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フローラ、テレサ宅にて

「このあたりはモーントが多く住んでます。バラバラに住んでも苦労が多いので、みんなで身を寄せ合って、生きてるんです」


 テレサはそう言いながら、寂れた街角を進んでいく。

 外壁がボロボロの石造りの家屋、水はけが悪く、水たまりの出来た石畳。

 華やかなベルリスの表通りとは全く別の世界がそこには広がっていた。


「エルザさん、ベルリスにこんな場所があるの知ってました?」


「いえ、話には聞いていましたが……これほどとは思っていませんでした……」


「そうですか。やっぱりこういう場所は隠されるんですね……」


 どこの街にも暗部というものは存在する。

 鞍馬が暮らしてきた日本にも、確かに存在していた。

 しかし、それを目の当たりにすることで、鞍馬が感じた差別に対する陰鬱な気持ちは、確かな実感と共にその心に影を落としはじめていた。


「きゃっ!」


「貴様ぁっ! 邪魔なんだよ、ヴァンピールのくせに!」


 狭い通路の先から悲鳴と罵声が響く。

 鞍馬たちは顔を見合わせ、声の聞こえた方へと駆け出した。


 道の先には軍服を着た金髪と赤髪の二人の男が、うずくまる少女を囲みながら、罵声を浴びせ続けていた。


「ヴァンピールごときが俺たちジャーム軍人の道を塞ぐとは何事かっ!」


「ごめんなさい……でも、私ただ歩いていただけで……」


「黙れよっ! この薄汚い吸血鬼ふぜいがっ!」


 赤髪の軍人が拳を振り上げ、少女を殴ろうとする。


「……やめて」


 静かな、しかし確かな怒りを含んだ声に、軍人の拳が止まる。

 その声は鞍馬たちのものではない。

 鞍馬たちが少女のもとにたどり着く前に声をかけたのは、フローラであった。

 遠目に、フローラが軍人たちと対峙するのがわかる。


「あぁ? なんだ貴様は?」


「私は……ジャーム海軍少尉、フロレンツィア・ライヒシュタイン」


「ヴァンピールが少尉だ? 海軍も堕ちたもんだなぁ、おい」


 金髪の軍人がフローラの方へと進みでて、挑発をする。

 しかし、フローラは表情ひとつ変えず、男の顔をじっと睨みつけていた。


「……所属と名前」


「なんでヴァンピールごときに名乗らなきゃならないんだよ」


「階級は……伍長。それが陸軍の上位者に対する礼儀……?」


「ったく、うるせぇな。なんで海軍の、しかもヴァンピールに従わなきゃいけねぇんだよ」


 金髪の軍人は更にフローラへと接近し、今にも殴りかかりそうだ。

 そこへ、ようやく鞍馬たちが到着する。


「貴様、何をしているかっ!」


 開口一番、エルザが軍人たちに対して声を張り上げる。

 すると、二人はこちらへと注意を向ける。


「あ? 今度はなんだよ。って、ジャーム人じゃねぇか。なんでお前らがヴァンピールなんかと一緒にいるんだよ」


 赤髪の軍人がテレサに目をやり、言う。

 フローラは鞍馬たちに気づき、驚きに目を丸くした。


「貴様、何様のつもりだ?」


「何様のつもりって、お前らが何様のつもりだよ」


「私はジャーム海軍、エルザ・ブラウンシュヴァイク中佐だ。この方はシュレスビッヒ・シュレッセン中将である」


 エルザが自分と鞍馬の階級を告げると、軍人たちは将官クラスが現れたことに狼狽する。

 それもそうだろう。彼ら下士官にとって、将官とは神のようなものだ。


「……ん? シュレッセンってまさか……」


 金髪の軍人が顔を青くする。


「あ、あぁ。多分あなたが思っているシュレッセンの息子です」


 鞍馬が告げる。

 すると、二人は目に見えて表情を固くした。


「し、失礼しました……」


 二人は慌てて鞍馬に敬礼をし、ブルブルと震える。


(いやいや、どんだけビビってるんだ……。ってか、これだけ怖がられるって、この世界での父親に会うの、ちょっと怖いなぁ……)


「いや、いいです。特に何かをしようってわけじゃありません。ただ、これからはモーントの人たちをいじめないでくださいね。みんな同じ国に生きてるんですから」


 鞍馬がそう言うと、二人は背筋をピンと伸ばし、敬礼をしたまま、返事をする。


「は、はっ!! では、私達は失礼致しますっ!」


 二人は踵を返し、駆け出した。

 すると、フローラはうずくまる少女へと歩み寄り、声をかける。


「……大丈夫?」


 少女は顔だけを上げ、フローラをじっと見つめた後、口をひらいた。


「うん……。ありがとう、お姉ちゃん」


「良かった……。ひどいことされてない……?」


「お姉ちゃんがその前に来てくれたから……。でも……どうしてこんなことされないといけないの?」


「それは……わからない。でも、私たちがなんとかして……その、貴女が大人になるころには、ひどいことされないようにするから……」


 フローラは少女にぎこちない言葉遣いではあるが、優しく言葉を紡ぐ。

 すると、少女は少し考えた後、ゆっくりと頷いて、立ち上がった。


「約束、ね? お姉ちゃん、バイバイ!」


 少女はそう言って、走り去っていった。


(心の傷は深いだろうな……)


