拘置所生活 初日3
棚をまじまじと眺めていると、村山さんが近寄ってきた。
「伊達さんは何か本持ってきましたか?」
俺もミステリーの本と漫画を持っていたのでそれを伝えると、村山さんは「お、まじですか!」と嬉しそうな顔をした。
拘置所や刑務所では本の貸し借りはもちろん、物のやり取りは禁止されている。それを許すと、物を沢山持っている囚人の力が強くなり、上下関係が生まれ、トラブルに発展するからだ。
拘置所では、未決拘禁者はお菓子が購入できる。
お菓子は甘味に乏しい囚人の最大の娯楽の一つ。
金がなくてお菓子を購入できない囚人の中には、金に困っていない同囚に媚びへつらってお菓子を恵んでもらおうとする者がいる。海外の刑務所では珍しくないだろうが、日本の刑務所はその行為を懲罰事項として厳しく禁止しているんだ。
お菓子のやり取りを刑務官に見られたら、すぐ取調室に連れていかれる。信じられないかもしれないが、本当の話だ。
いい歳したおっさんがお菓子のやり取りで取調室に連れていかれ、刑務官に怒号を浴びせられるんだ。こう書くと笑えるが、実際その目に遭うと笑えない。刑務官も本気だからな。大人に本気でキレられたことがない新入の中には耐えられず泣く者も出てくるほどだ。
ただ、本の貸し借りも懲罰事項なんだが、お菓子よりもゆるく黙認されていた。
事情は理解できる。厳しく取り締まるばかりでは、逆に大きな反発を招きかねない。俺の拘置所では普通に本の貸し借りをしていた。
その結果、囚人は新入がどんな本を持って入ってくるか期待するようになったんだ。
漫画を大量に持っていれば大当たり。
小説でも人気のジャンルならOK。
何もなければ落胆した。もちろん、これが原因でイジメや差別されることはなかった。あくまでも、これが原因で、だがな。
「僕が持ってるのは東野圭吾の小説とワンピースの最新巻が数冊ですね…」
「全然良いですよ!
後で読ませて下さい」
村山さんは嬉しそうに言いながら自分の席に戻っていった。
拘置所の部屋には、元々置かれてある本はある。
官本と呼ばれるものだ。
俺の拘置所では部屋に小説10冊、漫画5冊が置かれ1週間に1回、官本の交換があった。
毎週水曜日、刑務官が本を交換してくれる。
部屋ごとに本を回すんだ。
俺の部屋は9室だったが、同じ本が8室→9室→10室と回っていく。漫画は続き物が入ってくることが多いが、興味のないものだったら最悪だ。
俺のときは犬が喋る漫画が大量にあった。40巻くらいあったかな?面白くない訳ではないが、拘置所で犬が喋る漫画?と笑えてくる。
40巻だと8回分だ。
月換算だと、2か月分か?
2か月通しで犬が喋る漫画を見続けるんだ。
5冊の漫画は1日で読み終えるから、何回も何回も読み続けたりする。娑婆ではそんなに興味がない漫画本を繰り返し読む事はないから不思議な気持ちになった。
ちなみに留置所では少し違う。各留置所で体制が違うから決まった事は言えないが、俺がいた所は週に3回、午前中に運動時間というものがあった。この運動時間とは名ばかりで、少し広めの部屋にいくだけだった。警察官監視のもと、髭をそったり爪を切ったりする時間なのだが、この部屋には官本もあった。そして、その官本を自由に3冊選んで自分の部屋に持ってよいことになっていたんだ。
漫画でも小説でも3冊。
同じ部屋に2~3人で過ごすことが普通だから、中の人と話をして漫画の続きものを3冊ずつ借りることも多かったな。
本の貸し借りも自由だったんだ。
3人いたら9冊となり、結構長い間読める。
頑張れば、1週間に27冊読める訳だ。
その代わり、その留置所内の漫画を全て読み終えて暇になるのも早かったけどな。