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第183話 訪問者

前回までのライブ配信


アイリスはサピエンス神官長に正体を明かし、クルエンタス議員の黒い噂や家族の情報などを得る。その後、ソフィアとサトゥルヌス神殿の外へ出ると、第一軍団のピロという人物が接触してくるのだった。

 朝。

 ウァレリウス邸の侍女の部屋で目を覚ます。

 少し寝足りない。


 昨夜はあれからもソフィアと話をした。


 まず、第一軍団のピロさんのこと。

 次にソフィアのお父さんに会ってみるつもりがないという話。

 あと、クルエンタス議員の邸宅の場所を教えてもらったり、黒色のドレスを譲ってもらったりした。


 ピロさんにいろいろ聞かれたことについては、ソフィアにとって楽しかったようだ。

 彼女にとっては、あの駆け引きが新鮮だったらしい。

 私といると飽きないと喜んでいた。


 良かったというべきだろうか。

 今のところは私が原因で危険なことに巻き込まれてるってことはないからいいのかな?


 私が彼女のお父さんに会うというのは、ゼルディウスさんに勝利した強さをその身で感じて貰うためだそうだ。

 現役のパンクラチオンの闘技者であることを諦めさせたいのかもしれない。


 私は考えてこう言っておいた。


「ソフィアがお父さんと試合するのはどう?」


「普段から試合はしてるよ」


「その試合で勝ててる?」


「いや、勝ててない」


「ソフィアが勝ってみせるのはかなり効果があるんじゃない?」


「私が、か。もしかして、何か勝てる手だてがあったりする?」


「手だてというか、ソフィアが単純に強くなるだけだね」


「――へぇ」


 そこで不敵に笑っていた。


「いくつかソフィアにしか試せないアイデアがあるんだよね」


「私にしか使えない!」


 目がキラキラしていた。


「ソフィアって土とか魔術で見られるよね」


「一応ね」


「それを使ったアイデア」


 続けてそのアイデアを話した。


 1つは骨格を見て、支点を感知し先読みしたり、骨盤でお尻がバランスを取る動きを見るというもの。

 骨はカルシウムが主成分なはずなので、実際にソフィアに魔術的に見て貰った。


 彼女も驚くほどはっきりと認識できたらしい。


 もう1つは地面や床のブラウン運動を、同じ方向に動かすことで揺れを起こすというもの。

 立っている人であれば、バランスを崩してお尻が動き、金縛り状態になるんじゃないだろうか。


 これは立ち止まっている人間相手にしか使えない。

 でも、使える状況なら強力な武器になる。


 地面を揺らすのは、今ソフィアと話していて思いついたものなので、私も実際にやってみるつもりだ。

 温度を操る魔術ができれば難しくないはず。


 教えればセーラも使えそうな気がしてきた。

 セーラはお尻の動きが見えないと思うけど、一瞬金縛り状態になると知っているだけでも有利になる。

 