 鞍馬がそんな感想を抱くと同時に、テレサが鞍馬とエルザの間から、フローラへと駆け寄る。


「フローラ、大丈夫!?」


「姉さん。それに提督と艦長も……」


 表情には出さないものの、フローラの驚きが声音から読み取れる。


「大丈夫ですか、フローラさん」


「……はい、ありがとうございます。姉さんもありがとう……でも、なんでここに?」


「私が提督たちを偶然見つけて、うちに招待したのっ! フローラ、あなたの言ってたとおり、提督ってホントに素敵な人ねっ! ますますファンになっちゃった!」


「姉さん、そういうことは……その……提督の前では……」


「それに今の提督、すごくかっこよかったし! フローラもそう思うでしょ?」


 フローラは鞍馬の方をチラチラと窺いながら、困ったような表情を見せる。


「素敵だったけど……姉さん、提督がそこにいるし……」


「そんな取り繕っちゃって。いつも提督のことになると、嬉しそうに話すフローラはどこにいったのかしら?」


「も、もうやめて、姉さん……」


(フローラさんがここまでタジタジになってるの初めてみるよ……)


「コホン、そ、その……そこまでにしていただきましょうか。提督も困っています」


 そんなフローラに助け舟を出すようにエルザが声をかける。

 テレサはいたずらっぽく微笑み、鞍馬たちに向き直った。


「はっ。では、我が家への案内を継続します」


 そう言うと、テレサは鞍馬たちを促す。

 さきほどまでの会話に気恥ずかしさを覚えていた鞍馬は、エルザに救われた気持ちになりながら、その後を追った。



………

……



 そこから五分ほど歩き、テレサとフローラが一軒の建物の前で止まった。

 窓がいくつか通りにつきだし、その手すりは錆びている。

 外壁のレンガもところどころ崩れ、まるで幽霊屋敷のようだ。

 しかし、この辺りの全ての建物が同じような感じなので、決して街並みから浮いているわけではない。


「ここの一室が私たちの家です」


 一室が、ということは集合住宅なんだろう。

 この国ではエルザの家にしかおじゃましたことがないので、鞍馬はどんな感じなのかと好奇心をかきたてられる。


「では、階段を上がります。ついてきてくださいね」


 そう言って、テレサが金属製の格子のような門を開く。

 門を開くと、そこはすでに建物の中。

 照明もなく、石造りの壁はなんだか湿っている。


 テレサとフローラは慣れた様子で、その奥の階段を上がっていく。

 鞍馬とエルザもその後に続いた。


 そして、二階で階段をのぼるのをやめ、エントランスのような場所を通り、テレサが一つの部屋の前で止まった。

 鍵をあけ、中に入っていく。


「提督たちもどうぞ。狭いですが……」


 フローラが部屋の前で立ち止まって、鞍馬たちを促す。


「おじゃまします」


 鞍馬はそう言って、部屋の中に入る。

 木張りの床はところどころ傷んでいるものの、綺麗に掃除され、壁紙も白を基調として、しっかりと手入れされている。

 ワンルームで少し手狭ではあるものの、綺麗に整頓された室内は実際の広さ以上に広く感じた。


(外観はちょっとアレだけど、意外と中は綺麗だな……)


「ようこそ、提督、艦長」


 テレサが鞍馬たちを振り返って、お辞儀をする。


「いえ、お招きに感謝します」


「はい、招いてくださって、ありがとうございます」


 鞍馬とエルザがそれぞれお礼の言葉を返す。


「そこの椅子に座って、おくつろぎください。今、お茶を淹れますので」


 そう言って促されたのは、食卓のテーブルの周りに四つ並べられた木の椅子であった。

 鞍馬とエルザ、フローラはその言葉に従い、腰を降ろす。


「ヴィクトーリアハーフェンからここまではどうやって来たんですか?」


 お茶を淹れながら、テレサが尋ねる。


「列車です。午前中に出て、昼過ぎに着いた感じですね」


「……列車は快適」


「そうね、観測機の搭乗席に比べれば天国みたいよね」


 そう言いながら、テレサが皆の前に紅茶を置き、自らも腰掛ける。


「そういえば、フローラ。あなたなんで外に出てたの? なんか用事でもあった?」


「……姉さんを探してた。ヴィクトーリアハーフェンの司令部から私たちに手紙」


 フローラは手紙を取り出し、テレサに手渡す。

 エルザと鞍馬は何事かと感じながらも、プライバシーに関わるので、追求はしない。


「なになに……? って、えぇぇぇ!?」


 しかし、あまりにオーバーなテレサの反応に、鞍馬たちの好奇心は膨らむ。


「どうしたのですか?」


 エルザが問いかける。


「その……私たち、休暇が取り消されました……」


「えぇ!?」


 鞍馬がびっくりして、声を上げる。


「あ、いえ、私たちというのは私とフローラのみです。出頭要請が来ました……なんででしょう……」


「そうですね……。全く見当もつきません」


 エルザが怪訝な顔をして、手紙を受け取る。

 鞍馬も横から手紙を覗きこむが、確かにフローラとテレサを名指しして、休暇取り消しと書いてある。


「せっかく久しぶりに家に帰ってきたのに……」


「仕方ない……。任務だから」


 落胆するテレサに対して、淡々と事実を受け入れるフローラ。


「それに……私達が呼ばれるってことは……観測機関係のはず」


「で、いつ出頭しろって書いてありますか?」


 鞍馬がエルザに尋ねる。

 横から見ただけではわからなかったのだ。


「えっと……明日って書いてありますね……」


 それからのテレサの落胆ぶりは、筆舌に尽くしがたいものがあった。


本日も一話更新です!

近日中に、現在までに頂いたご意見を参考に、全体的な修正を加える予定です!

その際、更新が少し滞る可能性がありますが、より良いものを作っていこうと思いますので、よろしくお願いします!

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