1話 一輪の復讐決意
神坂 律は、金曜日に人はほぼ帰った静かなオフィスで残業していた。
「社内SNSのログに異常は無しか…」
と思いきや、ある通知が目に飛び込んできた。
多崎:美里ちゃーん、週末飲みに行こうよ!出張無いんでしょ?
佐倉 美里……。律の2つ年上の元カノ。
先週の土曜日に、彼女にプロポーズされて別れたばかりだ。
履歴を遡ると、多崎は火曜日から彼女にメッセージを連投していた。
火曜日
多崎:社内で噂になってるけど佐倉さん、神坂と別れたんだって?土曜日に佐倉さんが泣きながら歩いていたのを見た人がいたらしいよ。俺、君にアタックするよ♡
水曜日
多崎:仕事終わりに飲みに行こうよ!俺はもう女遊びは飽きたから、君が最後の本気だよ♡
木曜日
多崎:美里ちゃん、忙しいのかな?今日は在宅勤務なんだね♡明日はランチに行けるかな?
美里との思い出が、律の脳裏に浮かぶ。
入社半年が過ぎたある日、律は社内アプリの新機能の説明会で、『君も説明するように』と上司から依頼された。説明会と質疑応答が無事終了した時、駆け寄ってきたのが美里だった。
「神坂さん!私、佐倉美里と言います。貴方に一目惚れしました。付き合ってください!」
(こんなに綺麗な人が、なんで俺を……?)
会場にいた社内の人々は、それを聞いてザワついた。
「えっ?総合職のアイドルが、新卒情シスくんに……」
「そういえば美里ちゃん、高1以来、彼氏いないらしいよ?それにその彼とも手繋ぎ止まり」
「大学の時は留学したくて勉強とバイト優先してたけど、コロナ禍でダメになったって言ってたっけ?」
「じゃあ、ガチ恋じゃん!?」
「あんな目をした佐倉さん、初めて見た」
(そんなに素敵な人が、俺のことを……)
「よろしくお願いします」
思わず、頷いてしまった律に対して、美里はキラキラとした目で笑っていた。律はそれを見て、恋に落ちた。
彼女との交際は2年続いた。大切にしたくて、キス止まり。同棲も結婚してからにしようと律は我慢していたが、その慎重さが仇となった。
先週の土曜日
レストランの個室で、律は美里に一輪の7分咲きの赤いバラを無言で差し出された。彼女の手は震えていた。受け取ると、花屋で包装されたのであろうそれは、トゲが全て処理されていた。
「本数が多いと持ち運びに困ると思って……。私、律くんが大好きです。もし、今貴方と結婚したいって言ったら、OKしてくれる?」
律は思わず息を飲む。目を見開き、数秒停止した。驚きすぎて、言葉が出て来なかった。
美里は、それを拒否だと受け取った。
「私、律くんとの子どもが欲しかった。でもね、母から結婚を急かされてて。もう、待てないや……」
美里は涙を流しながら、身につけていたサファイアのネックレスを外した。それは、律が彼女の誕生日プレゼントに渡したものだった。保証書が入ったケースにしまい、律へと差し出した。
「最初からずっと、自分の気持ちを押し付けてばかりでごめんなさい。困らせちゃってたよね?」
「みさと……」
「このネックレス、勤務外にずっと付けていたの。
出張で会えない時も、律くんがそばに居てくれるみたいで幸せだった。でも、返しますね。……別れてください」
律の手から、バラが滑り落ちた。美里は一万円札をテーブルに置いて、去って行った。
「多崎は営業エースとされているけど、それは下請けいじめギリギリの手段で利益を水増ししてたこと、履歴を見れば丸わかりなんだよ……」
(美里の純粋さを汚す事は、許さない…!)
律は、社内SNS管理権限で多崎のアカウントを一時凍結し、人事部へ〈ハラスメント予備軍〉だとログを転送した。
そして、自宅に持ち帰る資料の選定にかかった。