 ソフィアはかなり前向きだった。

 この魔術が卑怯とかは考えてないみたいだ。

 試合するときは「魔術あり」と同意を得てからやればいいという考えらしい。


 私は昨夜の振り返りを止めて、朝の準備に移った。


 それから、普段通りヴィヴィアナさんと掃除をこなす。

 すると急な来客があった。

 ウルフガーさんがお客様の対応を行う。


 私は掃除を止めて、お客様のためにワインを冷やす仕事へと移った。


 来客された方は、あのホルテンシウス様らしい。

 ウァレリウス様が土地経営を任せている方だ。

 数年前の干ばつが原因で、彼から支払われるはずの収入が途絶えてるんだったか。


 ウァレリウス様はホルテンシウス様を信頼されているようだ。

 でも、私は疑わしいと考えている。


 準備を終え、挨拶も終わったようなので給仕のために応接室に入っていった。


「失礼いたします」


 ワインを持って入り、一礼する。

 礼の後、顔を上げた際に、ホルテンシウス様に全身を見られた。


 彼の歳はウァレリウス様と同じくらいか。

 40代半ばくらいだ。


 着ている服や雰囲気が若い気がする。

 ギラギラ感があるというか。

 ただ、派手な感じはなくあくまで貴族の範疇ではだけど。


 気にせずに、そのホルテンシウス様に給仕を行う。

 彼の後ろには、40歳前後の執事がいる。

 特に気になるようなところはない。


 続けてウァレリウス様の給仕を行う。

 そうして、私は壁際の定位置についた。


 ホルテンシウス様がワインに口をつける。


「――な、驚いた。冷えているじゃないか。噂の彼女は魔術も使えるのか?」


「助かっているよ」


「いったいどこで手に入れたんだ? 何か事業で成功でもしたのか?」


「いや、相変わらずだ。運良く家に来てくれたといった経緯だな」


「信じがたいな」


 ホルテンシウス様が私をまた見てくる。

 私は気づかない素振りで視線を向けずに微笑み続けていた。


 それから、彼は農地の経営状態の悪さなどを報告しつつ、今年も利益が支払えないようなことを話す。


 ウァレリウス様の背後で立っているウルフガーさんが硬直したのが分かった。

 財務が厳しいんだろうな。

 私は、ホルテンシウス様がウァレリウス様へ向けている探るような視線が気になった。


「最近は侍女も総出で働かせてるがどうにもな」


「そうなのか。困ったな」


「ああ。そうだ。君のところの侍女を貸してくれないか?」 


「侍女を貸す?」


「彼女がいれば、農奴へ冷たい水を出したりもできる。志気もあがるだろう」


「いや、そうは言ってもな」


「1か月で構わない。頼む!」


「うーん」


「では、2週間だけ借りるというのはどうだ? 今度、来客があるんだ。困っているときはお互い様だろう」


 ウァレリウス様は答えかねている。

 困っているように私を横目で見てきた。


 ≫大丈夫なのか?≫

 ≫ウァレリウス様、押しに弱そうだからな≫


 ウァレリウス様の視線は軽く合わせるだけにして、アイコンタクト的な反応はしない。

 私は口を挟まないことにした。


 行きたくはないけど、もしも決まってしまったら考えよう。


 行けば農地経営の本当のところが調査できる。

 その場合、コモド流の本部へウルフガーさんと向かう約束はどうしようか。


