拘置所生活 初日6
久しぶりの出来立ての食事。
留置所から数えると数ヶ月ぶりだった。
アツアツの白米。
味付けは濃いが食べ応えのある肉味噌炒め。
ダシが効いたほうれん草のおひたし。
食べようと思えば娑婆ではいつでも食べられる。
でも今はそうではない。
俺は感動しながら味わって食べた。
ふと回りを見て気付いた。
俺は衝撃を受ける。
吉富さんと相田さんは、食べ終わって食器を片付け始めていた。他の人もご飯はほとんど残っていない。
俺はまだ半分以上残っている。
そりゃそうだ。
まだ食べ始めて3〜4分。
嘘だろ…
これは拘置所、刑務所あるあるの一つ。
食べるのが異常に早くなるのだ。
ここでの生活は時間が限られている。
特に朝は時間がない。
受刑者は起きたらすぐ洗面、トイレ、点検、そして朝ご飯。朝ご飯の後は片付け、歯磨き、出役という流れがある。出役とは刑務作業に行くことだ。
ゆっくりご飯を食べようものなら、片付けが遅くなり皆に迷惑がかかる。
出役の時間は決まっているからな。
だから急いで食べる。
未決囚は受刑している訳ではないから関係なさそうだが、不思議と皆早くなるんだ。周囲が皆早いからだろう。
俺が慌てて食べるスピードを上げると村山さんが笑いながら言う。
「伊達さん、気にしないで。
ゆっくり食べていいよ」
そんなことを言われても皆もう食べ終わっていた。
食器は全て種類ごとに中央に集められている。
ヨーグルトの空のカップも積まれていた。
まだ食べているのは俺だけ。
皆は座って談笑しているが、明らかに俺が食べ終わるのを待っていた。
ゆっくり食べられる訳がない。
結局、出来立てご飯をゆっくり味わえたのは最初だけで、後半は慌てて食べ終えることになった。
食べ終えると、村山さんが回りを見て確認する。
「いただきました!」
「ご馳走様でした」ではなく「いただきました」。
ここではこれが普通だ。
なぜなのか理由は分からないが、ムショ飯はご馳走じゃないからという説があるようだ。
掛け声の後、皆が一斉に動き出す。
吉富さんはカップと箸を回収し、洗面所に向かった。
松山さんは台拭きで机を拭いている。
村山さんと相田さんは松山さんが拭いた机を元の位置に戻し始めた。
俺は何をすれば良いのだ。
呆気に取られて見ていると村山さんが近寄ってきた。
「昼ご飯の後は特にすることはないよ。
自分の机でリラックスしてて良いから」
なるほど。
俺は皆と一緒に机を元の位置に戻す作業を手伝い、その後自分の席に戻った。本でも読みたいところだが、キャリーケースには何も入っていない。
「そういや、自分の本とか服はいつ部屋に入るんですか」
本がなければ、貸すこともできない。
それにこんな暑い中で着替えがないなど考えられなかった。
「今日来たなら、持ち物は明日かな。
あ、今日は金曜か。なら月曜だよ」
「は?」
俺は耳を疑った。
俺がいた拘置所は、入所してすぐ持ち物全てが刑務官に調べられる。領置物調べと呼ばれるこの作業があるために、本や衣類などの持ち物は入所して翌日に手元に届く。
この日は金曜日。
拘置所も市役所のように官営だから土日は休みとなる。金曜日に入所してしまうと、持ち物は月曜日まで待たねばならない。入所日としては最悪の日だったようだ。
7月の暑い時期。
クーラーなど当然なく、更に着替えもない。
入所して早々、暗い気分になる。
「災難だったね」
村山さんが笑いながら言う。
俺は全く笑えない。
引き攣った笑いを浮かべていると、吉富さんが近寄ってきた。
「俺のパンツあげるよ。これ使ったら?返さなくて良いから。本も貸してあげるから、読みたいのがあったら言って」
この時、俺には吉富さんが神に見えた。