再び軍港にて
フローラやテレサたちは鞍馬たちが家を訪ねた次の日、ヴィクトーリアハーフェンへと向かった。
鞍馬たちはその後、ベルリスの市場などを見学して、エルザ宅へと戻り、再び休暇を満喫していた。
商船の改造が完了したとの連絡が届いたのは、それから一ヶ月半程度が経ってからである。
どうやら、戦況があまり芳しくなく、鞍馬たち第三艦隊を遊ばせておく余裕がなくなったらしい。
突貫工事にて商船やタンカーを改装し、戦線へと復帰させることが決まったと、エルザの家へと届いた手紙に書いてあった。
そこで、鞍馬とエルザはすぐさま軍港にて、改装商船を確認するのであった。
………
……
…
鞍馬たちの新たな乗艦は、桟橋に係留されていた。
もとが商船なだけあって、リューツォーほどの迫力はない。
しかし、外見だけでいうなら、それは改装が見事に成功したことを表している。
「ぱっと見では、武装がついてるなんてわかりませんね」
「はい。そうですね。これが……提督のいう仮装巡洋艦、でしょうか?」
見た目では商船にしか見えず、武装がついているとは思えないため、エルザが怪訝な顔をして尋ねる。
(これなら、いけるかも……)
「そうです。見た目で敵を油断させるわけですから、エルザさんが不安になっているというのは、成功ってことですね」
「しかし、これに乗って敵艦と渡り合うというのは……正直、怖いですね」
「……それは、確かに」
今まではある程度装甲に覆われた軍艦に乗っていたため、それなりの安心感があったが、今回の船には装甲などというものはない。
当然、商船には装甲など付いていないので、この船にも付けるわけにはいかない。
「ですが、もうやるしかないのですよね……。提督、中に入って、武装の確認をいたしましょう」
そう言って、エルザが階段をのぼる。
舷門につながる階段だ。
階段を登りきり、甲板上に上がると、設計担当者であるカールが二人を待っていた。
「お久しぶりです、提督」
カールが敬礼をする。
「お久しぶりです、カールさん。この度はありがとうございました」
「いえ、このような艦の改装に携わったのは初めてなので、とてもやりがいがありましたよ。提督のリクエストにありました、甲板を滑走路とした艦も出来上がっております」
「そうですか。ありがとうございます。武装の簡単な説明をしていただいてもよろしいですか?」
「はっ。まず、主武装としてこの艦には連装魚雷が四基ついております」
(連装ってことは二つ発射管がついてるから……それが四基で合計八門ついてるのか)
「両舷に二基ずつ配置し、そのうち一基は喫水下へと隠蔽しました」
喫水下というのは船が航行している時、海面よりも下ということだ。
よって、この説明では海面の下に発射管の一基が隠してあると告げている。
「もう一基は蓋をし、使用するとき以外は敵に発見されないよう、偽装をほどこしてあります」
「なるほど。それはどこらへんに付いてるんですか?」
「全ての魚雷は艦首付近に一基、艦の真ん中辺りの喫水下に一基配置してあります。これならば、商船と勘違いした敵が臨検しに来た際、効果を発揮できるかと思います」
臨検というのは、船を停止させて船内を検めることである。
だいたいが横から近づいてくるため、左右の喫水下にある魚雷が効果を発揮するということは、容易に想像がつく。
「……砲が見当たらないのですが、どこにあるのですか?」
それまで黙っていたエルザが口を開く。
要望を伝える際、小口径の砲をつけようといったのは彼女である。
その所在が気になったのであろう。
「砲は甲板上に偽装しています。たとえば、そこにコンテナがありますね? 一見ただの貨物ですが……あの中には十五センチ単装砲が隠してあります。コンテナ自体が蓋となっているので、それを開けば砲撃が可能です。後甲板にも同様の仕組みで隠してあります。両舷にもその半分くらいの大きさの砲が隠してありますよ」
説明を聞いたエルザはしきりに感心したように、大きく頷く。
「意外と重装備なのですね……」
「そうですね。ある程度の武装がないと、敵艦を沈めることは不可能なので、私達が砲の大きさなどを計算しました」
「それはありがたいことですね。最大速力はどのくらいですか?」
エルザは艦長として、この艦のことを知ろうと、さらに質問を投げる。
自分の艦のことを知らなければ、それに見合った戦い方、作戦を立案できないので、当然ではある。
「最大速力は十八ノットです。エンジンを取り替えるということは不可能だったので……リューツォーなどと比べると、どうしても遅くなってしまいます。しかし、幸いにもディーゼルエンジンでしたので、航続距離に関しては、十分確保できております」
「なるほど。では、作戦には支障をきたしませんね。わかりました。ありがとうございます」
「えっと……一つだけ問題が……」
どこかいいづらそうに表情を曇らせるカール。
そんなカールに鞍馬が尋ねる。
「どうしたんですか?」
「早く改装を終わらせろと司令部に言われたため、観測機の発着場がありません……。ですので、そこはご了承ください」
「観測機が飛ばせないとなると、困りましたね……」
エルザが深刻そうに眉根を寄せる。