「すまないが、彼女は奴隷階級ではない。紹介されてここで働いているだけなので、君に貸し出すことは難しい」


「1か月程度ならバレないんじゃないか? 頼む、私たちの仲だろう」


 ウァレリウス様は腕を組んだ。

 私をチラリと見るが、私が取り合わないのを見ると、大きく息を吐いて顔を上げた。


「すまない。我が家は派閥の新参として大事な時期だ。信用を損なうことは避けたい」


 ホルテンシウス様は意外そうに見ている。


「そうなったら私が派閥の復帰を願いでてもいい」


「君の申し出はありがたいが……」


「――いったい何が不満なんだ?」


 声色が変わるホルテンシウス様。

 機嫌を害したかのようだ。


「いや、不満があるという訳ではない。今の状況では彼女を貸すのは難しいという話だ」


「何か彼女が必要な予定でもあるのか?」


「軽微な予定以外はないが……」


「ならば少しの間、貸し出すことは可能だろう? 困っているんだ」


「うーん」


「大丈夫だ。必要になればすぐに返す。それならいいだろう」


「いや、やはり貸し出すことはできない。すまないが」


「なぜだ? 人に言えないことでもあるのか?」


「人に顔向けできないようなことはしてはいない」


「分からないな。それならばなぜ友人をないがしろにするような態度を取るのか」


「誤解だ。ないがしろにするつもりはない。派閥の新参として――」


「それはすでに聞いた。これまでの我々の友情を取るのか、第二皇子派への迎合を取るのかという話だ。どちらを取るつもりだ?」


 苛立った声だ。


「選べるものでは――」


「私が聞きたいのは、君の意志だ。どちらを選ぶんだ?」


 ≫こいつ汚いな≫

 ≫いるよな、こういう人間≫

 ≫二択に絞ってきたか≫

 ≫印象操作された二択≫


 ウァレリウス様は視線を落とした。


 うーん。

 ホルテンシウス様の術中にはまっている気がする。

 混乱を覚悟で少し流れを変えよう。


 私は邸宅上の上空で、空に向かった暴風の魔術を使った。


 ドンッという地響き混じりの音が支配する。

 音で僅かな振動すら感じた。

 場が騒然とする。


 私はすぐにウァレリウス様の元に行き、周囲を警戒している振りをした。

 ウルフガーさんもすぐにウァレリウス様の背中を守る。


「――今の音ですが」


 2人にだけ視線を合わせて小さな声で言って、私自身を指さした。

 ウルフガーさんが先に私の意図を察し、続けてウァレリウス様も気づく。


「ホルテンシウス様、ご無事でしょうか?」


 ウルフガーさんが声を掛ける。


「あ、ああ。なんだ? 大丈夫なのか?」


「様子を確認して参ります」


 私は言って、「失礼いたします」と応接室から出ていった。

 すぐに外を確認する振りだけをして、メリサさんを初めとして問題がないことを伝えていく。


 しばらくして応接室に戻った。


「失礼いたしました。外を確認し、近くに問題が発生していないことを確認しました」


 ウァレリウス様は私の報告を聞き、頷く。


「現状のところ問題はないようだ。話を続けよう」


「あ、ああ」


「先ほどの話だ。申し訳ないと思うのだが、やはり彼女は貸し出せない」


「なんだと?」


「彼女は今のウァレリウス家に必要だ。少し前、賊に襲撃されたときのことを思い出したよ。そのときはとても彼女に助けられた。彼女がいなければ、こうして平穏に暮らせていたかどうかも分からない」


