3話 そしてデータは動き出す
日曜日は、美里と久しぶりのデートを楽しんだ。
結婚指輪を注文し、縁起の良い日にちに入籍すること、両親への挨拶の日程も決めた。
「指輪、来月中旬に届くって」
美里が笑う。律は胸が温かくなるのを感じた。
そして月曜日。
会議室の空気は重い。営業部長が資料を睨みながら口を開いた。
「神坂君。このプロトコルは、我々営業を疑っているという事かね?法律違反をした営業は今のところゼロだが?」
律は落ち着いて答える。
「本ツールは〈違反検知〉ではなく、〈適正評価〉のためのものです。営業部長をはじめ、皆さんが部下を支援し、正しく評価するための新しい指標です。売上だけでなく、誠実さも可視化する時代にしたいんです」
部長陣が顔を見合わせる。律はモニターを操作した。
「それでは機能デモに移ります。こちらのデモ用サンプルを共有ファイルへアップロードします」
最初のサンプルは、青ランプが静かに点灯。
「クリーン案件です」
次のサンプルをアップ。数秒後、赤ランプが光る。直後、律のメールに通知が届いた。
「メールが来ました。確認します……」
律が画面を共有すると、内部監査室長が前のめりになる。
「このサンプル、仕入先に利益がほとんどないようだな。原価率が異様に高い」
室長の声は冷静だが、目は鋭い。営業部長の顔がわずかに強張った。
「記録は自動で監査サーバに転送されます。
人の主観ではなく、データが語る仕組みです」
律は静かに付け加え、次のスライドに切り替えた。
「そしてこちらが、昨年度営業トップ5の方々の、5億円以上の大型案件を各10件ランダム抽出して読み込ませた結果です」
画面に散布図が映し出される。
X軸「案件金額(億円)」、Y軸「グレー警告率(%)」。
5つの記号(A〜E)がプロットされているが、E点だけが明らかに突出していた。
他が20〜30%の範囲に収まる中、E点は45.2%——赤い警告ゾーンに単独で浮かんでいる。
営業部長の視線がその一点に吸い寄せられた。喉が小さく動く。
律は淡々と説明を続けた。
「個人名は伏せておりますが、営業手法によるばらつきが明確に見えます。一方で、クリーン率の高い担当者は一貫して安定しています」
内部監査室長が静かに手を挙げた。
「神坂君。このE点の元データ、後ほど詳細を見られる形になっているか?」
「はい。検証用フォルダを監査室向けに整理してあります。照合用のデータも含めて」
情シス部長が頷き、口を開いた。
「傾向分析としては非常に興味深い。まず監査室での4週間試験運用を認めよう。神坂くんは開発者として監修に入ってくれ」
営業部長は腕を組んだまま、無言だった。
「では、本日はこれにて終了」
情シス部長の声で会議が締めくくられた。
律が資料をまとめていると、監査室長が静かに近づいてきた。
「神坂君。あのフォルダ、昼休みにでも共有してもらえるか。早速検証を始めたい」
「承知しました」
会議室を出た監査室長は、監査室に戻ると端末を開いた。テストログに残る赤い警告文字列。その中に、見覚えのある案件コード——多崎の名前が確かにあった。
「……なるほどな」
室長は小さくつぶやき、調査フォルダを新規作成した。
「暫定監査リスト」と名付けて。




