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首都における光と闇

 ヴィクトーリアハーフェンと同様に赤レンガでできたベルリスの駅は人でごった返していた。

 ハンチング帽をかぶった出稼ぎ労働者や軍人などが多く、気をつけないと、エルザとはぐれてしまいそうだ。


 そんな時、エルザははぐれないように鞍馬の手を取った。

 ほんのりと温かいエルザの体温が手を通じて伝わってくる。


「え、エルザさん!?」


「この人波です。はぐれたら、見つけ出すのは不可能そうですし」


「あ、はい……」


 全く土地勘のない場所なので、仕方がない。

 女性に手をひかれて歩くという少し情けない状況ではあるが、はぐれてしまっては元も子もないため、鞍馬はおとなしく従った。

 幼子のように手をひかれ、改札を目指す。


 駅舎内はヴィクトーリアハーフェンに比べてだいぶ広く、なかなか改札へはたどり着けない。


「改札は結構遠いんですか?」


「はい。駅内が広いのに加え、この人の数です。おそらくかなり混んでいるかと思いますので、人の進みも遅いのかと」


「いつもこんなに混んでるんですか?」


「そうですね。ベルリスの駅は出稼ぎの労働者などが多いので、いつもこのような状態です。このような情勢ですし、軍需関係の工場がベルリスに集中しているので、皆さん職を求めてベルリスへと出稼ぎに来るのです」


「なるほど……」


 出稼ぎというのは第二次世界大戦時の日本でもよく見られた光景だ。

 不景気な現代日本では考えられないような労働力不足に陥った都会と、職を求める地方民の需要と供給が一致した結果、そのようになったと鞍馬は聞いている。

 とはいえ、大戦末期には若者のほとんどが戦場へと行ったので、一時的なものではあったが。


「……若い人も結構いるんですね」


「どういうことですか?」


「いえ、徴兵とかないのかなと思いまして」


「徴兵……ですか。現在は必要ありませんね。むしろ、練度の低い兵は軍全体の質を下げることにつながります。軍部ではそれを嫌う傾向がありますので」


「それはいいことですね。俺の国では一般市民まで戦場へと駆り出されましたから」


「そうなんですか。しかし……この先はわかりません。兵力不足になれば、徴兵が開始される可能性はありますし……」


 鞍馬たちは改札を通るための列に並びながら、そんな会話を交わす。


「……と、ここまでにしましょう。このような会話はベルリスではあまり好まれません」


「そうなんですか?」


 声を潜めるエルザに鞍馬も声のトーンを下げ、尋ねる。


「はい。どこで誰が聞いているかわかりませんので。政権批判や悲観的な意見はあまり好まれませんし」


「……なるほど、了解です」


 東ドイツの国家保安局ほどの言論弾圧はなされていないものの、悲観的な意見等はあまり好まれないようだ。

 しかし、歴史を紐解くと、戦争という情勢下にある国家では普通のことと言える。

 鞍馬が周りを見渡すと、ほとんどの人の目に希望が満ち溢れており、それにわざわざ水を差す必要もないかと考えた。


(買い物に行った時も感じたけど、この国の人たちは自分の国の政治家、トップを信頼してるんだな)


 それが少しうらやましくもあり、なんだか不安な気持ちも抱かせた。


「私達の番です。行きましょう」


 そう言うと、エルザは鞍馬の手を引き、駅員へと乗車券を渡す。

 そして、そのまま駅舎を後にする。


 駅舎の前には大きな広場が存在していた。

 広場の真ん中には大きな銅像。

 例によって、ジャームの国家元首のものである。


 そして、その向こう側には大きな建物がいくつも存在しており、それはヴィクトーリアハーフェンとは比べ物にならないほどの立派さであった。

 レンガ、石造りのジャングルのようであり、その中を人が規律だって歩いて行くさまは、まるで川の流れのようだ。


「すごい……ホントに発展してるんですね……」


「はい。この駅はこのベルリスでも最大ですから、当然、その周りには人が集まります」


 ひとしきり辺りを見渡した鞍馬は、いまだに手をつないでいることに気付き、エルザへと視線を戻す。


「あの……そろそろ手を離してもいいでしょうか……?」


「あ、も、申し訳ありませんっ!」


 エルザは鞍馬に指摘され、顔を真っ赤にしてパッと手を離す。


「い、いえ、ありがとうございました」


 鞍馬がお礼を言うと、エルザは微笑んだ。


「いえ、その……はぐれないように、ですから……。さ、さて、提督。気を取り直して行きましょうか」


「行くって……どこにですか?」


「ふふ、観光です」




………

……




 鞍馬たちは市街を歩き、大きな門の前に来ていた。

 門の上には金属製の像があったり、細かな彫刻がなされており、建造した者の強大な権力が感じられる。

 巨大な門の前には多くの人がおり、皆一様に門を見上げていた。

 その人達の多数は門の前で写真を撮っており、地方からの旅行者であることが伺える。


(なんか、写真で見た凱旋門みたいだ)


「すごいですね……。これはなんて言うんですか?」


「こちらは凱旋門といいます。かつて、騎士たちが存在していたころ、戦勝を祝って当時の王が建造したものとのことです」


(あ、名前はそのまんま凱旋門っていうんだ)