 ウァレリウス様の背筋が伸びている。


 ≫流れ変わったな!≫

 ≫襲撃ってなつかしいな≫


「困っている友人を見捨てるというのか?」


「そうは言っていない。別の方法があるはずだ」


「――もういい」


「君に協力させてくれ」


「いいと言っているだろう。君がこれほど薄情な人間とは思わなかった」


「お、おい」


「サビヌス。行くぞ」


「はっ!」


 ホルテンシウス様は後ろの執事に声を掛けると、立ち上がった。


「ア、アンニウス」


 ウァレリウス様が声を掛ける。

 アンニウスというのがホルテンシウス様の名前なんだろう。


「――気が変わったら連絡してくれ」


 それだけ言って、彼は去っていった。

 去り際、私を見る。

 値踏みするかのように。

 見送ろうとしたウァレリウス様に対しては、「見送りは結構」とだけ言葉を残す。


 ウルフガーさんだけが見送る形になった。


 しばらくすると、応接室に取り残されたウァレリウス様が肩を落とす。

 私と2人だけだ。


「断っていただいて助かりました。ありがとうございます」


「――当然のことをしたまでだ」


 顔色は悪い。


「失礼いたします」


 メリサさんが入ってきた。

 片づけだろう。

 もうすぐ昼食でもある。


 通常通りに昼食の給仕を行い、午後は掃除の仕事をする。

 掃除のあとはエミリウス様の魔術練習の時間になった。


「昨日の続きから始めさせてください。魔術の表と裏について、何か思いついたことはありますか?」


「はい。表とは水分子をコントロールすることだと気づきました。そして、裏とは水分子以外をコントロールすることではないですか?」


「その通りです。素晴らしい回答です」


「でも、実際にコントロールしようとすると難しくて……」


「方向性は大丈夫です。少しずつ進んでいきましょう」


 私は実際にやってみせるだけにしておいて、やり方はエミリウス様自身が考えるように促した。


 彼にはその力があることを伝える。

 また、今回の経験がエミリウス様が新しい魔術を生み出すキッカケとなるかも、とも伝えた。


 それから剣術練習に移る。

 私は、エミリウス様とウルフガーさんが練習するところを見守る形だ。


 途中で、楯の使い方や、剣での防御の仕方をウルフガーさんに求められた。

 あくまでエミリウス様に教えるという形で話す。


 エミリウス様は楯で防ぐとき、足を止めたまま身体のみを動かしがちだった。

 身体と一緒に、防ぐために使う楯や剣も僅かに動かすようにアドバイスする。


 コツとして、身体の方を大きく動かすことも伝える。


 しばらく練習していると、エミリウス様もウルフガーさんも動きがよくなり始めた。

 最短距離で、身体の中心で受け止められている。

 良い感じだ。


 回数を重ねていけば、条件反射でできるようになるはず。


 練習の終わり際に、ウルフガーさんとエミリウス様に声を掛けられた。


「夕食後、少し時間をもらってもいいだろうか? ウァレリウス家のことで相談したい」


 見ると、エミリウス様も頷いた。


「承知いたしました」


 良い話ではなさそうだ。

 ホルテンシウス様の話かな?

 根拠がある訳ではないけど、なんとなくそう思った。


 そして、夕食も終わり、自由時間となる。

 私はエミリウス様の部屋に招かれた。

 ウルフガーさんもいる。

 エミリウス様は目が据(す)わってるような。


「防音の魔術を使用した方がよろしいでしょうか?」


「頼む」


 答えたのはウルフガーさんだった。

 すぐに防音の魔術を使う。


「使いました」


「助かる」


「それでお話というのは、どの件についてでしょうか?」


「ああ。ホルテンシウス・コルヴォ様についての話だ」


「――承知いたしました。伺います」


 私は姿勢を正した。


「あの、念のため、私が話します」


 言ってエミリウス様が内容を話し始めた。


 ホルテンシウス様の農園は、周辺と比較して、不作が続きすぎていて不自然という話だった。

 また、聞き込みに人を雇ったところ、ホルテンシウス様の農園の評判はあまり良くないようだった。


「お父様はホルテンシウス様を友人として信頼していらっしゃいます。そのこともあり、お父様にご相談するのは時期尚早と考えてます。オプス神殿に相談することも考えましたが……」