この船を拿捕した際も、観測機による偵察があったからこそ、早期発見ができていた。
それがないとなると、目視しか索敵方法がないということになる。
「申し訳ありません」
「まぁ、司令部の命令だったら、仕方ないです。……観測機を使わない作戦を考えましょう」
「提督がそう言われるのでしたら……」
「ちなみに、この型の艦は三隻用意しております。以前の第三艦隊と同じ編成で問題はありません。では、滑走路の艦に移動しましょう」
そう言うと、カールは移動を開始した。
鞍馬たちもその後ろに続いていく。
………
……
…
艦から降りて、少し歩いたところに、三隻のタンカーが係留されていた。
二隻は補給艦として使用する予定のため、すでに燃料の積み込みが始まっている。
最後の一隻は空母としての改装を施しているため、他の二隻とは扱いが違う。
再び階段を登り、船内を通って甲板に出ると、そこにはまっ平らな飛行甲板が存在していた。
武装もなく本当にただの滑走路のような状態だが、姿だけ見ると、空母としての機能は十分に備えているような気がした。
要望では告げていない、エレベーターまで甲板上に二つ付いている。
「すごい……これですよ、俺が求めてたのは」
「ありがとうございます。セシリー博士……ですか? あの方からの要望を受けて、一番大きなタンカーを改装いたしました。甲板は全長で二百メートルほどあります」
「そんなに……ってか、セシリーさんが開発に……?」
「そうなのっ! 途中で暇になっちゃったから、せっかくだし、固定翼機を運用する艦も考えちゃおうってね」
鞍馬たちが登ってきた階段から、セシリーが姿を現す。
相変わらず、ヨレヨレの白衣を着ているわりに、元気いっぱいだ。
「セシリー!? 貴女がこの船に携わったというのですか?」
「うん! 提督さんったら、この船のこと教えてくれればよかったのに……」
「あ、すみません」
「提督さんに色々話を聞こうと思ったら、休暇だって言われるし、大変だったんだから。ま、私にかかれば、提督さんの要望をそこのカールさんに聞いて、そこから推測するくらいは片手間でできたけど」
「ありがとうございます。エレベーターを提案したのも、セシリーさんですか?」
セシリーは胸を張り、得意気に答える。
「もちろんよ! だって、艦内に固定翼機をしまえなかったら、積める量も減っちゃうし、海が荒れてた時、大変じゃない!」
(そこまで推測するって……この人、本当に天才なのかも)
「その通りです。で、肝心な固定翼機は……?」
「試作機はできてるわ。陸地での飛行も成功した。あとは……この艦での離発着だけよ。それを今回の作戦で行うから、私も帯同するつもり」
セシリーがそう言うと、エルザがずいっと一歩前へ踏み出す。
「それは……! 戦闘になるのですよ!?」
「うん、知ってるよ。でも、私がいないのに、実験するわけにはいかないでしょ?」
「それは、そうですが……しかし、私たちが帰ってきてからでも……この艦を連れて行くとは決めていませんし」
確かに現状、この艦を連れて行くメリットはない。
試作機が出来たというが、一機で航空攻撃をしかけるわけにはいかないし、戦闘用に作られているはずもない。
「私を連れてった方がいいと思うけどなー。カールさんに聞いたけど、今回、観測機を使えないんでしょ? 試作機に偵察任務させればいいじゃん」
「た、確かにそうですが……」
「……固定翼機、本当に飛べるんですか?」
「陸上では問題なく飛んでるよ。計算上はこの艦でも飛べる。そのために私が設計に参加したんだから」
(それなら……連れて行くメリットは大きい。観測機よりも広範囲を索敵できるだろうし……)
「わかりました。では、作戦への参加をお願いします。そのかわり、敵艦を発見したら、後方に下がってもらいます」
鞍馬はじっとセシリーの顔を見つめ、真面目な口調で告げる。
「わかってる。だって、戦闘とか怖いし……頼まれたってヤダからね!」
「では……私からもお願いしますね、セシリー」
エルザは参ったというように大きく息を吐き、セシリーの作戦参加を認めた。
そこにカールが再び口を開く。
「この艦については、特に説明することもありません。武装もありませんし……最大速力が十七ノットというくらいです。あとは博士に言われた資材などを格納庫用に用意したスペースに積み込んでおきます」
「わかりました。ありがとうございます。えっと、セシリーさん、一応木材と今回の試作機製作に携わった技術者をのせてください。試したいことがあるので」
「わかったよ! 任せといて!」
と、そこでひとつの疑問が鞍馬に生まれる。
(そういえば、誰が操縦するんだろう……)
固定翼機の操縦なんて誰も経験したことがない。
しかし、実験に成功したということは、誰かが操縦しているはずなのだ。
「セシリーさん、誰が操縦するんですか?」
「え? あぁ、説明してなかったっけ。提督さんの艦に乗ってた観測機パイロットだよ?」
「え、フローラさん!?」
「うん。だって、空での立体的な機動をわかってるのって、現時点では観測機のパイロットしかいないでしょ? だから、あの姉妹に手伝ってもらったの」
(だから、休暇が取り消されたのか……!)
