第147話 公衆浴場
前回までのライブ配信。
閉会式後、アイリスは女神イリスに尾行されながらも無事戻り、休息を取る。翌日昼まで休んだ後、ペルシアの外交使節団が来ることを聞き、皇帝の護衛を依頼される。彼女はペルシアの情報を聞くために、貴族の令嬢に扮してセーラと面会することになるのだった。
応接室を出て、忙しそうなビブルス長官を見送る。
皇帝の護衛の人員不足に悩んでいる様子だったので、マリカも行くことになった。
彼女も慌てて着替えに向かう。
私はセーラとの面会だ。
場所は公衆浴場にあるというVIPルームで行うことになった。
ミカエルの提案で、VIPルームへ入れるように招待状を書いてくれるらしい。
ローマの公衆浴場か。
カラカラ浴場は歴史の授業で習ったのを覚えている。
それ以上のことは知らないので、どういう場所なのかのイメージはつかないけど。
その後は、ラデュケによって私の姿が貴族のお嬢様風に仕立て上げられる時間だった。
彼女の友達になったという2人に手伝って貰う。
ミカエルもその2人ならということで、手伝いすることにOKを出した。
1人は線が細く儚げながらしっかりしてそうな人で、少し年上に見える。
もう1人は、ラデュケと同じくらいの年齢で、切り揃えられた黒髪が綺麗な美少女だった。
改めて思う。
この邸宅って美人率高すぎでは?
視聴者のコメントもミカエルへの嫉妬だらけだ。
「服を取りに行ってきます」
ラデュケが出て行った。
お手伝いの2人と残される。
「お二人はラデュケとどうやって知り合ったんですか?」
迷ったけど彼女たちに話を振ってみた。
ミカエルが手伝いを許可したくらいだ。
少なくともスパイではないはず。
「ラデュケさんがこのネックレスを褒めてくださったんです」
笑顔で話してくれたのは、私より少し年上な雰囲気のお姉さんだった。
ネックレスをした首元はほっそりとして、肌はきめ細かやで色気がある。
「素敵ですね。装飾品のことは良く分かりませんが、とても良くお似合いだと思います」
「ありがとうございます」
「ネフェルは、ラデュケさんがいろいろなことを知ってて興味があったみたいです」
「あります」
ネフェルと呼ばれた黒髪の美少女が言った。
飾り気のない低音成分の多い声だ。
寡黙な雰囲気があるけど、物怖じしてる訳じゃなさそうだった。
「ずっと気になっていたことがあるんです。聞いてもよろしいですか?」
お姉さんが意を決したように聞いてくる。
「はい。なんでしょう?」
「気を悪くさせたらごめんなさい。貴女ってミカエル様の元に来た訳ではないのですよね?」
「――ミカエル様の元、ですか?」
≫あっ……≫
≫愛人ってことだろ≫
≫ハーレム要員ってやつか≫
≫キィー!≫
≫爆発しろ!≫
そ、そういう意味か!
「い、いえ、あの、意味が分かりました。一時的に住まわせて貰ってるだけです。ミカエル様とはなんの関係もありません!」
慌てて否定する。
「ふぅ、良かったです」
「良かった?」
「はい。ずっと貴女のことが噂になっていまして、皆さんからも聞いて欲しいという声があって……」
「噂?」
「貴女がミカエル様のお気に入りなんじゃないかと」
「なっ!」
「でも、違うと分かりましたので。ふふ、ラデュケさんの言っていたとおりの方ですね」
「ラデュケは私のことをなんて?」
「親しみやすい方だと」
「――そうですか。親しみやすいといってもラデュケほどじゃないですけどね。いっぱい話してください」
「ふふ」
彼女はなにやら納得している様子だ。
「ネフェルさん? で良いですか?」
「はい」
「では、ネフェルさんとお呼びしますね。貴女はラデュケのファッションセンスに興味があるんですか?」
「興味あります」
「この子はアクセサリーを作ったりしてるので、興味があるんだと思います」
「アクセサリーを! 手先が器用なんですね。すごいです」
「そうでもな――ありません」
否定しながらも、嬉しそうだ。
「作ったアクセサリーはラデュケに見せたりしました?」
「しました。なかなかにこれが難しいです」
「お待たせしましたー! あ、入り口に置いてください」
ラデュケが何人かに手伝って貰って服を持ってくる。
結構な量だ。
「あれ? 今、話してませんでした?」
「うん。ネフェルさんが作ったアクセサリーをラデュケに見せたって話をしてた」
「あー、その話ですか。ごめんね、あの時は」