「それならばフィリッパに相談してはと提案させてもらった」


 ウルフガーさんが自信満々に語った。

 妙に信頼されてる気がする……。


 あと、聞き込みに人を雇ったというのが気になる。


 ホルテンシウス様が今日来たことと関係しているのかもしれない。

 探られていると知ったら、様子を確認したいと思うのが自然なリアクションだ。


 ただ、もしそうなら後ろ暗いこともあるということだ。


 ――スピード勝負になりそうか。


「承知いたしました。お2人にサトゥルヌス神殿の神官長、サピエンス様を紹介いたします。信頼できる方です」


「サトゥルヌス神殿の神官長……! 先生はそのような方とお知り合いなのですね」


 2人の顔が少し明るくなったような気がした。


「ソフィア繋がりですね。オプス神殿についてですが、カミラさんはもちろん、ソフィアについても信頼できます。しかし、他の方々についてはあまり存じておりません」


「そうなのですか」


「はい。ただ、サトゥルヌス神殿ですと、農地の調査という訳にはいきません。税からのアプローチとなってしまいます。いかがでしょうか」


「税金ですか。ウルフガー、どう?」


「ホルテンシウス家からも税の内訳は報告していると思われます。齟齬(そご)があれば、神殿が黙ってはいないでしょう」


 ≫税金を正確に払ってない可能がある、と≫

 ≫不作が嘘なら、脱税の可能性があるんだな≫


 脱税ならサトゥルヌス神殿も動かざるを得ないか。


「突破口になるかもしれませんね。私は資産管理について、全くの素人です。ですので、神官長をお2人へ紹介するに留めます。外出したタイミングで確認してきますね」


「頼む」


「――ホルテンシウス様は、フィリッパ先生に適切でないことをおっしゃられていたみたいですね。少々、分かってもらう必要があるかもしれません」


 エミリウス様の笑顔が怖い。

 いつもと雰囲気が違うのは気のせいじゃなかった。


「左様でございますね。ウァレリウス様のやさしさにつけ込んでということであれば、反省していただく必要がございます」


 ウルフガーさんも何か怖い。

 こっちは何か忠犬的な印象があるけど。


 でも、目的が同じこともあって、良いコンビになってきている気がする。

 ホルテンシウス様のことで、2人が良い方向に向かってくれるかも。


「私が言うのもおかしな話ですが、お2人の手に負えないと僅かにでも考えた場合、私に相談して貰えると助かります」


 2人とも頷いてくれた。

 基本的にはホルテンシウス様関係は私は直接的に協力しない予定だ。

 この2人なら良い結果になると信じよう。


 乗り越えられれば、2人が協力してウァレリウス家の資産管理を担当する未来も出てくる。

 前向きな先行きを想像しながら、話し合いは終わった。


 さて、遅くなってしまったけど、今からクルエンタス議員の邸宅に行くつもりだ。

 偵察目的で。

 偵察といっても、邸宅の場所と警備状況などを確認するだけに留める。


 私は黒いドレスを持って、ウァレリウス家の浴場に入った。

 今は使ってない浴場だ。

 掃除はしているので綺麗だけど。

 そこで着替える。


 素振りをしているウルフガーさんに出掛けますとだけ伝えて外へ出た。


 私はソフィアに教わった通り、クルエンタス議員の邸宅があるアウェンティヌスの丘へと向かった。

 アウェンティヌスの丘はローマ市の南側にある。


「これから、飛んでクルエンタス邸を探します」


 私は北極星を確認してから、南方面へ飛んだ。


 夜でしかも灯りが少ないので、議員の邸宅を探すのはかなり大変だった。

 それでも、近くに競技場があるということを頼りになんとか見つけることができる。


 聞いてはいたけど、大きな邸宅ではなかった。

 庭まで入れると、ウァレリウス邸と同じくらいかもしれない。

 私は丘の開けた場所へ降り立つと、クルエンタス邸の傍に行き、すぐ偵察を開始した。


「地上に降りました。何も見えないとは思いますけど。まずは警備の様子を確認します」


 視聴者に伝える。


 警備は6人。

 多めだとは思うけど、異常な数というほどでもない。

 驚いたのは門側に犬が2匹いたことだ。

 正面から入る訳にはいかないな。


 裏から外壁を飛び越え、建物内の調査を行う。


 建物は少し大きめだ。

 中には家族らしき人々や執事らしき人物、侍女がいる。

 警備らしい警備はいない。

 クルエンタス議員もいないようだ。


 侍女が慌ただしく何かの準備をしているようだった。

 家族と思われる女性陣は身だしなみを整えている。

 誰か来るのだろうか。


 しばらく、建物内を観察していると、門側に馬車が到着した。


 一度、外壁の外へ出て、門へと向かう。


「クルエンタス邸へ馬車が2台やってきました。確認に向かいます」


 ≫馬車?≫

 ≫2台ってどういうことだ?≫


「分かりません。クルエンタス議員は邸宅内にいなかったので、1台は彼が乗っていると思われます。もう1台はお客様かもしれません」


 まず、1台の馬車は門を入っていった。

 2台目の馬車は少し遅れてやってきて門へは入らずに外に留まっている。


 やっぱり、お客様?