たしかに空中での機動というものは根本的に陸上と違う。
簡単に言うと、陸上では前後左右しか移動する場所はないが、空中ではそれに加え、上下が入る。
それを経験して、身体で覚えているのは必然的に観測機のパイロットだけになるのだ。
ならば、フローラたちが選ばれるのは当然と言えた。
「あれ、でも……テレサさんも必要でした?」
「陸地だと、目印になるものがたくさんあるからパイロットだけでも問題ないけど……海上だったら、航法が必要になるでしょ? だから、お姉さんの方には、ひたすら座学をしてもらったの」
(うわぁ……地獄だ……)
休暇が取り消された上にひたすら座学。
想像して、鞍馬はテレサに憐憫の情すら抱いた。
「海上に出て、ある程度したら飛行実験するから、その時は提督たちも見に来てね。じゃあ、私は色々準備があるから」
そう言い残して、セシリーは去っていった。
「あはは、自由な方ですね」
カールは苦笑いを浮かべる。
鞍馬たちも、それにつられて苦笑いを浮かべるしかなかった。
(なんにせよ、出撃までもう時間がない。なんでこんな急ぐことになったのかは知らないけど……俺たちはやることをやるだけだ)
鞍馬たちはその後、カールと別れ、出撃の準備にとりかかった。
………
……
…
その時、エトムント司令は海軍本部の会議室で、陸軍との会合に望んでいた。
室内には剣呑とした雰囲気が漂い、イライラとした参加者たちのタバコの煙が充満していた。
「何度言わせれば気が済むのだっ! 貴様ら海軍はテーヴァーラントの重要性を全く理解しておらん! あそこを奪還されれば、貴様らのおもちゃを浮かばせる燃料すらなくなるんだぞ!」
「おもちゃとはなんだ! それにあそこの防御は貴様ら陸軍が固めるはずだろう! それに我らも第二艦隊をテーヴァーラントに派遣している!」
海軍参謀と陸軍参謀の言い合い。
もはや、会議にすらなっておらず、罵り合いの様相すら呈している。
海軍と陸軍は予算の分配について、以前より対立しており、仲が悪い。
戦争の最中ではあるが、その悪しき伝統は改善されておらず、現在も犬猿の中と言っていい。
そんな様子をエトムントはタバコをふかしながら、どこか他人ごとのように眺めていた。
「物資が不足しているのだ! 輸送船を回せ! そこに数隻係留されているだろう! このままでは防衛の体勢も整わんっ!」
そこで、初めてエトムントが静かに口を開く。
「あれは……輸送船ではなく、戦闘艦だ。私が命令を下した。輸送任務には使えん」
「もはや、それどころではないのです……! テーヴァーラントに対する敵の攻勢は激しくなる一方。このままでは……!」
相手が司令とあっては、陸軍参謀も語気を弱めるしかない。
「しかし、第二艦隊が持ちこたえているはずだ。それだけでは不十分かね?」
「敵は国力で我が国を圧倒しております。今は良くても……」
陸軍参謀はそこで言いよどむ。
(ふん、開戦を強行に主張したのは貴様らだろうに……!)
エトムントはなんとか苛立ちを抑えこむ。
「……わかった。私から総統閣下に上申する。もはや策はひとつしかない」
「それは……?」
「他国を巻き込むのだ。敵を二正面作戦に追い込む」
エトムントはそう言い放ち、タバコを灰皿に押し付けた。
本日も一話更新です!




