第1話
桔梗さんは碁盤の前に再び座り込んで片手で本を開きながら碁石を並べ初めました。
「深幸、夕食の用意をして……」
ハイと二つ返事で了解した深幸ちゃんは部屋の外へ向かって行きました。
命令した後、桔梗さんは私達の事なんて気にせず、静寂の中パチッパチッと一人で囲碁に夢中になっている。
このままだと、いけ好かない縁史と二人っきりになってしまうのでこの場を離れるため理由をコイツより先に考えた。
「深幸ちゃん、手伝いますよ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
私は深幸ちゃんの後ろに着いて行き、とりあえずこの部屋からも縁史からも離れる事に成功した。
桔梗さんの部屋を閉めて先に廊下を歩いている彼女を追いかけた。すると私の前を歩きながら深幸ちゃんが話し掛けてきた。
「いやぁ、お姉ちゃんのお腹が鳴らなかったらどうなっていた事か」
私の出来たての傷に笑いながら触れてきた。本当やめて、そしてそんな事で休戦しているのも余計に恥ずかしいから。
でも実際問題あのまま戦闘に入っていたらどうなったのでしょうか。
傍から見ている私からすればどう考えても縁史に勝ち目は無いと断言できます。だけど縁史が無鉄砲に立ち向かったとしたら、最悪あの場では取り返しがつかなかったかもしれません。
「まあ、ある意味アイツの命が助かったのは私のおかげと言っても良いかもしれないからね。そこは深く感謝でもしてもらおうかな」
恥ずかしさを通り越したのか私は開き直って深幸ちゃんに返した。すると彼女はゆっくりと立ち止まり私の方へと振り返り驚いた様子でこちらを見ていた。
「やっぱりお姉ちゃん変わったね」
「え? そうなのかな?」
「前まではそんな感じで返して来なかったよ」
これは予想なのですが記憶を取り戻したからでしょう。これが本来の私と問われれば分からないけど、記憶を取り戻す以前も見ている深幸ちゃんからすれば違和感があるのですね。
しかし記憶を取り戻したと言っても私を召喚したのはあの縁史とかいう男の話だけで正直、別に思い出す必要は無かったような気がするのですが良かったのでしょうか。
私は再び歩き始めた深幸ちゃんに着いていきながら台所へと向かった。
「ちょっと待ってね、材料を用意するから」
深幸ちゃんは備蓄している場所から食材を幾つか選んでまな板の上に置いた。
それから彼女の夕食の準備をする働きぶりは素晴らしいものでした。
鍋に水を入れながら野菜の皮を剥いて山菜を切り分けて、竈門で火の準備をしている。そして何をすれば良いのか分からない私にも手伝えそうな簡単な作業を与えてくれた。
私の仕事は七輪で火にかけた魚を暫く眺めて、裏返してもう片面を焼く作業をした。
「それが終わったらこれを切って頂戴」
彼女はぬか床から漬物を取り出して、それを一口大に刻むよう指示しました。
包丁を手にした私は胡瓜を細かく切って、その横で深幸ちゃんは汁物を作っていた。
「ねえ、何であのお兄ちゃんを殴ったの?」
耳慣れない単語を言われたがすぐに縁史の事だと察した。
個人的な恨みというかムカついて殴ったとそのまま言って良いのだろうか。そういえば怒りに任せてアイツの腹を殴ったけど特に効いている様子は無かったな。
私が無言のままでいると深幸ちゃんはそのまま話し続けた。
「お姉ちゃんってなんていうか、ハッキリした性格になったよね」
今の私が彼女に与えている印象はそのように感じるのだろう。
ていうかこれからの私はこのままの性格で良いのかな。実はさっき深幸ちゃんに『前の方が良かった』っていう言葉は地味に傷ついているんですよね、内緒にしておきますけど。
「ねえ、こっちに来る前の記憶が戻ったのなら教えてよ。向こうで何があったの?」
深幸ちゃんは面白そうな事を見つけた時の目をしています。
思い返して見れば彼女はいつも何かを知りたがっている気がしますね。
私はこっちに来る前に何があったのか、つまり縁史に召喚されてここに来るまでの事を話し始めた。