 近づかずに、外壁に隠れた状態で確認する。

 門へ入った方の馬車には、クルエンタス議員と思われる人物がいる。


 議員に付いている護衛は6人。

 多いな。

 しかも全員が強そうだ。


 じっとしていると、クルエンタス議員が馬車から出て、門へと向かった。

 門までの距離は結構ある。

 やっぱりお客様なんだろう。


 私は議員のお客様として、どんな人物が来ているのか気になった。

 確認するため2台目の馬車の後ろへと回り込む。

 遮蔽物があった方が見つかりにくいはずなので、他の邸宅の外壁に隠れる。


 注意深く、お客様と思われる一団を見ていると、何かどこかで見たことがある気がしてきた。

 はっきりとは分からないけど、通常、護衛が着ている鎧を着ていない。

 着ているのはローマっぽくない装束。


 サオシュヤントさん――カイハーン王子の可能性がある。


「カイハーン王子かもしれません」


 ≫カイハーンってサオシュヤント?≫

 ≫ペルシア王子か≫

 ≫なんの繋がりが?≫

 ≫アイリスの正体知ってるからまずいのでは?≫


 接触するなら今しかない。

 でも、王子でなければ面倒なことになるかも。

 クルエンタス議員が近づいてきている。

 迷っている時間はない。


「接触します」


 ≫マジか≫

 ≫大丈夫なのか?≫

 ≫度胸あるな≫


 私は考えるのをやめて2台目の馬車へ近づいた。

 人違いなら、ただの通りすがりで、別のお宅へお使いに来たと話そう。

 割と高級な黒いドレスらしいけど、夜だしよく分からないだろう。


 何気なく歩いていく。


 護衛が私に気づいた。

 警戒して、ハンドサインで周りに伝え、統制をとる。

 真剣さがローマの護衛にはないものだ。

 気づかない振りのまま近づいていく。


 指示を送っている人物の気配にも覚えがあった。

 ルキヴィス先生と戦った人だと思う。


 確信を持つ。

 カイハーン王子たちだ。

 その上で、彼らに近づいていった。

 近づいていったのは馬車の後ろ側。

 クルエンタス議員から死角にあたる位置。


 私が近づいていっているからだろう。

 場が緊迫する。


「失礼します。闘技場以来ですね。フィリッパです。何かする意志はありません」


 無抵抗を示すために両手は軽く挙げた。


 指揮をとっている人が無言で片手を横へ広げる。

 手を出すなという指示だろう。


「――何の用だ」


 探るようにこちらに視線を向ける。

 足が悪いとはいえ、クルエンタス議員も確実に近づいてきている。

 カイハーン王子と話し合ってる余裕はないだろう。


「クルエンタス議員は得体のしれない人物です。私も護衛として、ご同行できませんか?」


「なに?」


 彼は一瞬考えて、何かを部下に指示した。

 馬車からカイハーン王子が出てくる。

 続けてミティウス様も出てきた。

 通訳として同行しているのだろうか。


 私は一礼して「フィリッパです」と名乗った。

 王子はミティウス様とアイコンタクトをとる。


 クルエンタス議員は門のあたりまで近づいてきている。


 指揮をとっていた人物が、何か話す。

 ペルシア語だろう。

 再び王子とミティウス様がアイコンタクト。

 ミティウス様が王子に一言話す。

 カイハーン王子は私に顔を向けた。


「服を貸す。着替えは馬車を使っていいぞ」


「ありがとうございます!」


 カイハーン王子はすばやく言って、何か指示をしていた。

 護衛の指揮の人は何か言い掛けたが、黙って頭を下げる。


 私は護衛の服装と、顔を隠すための頭巾を借りた。


 私は小声で失礼しますといって、馬車に入る。

 入るとき、他の護衛たちには凝視された。


 すぐに着替える。

 黒のドレスはどうしようかと悩んだけど、畳んで装束の帯にくくりつけた。


 装束は男物なので、少し大きめだ。

 胸はどうしようもないので、女性の護衛と言い張るしかないだろう。


 外では、カイハーン王子がクルエンタス議員と話している。

 ミティウス様の通訳を通してだけど。


 私は最後に頭巾を被った。

 私は少し考えて、目まで隠す。

 布くらいなら、魔術で光を透過できる。


 集中力が多少削がれるし、違和感も持たれるだろう。

 でも、一切顔を見られない方が大事だ。


 私は静かに馬車を出た。

 斜め前には指示役の人がいる。


「――こちらの指示に従え。勝手な行動は慎めよ」


「承知いたしました」


 しぶしぶといった声で言われる。

 私は彼の背後につく形で、カイハーン王子の護衛として、クルエンタス議員の邸宅へ入っていくのだった。

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