第23話
翌日。今日も俺は、最前列の真ん中よりちょっと左に立った。リュックからペンライトを取り出し、電源を入れる。家を出る前に電池を入れ替えてきたから、消える心配はないだろう。
胸を高鳴らせて待っていると、ステージが暗くなりSEが鳴り始めた。水色のペンライトをリズムに合わせて胸の前で振る。
十秒くらい経ったところで、ステージ袖から五人の女の子が出てきてそれぞれの立ち位置についた。メンバーカラーのクリスタルをあしらった、見たことのない可愛らしい衣装を着ている。
スポットライトが五人を照らした。
「いわです!」
「もえです!」
「つのだぜっ!」
「りいでぇす」
「たまで~す♡」
「百輝☆夜光一周年ライブ! 楽しんでいきましょーう!」
ライブが幕を開けた。
つのちゃんのダンスは今日もキレキレだ。いや、いつも以上に絶好調のようで、手足を大きく伸ばし、金髪をぴょんぴょん跳ねさせながら、弾ける笑顔を見せて踊っている。
ピンク担当のもえちゃんの煽りもいつにも増して熱い。
「もっと声出せるよー!」
もえちゃんの力強い声に応えるべく、俺も腹から叫ぶ。
「タイガー! ファイヤー! サイバー! ファイバー! ダイバー! バイバー! ジャージャー!」
彼女は笑顔で大きくマルを作って見せた。
たまちゃんは、今日はファンサを控えてパフォーマンスに集中している。レッスンをサボっていてもその実力は折り紙つきだ。お決まりのツインテールを揺らし、華麗なターンを決める度に野太い歓声が上がった。
りぃちゃんは今日もふわふわしている。記憶を取り戻しても歌とダンスは変わらないみたいだ。柔らかな笑顔を絶やさない彼女を見て、俺はちょっと安心した。隣のりぃちゃん推しのおじさんは「今日のりぃちゃんはなんだか凛々しいなぁ」と呟いていた。
そして俺の推し、いわちゃん。今日もいわちゃんは……言葉にならないくらい、良い。この胸に迫る歌声、彼女はまさしくひゃっこの歌姫だ。俺は初めていわちゃんが歌うのを聞いた時と同じ感動を覚えた。彼女の歌をいつまでも聞いていたい。叶うなら、いつまでも……。
目の前でいわちゃんがひらりとターンを決める。その姿を目に焼き付けようと、俺はペンライトを振るのも忘れて見つめていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、一周年ライブは終わってしまった。
「以上、私達が……百輝☆夜光でした! ありがとうございましたー!」
五人揃って深々とお辞儀をする。俺は人目も憚らず、大きな声で「いわちゃーん!」と呼び掛けた。彼女は顔を上げてこちらを見ると、花が咲いたような笑顔で手を振ってくれた。
興奮冷めやらぬ中、俺はいつも通り販売列に並び、チェキ券を購入した。今日は上限の十枚買った。今日という日に悔いを残したくなかったからだ。特典会スタッフのトリヤマさんが「今日良かったでしょ?」と聞いてきたので、「最っ高でした!」と答えた。
順番が回ってきた。いわちゃんは俺の顔を見ると、嬉しさと切なさが入り交じったような表情を浮かべた。
「ハル……くん、ありがとう。本当に、ありがとう」
いわちゃんは俺の手をしっかりと握った。
「ううん。いわちゃんの力になれて、よかった」
「あのね……ひゃっこ、続けられるかもしれない。ちょっとだけ、休止はするけどね」
「えっ……!?」
いわちゃんはシャッターの音にも構わず続ける。
「今日のライブが終わって……メンバーで話したの。やっぱりアイドルって楽しくて……オタクのみんなの笑顔をもっと見たいって。つのちゃんはご家族を説得してまたこっちに来るみたいだし、もえちゃんは閻魔大王に辞表を提出するって。たまき様はああ言ってたけど、実は"たまちゃん"を演じるの、気に入ってるんだよ。だから、またアイドルやってくれるよ。もちろん、あたしとりぃちゃんも。だから……待ってて」
「うん、待つよ。俺はいわちゃんのこと、世界で一番推してるから!」
「そこは愛してる、じゃないの?」
いわちゃんはチェキにメッセージを書きながら悪戯っぽく笑った。
お時間でーす、とスタッフが告げた。
「……じゃあ、俺は普通のオタクに戻るよ」
「うん……また、会いに来てね」
「会いに来るよ、何回だって」
いわちゃんからチェキを受け取り、俺は彼女に背を向けた。胸にぽっかりと穴が空いたような気分だったが、またひゃっこの、いわちゃんのライブを見られるという希望が、喪失感を埋めてくれている気がした。
会場を出て、チェキを表に返した。そこには余白いっぱいに『ありがとう ハルはあたしのヒーロー!』と書かれていた。
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