺達は明日に月光国を出る事になった。桜にもそのことを伝えたが、少し思い詰めた様な表情をしたあと、『明日返事を返します』と言っていた。
――寂しいか?
――そりゃあな。たった五ヶ月ほどだったけど、楽しかったよ。覚悟はしていたけど、桜はもう……。
――そうかもしれないな。
最初はただの馬鹿だと思っていた。ただ食費を消費する無駄飯ぐらいだと……。だけど、今はうちのパーティに、桜はなくてはならない存在だ。
――別れたら、新しい前衛を募集するのか?
――そうだな。さすがに前衛なしはきつい。……だけど、桜なしで、俺達は“果てなき夢”と言えるのかな?
――さあな。私には分からない。
――あ!
――ど、どうした!?
――少し尿意が……。
――そっちか!
マモンのツッコミは聞き流し、寝ているニャルカを起こさない様に、俺は厠に向かった。
◇
――ふう。スッキリした。
――はあ、トイレの度にリンクを切るのはめんどくさいな。
真夜中の廊下を、俺はマモンと会話しながら歩いて行く。廊下を少し進み、曲がると縁側に出る。そろそろ秋になってきた影響で、外の風は少し寒い。
――なあ、あれって桜じゃないか?
――え?
マモンの言葉に縁側から外を見ると、寝間着を着た桜が居た。とっさに外から見えない場所に隠れる。
桜は、すこしキョロキョロと辺りを見渡し、辺りを囲う木の柵の少し穴が空いている場所から外に出た。
――なんだったんだ?
――さあな? 分からない。桜は何をしていたんだろう。
桜が出て行った後を少し見つめて、俺も庭に出る。
――行くのか?
――気になるしな。
俺だって桜じゃなきゃ行かなかった。だけど、思い詰めた表情をしていた桜が月光国を出る前の夜に怪しい行動をする。行く動機はそれで充分だろう。縁側の下に置いてあった草履を拝借し、俺も桜が出た穴から外に向かった。
木柵を潜って最初に目に飛び込んできたのは、狭い木々の間にある一本の小さな獣道だ。したには落ち葉が少し落ちている。
――なんだ、この抜け道みたな物は?
――さあ? 桜の事だから、自分で作ったとか言いそうだけどな。
俺は狭い獣道を進んで行く。辺りには木々が乱立し、周りが見えない。
――取り合えず行くか。
――分かった。
獣道w進む事数分、目前に茂みが見えて来た。コッソリと茂みをかき分け、進んで行く。すると、木で出来た柵が現れ、その向こうにはお墓が並んでいた。
――お墓か?
――そうだな。私から見ても、お墓だ。
――桜はお墓に何の用事が……。
――む! あれは桜じゃないか?
――本当だ。
マモンの言葉に墓地のある一画を見ると、可成り立派なお墓の前で桜がお祈りしていた。
――だれの墓だ?
――もう少し前に行け、見えないだろ。
――なに、俺はだれの指図も受けない。
――むきー。私はもっと詳しく見たい。もっと上に行くのだ。
――嫌だねー。俺の体は俺の物だ。
――やるのか?
――受けて立つ。
茂みの中で俺がマモンと喧嘩していると、急にお祈りをしていた桜の視線が俺達を向く。
「……誰か居るんですか?」
――おい! ばれたぞ。マモンが騒ぐから。
――なにおー。バベルが声を出すからいけないんだ。
「誰ですか?」
そう言いながら、桜は俺達が居る茂みの方に近づいてくる。
――洗いざらい吐いてさっさと楽になれ。
――お前は警察か何かか!
そんな会話をしている間にも、桜は着着と俺達に近づいてくる。
「はあ。俺だ桜」
「主殿!」
もうどうしようもないので、俺は潔く出頭する事にした。
「ぬ、主殿はどうしてここに」
「いや、お前が柵から外に出る所を見つけたから、付いてきた」
「つ、付いてきたって普通にいわれても」
「いやー。付いてきた事は事実だしさあ。それで、桜は何を」
「ちょっと。少し。いろいろ」
「ちょっと。少し。いろいろってなんだよ。……まあ、言いたくないなら別に良いけど」
人には隠しておきたい事は一杯ある。ニャルカにもあるし、俺にもある。
「来たのはちょっとした好奇心だから、俺はもう帰るよ」
「……まってください」
「え?」
墓地を立ち去ろうとしたら、桜が俺の腕を掴んでそう言う。桜の力で掴まれたら、俺は抜け出せない。
「こっちに来て下さい」
そう言って、桜は俺を引っ張る。俺は柵を越えて、桜が祈っていたお墓の前まで連れてこられた。
「ここは?」
「ここは、姉上が眠っているお墓です」
「そうか」
墓石には夜月菖蒲と書かれていた。この人が、桜の姉……。
「ここは貴族が眠る墓地です」
「以外だな」
「以外?」
「ほら、権力者とかは、でかいお墓なんてイメージがあるし、それじゃなくても、貴族を密集させて置いておくのか?」
「月光国は土地が限られているので、死人にそんな贅沢は出来ないんですよ」
そうか。月光国は前方が海。後方が危険地帯。土地がないんだ。
「私は、コッソリと姉上のお参りにきたのです」
「ふーん。なるほど」
こんな夜中にお参りねえ。
「じゃあ、俺も祈っておこう」
俺も手を合わせ、夜月菖蒲さんにお祈りをする。
「……じゃあ帰るか」
「私も帰ります」
少ししんみりした空気の中、俺達は立ち上がる。
「桜。月光国に来てからやけに家から出なかったり、話しを先延ばしにしようとしているけど、何かあったのか?」
「……それは――――」
そこから先を言う事は、突如聞こえて来た音によって、出来なかった。
「なんだ!?」
墓場に響いた轟音は、俺達を揺さぶる。
「主殿! あれが……」
墓場の奥から、一体の動く鎧がゆっくりと歩いてくる。
「鎧武者か?」
一瞬この前凪が退治したのと同じ鎧武者かと考えたが、違う。
「主殿普通の鎧武者は青くないです。あれは、鎧武者のイレギュラー」
「イレギュラー……」
目の前の鎧武者のイレギュラーは、鎧が青く、それに、兜の奥から覗く赤い一つの光が、不気味だ。
鎧武者のイレギュラーは俺達を見つけるやいなや、腰に差してある錆た刀を構える。
「主殿来る!」
「『爆虫の図鑑』サモン『くろまめ』『ロケット型』×4」
「ププー」
俺が召喚したくろまめに乗るのと、イレギュラーが襲いかかってくるのはほぼ同時だった。