「いい。嬉しかったから」
話を聞くと、ラデュケが彼女作のアクセサリーを上手いけど素人レベルと評したらしい。
もちろん、最初は出来を褒めてたけど、ネフェルさんの雰囲気を察して本音で語ったそうだ。
でもそのお陰で仲が良くなったらしい。
それから、2人と話しながら準備を進めた。
ラデュケは話している余裕はなさそうだけど。
途中、以前に私の服を隠したりしてきたテルティアさんのことを聞いてみたけど、あまり良く知らないようだった。
貴族のウァレリウス家、と付け足すと彼女が誰か分かったようだった。
少なくともお姉さんの周りでは評判は良くないらしい。
「ここだと階級はあまり関係ないんですね」
「誰もリンダ様に逆らえないですから」
あ、そういう力の関係で成り立ってるのか。
女性のトップとして、ミカエルから信頼されて任されているリンダさん。
彼女が下す評価はすぐにミカエルにも伝わるだろう。
女性たちがミカエルの寵愛を求めるなら、当然リンダさんには逆らえない。
この邸宅の力関係には多少興味があるけど、あまり探るのも不自然か。
その後は彼女たち2人についての当たり障りのない話をした。
少なくとも、お姉さんの方はミカエルに恋愛感情を持っているっぽいな。
話している間にも、準備は着々と進んでいく。
服を着る前にウィッグも付けられた。
黒気味の茶色で長さは腰ほどまである。
付けた状態で鏡の前に立つように言われた。
「髪だけで結構イメージ変わるね」
「そうなんですよ。たくさんウィッグがあって良かったです」
≫――良い≫
≫女性は変わるな≫
≫好みだわ≫
言いながらウィッグの髪を結い、服を着せて合わせていく。
化粧もやさしい感じな気がする。
宝石も散りばめられてて貴族っぽい。
「歩いてみてください」
言われるままに歩いてみた。
筋肉痛なので少しぎこちない。
「手を前で組んで、少しつま先を内側に向けてみてください。あ、手の甲を正面に向けると良いかもしれません」
歩き姿もラデュケにチェックされる。
鏡で見てみたけど、完全に別人だし本当の貴族みたいだ。
改めてすごいな。
≫完全に貴族令嬢だわ≫
≫お嬢様言葉使ってみて≫
≫ですわ!≫
「わたくし、自分の姿に驚きましたわ!」
「な、なんですか急に」
「いやちょっと、お嬢様言葉を試してみたくて……」
急に恥ずかしくなってきた。
「ふふ、楽しい方ですね」
「――面白い」
お姉さんもネフェルさんも笑顔になっている。
「今は良いですけど、外に出たら面白いのほどほどにしてくださいね」
「もちろんですわ!」
「――ぷっ!」
私が言うとラデュケがプルプルと震えだし、盛大に吹いた。
「もう、止めてくださいよー」
「ごめんごめん」
その場に居た全員が笑い、和やかなムードになる。
「さてと。私は次の場所へ行ってきますね」
「うん。お願い」
ラデュケが行く次の場所とはセーラのところだ。
セーラとはVIPルームで会うことになっているので、彼女もちゃんとした服装になる必要がある。
ラデュケは慌ただしく出て行った。
外に馬車が来ている。
私も出よう。
2人にお礼を言って、また別の機会にお話しましょうと伝えて部屋を出た。
部屋を出るときは、見つからないように出る。
裾を引きづらないように階段を降りていくと、彼らが居た。
メリクリウスさん、ミカエル、ルキヴィス先生。
「これは美しい。キミを巡って戦争が起きても不思議じゃないくらいだ」
最初に声を掛けてきたのはメリクリウスさんだ。
「確かに。美しさで言葉を失ったよ。これなら女神と呼んでも差し支えないと思いませんか?」
ミカエルがメリクリウスさんに振る。
「キミって僕の心労増やすの楽しんでないかい?」
「貴方は数多の柱の中でも一番親しみやすいと評判ですよ」
「本当? 騙してない?」
「騙すなんてとんでもない」
2人は会話を楽しんでいるようだった。
「――女は化けるな」
ルキヴィス先生だ。
下手に容姿を褒めてこないので安心だ。
「褒め言葉と受け取っておきます」
「ルキヴィスもこの女たらしを見習ってちゃんと褒めた方がいいんじゃない?」
「愛してる女だけ褒めてればいいのさ」
「言うねえ。その愛してる女はいるんだっけ?」
「すいぶん前に亡くなったって話ですよ」
「そっか。それは悪いこと聞いちゃったな」
「もう昔のことだ」
そ、そうなんだ。
重い話をさらりと混ぜてくるな……。
