酸味ある契約
「お姉さん、僕達がどんな存在か分かる?」
「さ、サンタさんコスをした黒色好きな人? 人?」
「人であるかどうかも疑心暗鬼になってるけど······。シロ、さっさと記憶を――」
彼がトンっと地を蹴る。三十センチほどの距離が一瞬で詰まり、美咲は唇にあたるものを感じた。シロが、眼前どころか、鼻先まで近付いていることを視認する。
唇にあたったのは、彼の唇であった。理解した途端、麻痺していた感覚がクリアになっていく。
文字通り目と鼻の先にある、彼の瞳は、血よりも濃く、それでいて透明感のある紅だ。これほど綺麗な紅を見たことがない。そこから、徐々に触覚が感じ取れるようになる。
唇に触れる、柔らかい感触。そこから、液体のような、何かが喉まで侵入してくる。味覚が感じ取ったのは、ベリー系のような、甘酸っぱい味だ。
口を塞がれていることで、吐き出すことは出来ない。喉の手前まで来ると、そのまま唾ごと飲み込んだ。
彼の顔が離れると、美咲はその場にへたりこんだ。ただキスをしただけなのに、膝が笑っている。ファーストキスがディープなのはなかなかにアダルトだ。
そんな彼女をみて満足したのか、彼は微笑みを零して路地裏の出口へと向かう。
イルミネーションの街路に出る前に、彼らはもう一度彼女を振り向いた。
「「メリークリスマス。良い夜を、お姉さん」」
紅と蒼。相反する色をそれぞれギラつかせている。不思議と、目は離せなかった。
立ち去った二人の黒いサンタクロースがいた、路地裏の出口を、しばらく彼女は見つめていた。
たった十数分のできごと。月はまだ変わらず月光を路地裏へ差し込んでいる。路地裏から見える空は、非常に狭いが、暫く雲はかかりそうにない。
立ち上がり、彼女は路地裏を出た。
あの出来事を知らなかったように、人は街路を行き交う。クリスマスという聖夜を謳歌する。
それを見た彼女は、夢だったのかと安堵した。そう、思い込んだ。
何事も無かったかのように、街路を歩き、友人と会う。彼女は、再び何事もない日常に溶け込んだ。