「こちらはベルリスでも一番人気の観光地となっています。まずはここを見ないと、ベルリスの観光をしたとはいえません」


「確かに、すごく迫力がありますね。結構旅行する人って多いんですか? なんだか、旅行者みたいな人がたくさんいますけど……」


「そうですね。幸い、本土は戦火に巻き込まれていないので、旅行する人は結構います。しかし、戦前よりは減ったようです」


「まぁ、そうですよね。……ってあれ、なんかこっちをじっと見てる人が……」


 鞍馬は視線を感じて、門の柱を見やる。

 すると、そこから顔半分をのぞかせて、こちらを見つめる姿をとらえた。

 長い銀髪が柱の影から垂れ、なんだか怖い。


「エルザさん、なんかあの人……こっちを見てるんですけど……」


 鞍馬が視線でエルザに場所を伝えると、エルザもじっとその方向を見つめる。


「あれは……フローラ少尉のお姉さんではないでしょうか……」


「フローラ少尉のお姉さん……?」


 確かに言われてみれば、フローラと髪の色が同じだ。

 鞍馬とエルザはお互いに頷き、門へと歩み寄っていく。


「あの……テレサ少尉……?」


 エルザがその柱に近づき、声をかける。

 すると、少女は柱の影から飛び出て、慌てて敬礼をした。


「し、失礼しました! 駅前で提督と艦長をお見かけしたので、思わず……ついてきちゃいました!」


「は、はぁ……」


 鞍馬は間の抜けた声を出しながら、ゆっくりと敬礼をする。


「この方がフローラ少尉のお姉さんで、観測員のテレージア・ライヒシュタイン少尉です」


「はじめまして、提督! テレージア・ライヒシュタイン少尉です! テレサって呼んでくださいっ! それで、その……あの……わ、私、提督のファンですっ!!」


 しーんと、あたりを包む静寂。


(え、ファンって……えっ!?)


「えっと……どういうこと……?」


 鞍馬が尋ねると、テレサはキラキラと光る、フローラと同じ栗色の瞳を輝かせて言う。


「提督の采配によって、私はこうして生きてますし……それに、フローラからお話はたくさん聞いてますから! その、ぜひお会いしてみたいと思ってたんですっ! だから、駅で提督を見つけた時……運命なのかなって思っちゃいました……!」


 寡黙なフローラとは正反対の、明るく活発なテレサ。

 シェルダーに乗るというだけあってその身体は小さいが、体全体で目一杯喜びを表すさまは、なんだか迫力がある。


「えっと……そう、なんだ……」


「はいっ! あぁ、神様……本当に感謝します! 憧れの提督に会えるなんて……!」


 鞍馬とエルザを置いてけぼりにして、テレサは胸の前で手を組み、神への感謝を述べる。


「テレサ少尉、少し落ち着いてください」


「そ、そうですねっ! 艦長、これからなにかご予定はありますか?」


「現在、観光中なので、特段予定というものはありませんが……」


「でしたらっ! 私の家へとご招待させて頂けないでしょうか!? フローラも喜びますし!」


「提督、いかがいたしましょう?」


 テレサの押しに少し身を引きつつ尋ねるエルザ。

 鞍馬は苦笑いを浮かべながら、頷いて応える。


「せっかくですし……お世話になりましょうか」


「わぁっ! ありがとうございますっ! 狭い家ですが……精一杯おもてなしさせていただきますっ! では、こちらへどうぞ!」


 テレサは満面の笑みを浮かべると、透き通るような長い銀髪を翻して、鞍馬たちを促す。

 鞍馬たちはお互いに顔を見合わせ、テレサの後を着いて行くのであった。




………

……




 テレサについて歩き、だいたい二十分程が経過した。

 大きな建物が並ぶ市街から少し離れ、少し暗い通りを歩いて行く。


 華やかなイメージの市街とは一変して、なんだか薄暗い感じがする街並みに、鞍馬は少しだけ不安を抱いた。


「こっちで間違いないんですか?」


 鞍馬はエルザに尋ねる。


「いえ、私もテレサ少尉のお宅へと伺ったことはないので……」


 不安げに言葉を交わし、二人は前を行くテレサへと視線を向けた。

 すると、その視線に気づいたのか、テレサが振り返る。


「こっちで間違いありませんよ。ただ、この辺りは治安が悪いので……私から離れないようにしてくださいね」


 治安が悪いというのも頷ける。

 人通りがほとんどないのだ。

 たまに通り掛かる人は鞍馬たちを見るなり、嫌そうな顔をして、そのまますれ違っていく。


「でも、なんかさっきからすごい不審そうな顔されますよね。俺、どこかおかしいですか?」


「……提督、それは……」


「それは、私がいるからだと思いますよ、提督」


 テレサが淡白な声音で言う。


「私たちはヴァンピールと呼ばれて疎まれてますから。自分たちではヴァンピールではなく、モーントと呼んでいるんですけどね」


「ヴァンピール……? モーント……?」


「はい。ヴァンピールは吸血鬼の意味です。この髪の色のせいで、私たちは嫌われ者なんです。この国の歴史も関係してるんですけど……。提督のような上流階級の方にはあまり実感がないかもしれませんね」


(こういう差別とかって……どこの国にもあるんだな……そういうの、嫌いだ)


「ですが、軍では結果さえ残せばモーントでもちゃんと人間として扱ってくれます。偏見もなく、天国のような場所です。だから、私もフローラも、兵学校では必死に頑張ったんです」


「そうなんですか……ごめんなさい。変なこと聞いて」


「いえ、私はあまり気にしていません。だって、そうやって努力したおかげで、提督のような素敵な人に会えましたし、フローラと空を飛べるんですからっ!」


 そう言って、テレサは微笑む。

 鞍馬たちはそんなテレサの底抜けな明るさに思わず微笑みながら、彼女の家へと向かうのであった。


一話更新です!

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