「それでは、私はいってきますね」
「ああ、いってこい」
「僕もそろそろ行こうかな。長居してた甲斐があったよ。キミの美しさなら千年は待てるね」
「もったいない言葉です」
「気を付けていってきてね」
ミカエルはただ笑顔で送り出すだけだった。
「はい。ありがとうございます。いってきます」
こうして、私はうつむき加減でしずしずと歩きながら馬車に乗るのだった。
それからどのくらい時間が過ぎただろうか。
馬車とはいえ、歩くスピードと同じくらいなのでどこへ行くのにも時間が掛かる。
スピード出されると揺れで大変そうだけど。
馬車は市街地を抜けたところで止まった。
導かれ、馬車の外に連れ出される。
うわっ。
公衆浴場は想像以上に大きかった。
建物も1つだけじゃない。
見上げるほどじゃないけど、コンクリート製なこともあって圧倒される。
≫でっか≫
≫これが銭湯だと?≫
≫これがローマ人の情熱よ≫
≫さすがにカラカラ浴場よりは小さく見えるな≫
≫あれは予算考えてない代物だから≫
カラカラ浴場ってこれより大きいのか。
少なくとも、函館にある銭湯とは比べものにならないほど大きい。
私は驚きを表情に出さないようにしながら、豪華な玄関に入っていった。
受付には綺麗な女性が2人居る。
私に付き添ってくれている女性が、受付の彼女にパピルスを見せた。
中に案内される。
まずは大きな部屋に通される。
天井が高い。
大理石で出来ているし、精巧な石像が置かれていて、塵1つ落ちてない。
私は中央付近のイスに案内されて座った。
飲み物のことを聞かれたので、ハーブティーを貰う。
私たちのために用意されているプライベートルームの場所も教えて貰う。
セーラが来るまでどのくらい時間が掛かるかな?
この広間に居る人は40人くらいか。
女性より男性の方が多い。
人目があるからリラックスも出来ないし、早く来て欲しい。
そんなことを考えていると、少し離れた場所から青年が私に向かってくるのが分かった。
「失礼。私は――」
貴族の次男だった。
貴女のような美しい女性を見たのは初めてだから、是非とも名前を教えて欲しいとの申し出だった。
お忍びで来てますのでと言ってお断りする。
≫ナンパか≫
≫着席してそんなに時間経ってないだろ≫
≫さすが現イタリア≫
1度来ると、すぐに別の人がやってきて声を掛けられる。
そうすると止まらなくなって、ついには列が出来ていた。
なんだこれ。
≫モテるなw≫
≫銭湯は出会いの場の側面もあったようですね≫
≫まあ、風呂入るだけって訳じゃなさそう≫
≫レジャー施設っぽい感じらしいな≫
≫図書館とか競技施設もあったらしいからな≫
たまに機嫌を悪くなる貴族も居て、断るのに苦労した。
他の女性からは厳しい目が私へと向けられている。
セーラ、早く!
私の願いが通じたのか、セーラが入ってきた。
装飾品はあまり付けられていないものの、絹の光沢を持つベージュのトーガと、腕と首元が上品に露出していて美しい。
立ち振る舞いは完璧で、さすが王族と思わせるものがある。
≫綺麗なんだが胸が……≫
≫貴様!≫
≫ローマではちっぱいが尊重された時代が……≫
≫まあ、トーガにはちっぱいの方が似合いそう≫
≫着物と同じか≫
≫つまりちっぱいは時代も文化も超える!≫
何かとても失礼なコメントが飛び交っている。
私は立ち上がってセーラに声を掛け、プライベートルームへと逃げ入った。
プライベートルームも豪華だった。
先にセーラをテーブルへと座らせる。
大理石の彫像から水が流れていたので、備え付けのコップに水を汲み、持っていった。
「まずは、セーラ。来てくれてありがとう。それと、今回も勝利おめでとう!」
水を渡しながら声を掛ける。
「ありがとう。応援の声、あれアイリスだよね? 聞こえてたよ」
「聞こえてたんだ……。なんか恥ずかしい」
「あれで、力が湧いてきたんだから」
「なら良かったけど」
「アイリスの戦いは神話みたいだったって聞いたよ。地下に居たんだけど、危険だからって避難することになったし。アイリスは勝つって信じてたけど、心配で何度も戦いが終わったか聞いちゃった」
「そうなんだ」
「でも、文句なしの勝利だったんだよね。おめでとう」
「ありがと」
それから、閉会式で第三席『黄金』レオニスさんに挑戦されたことを話す。
「その人、少し気になるね」
「気になる?」
「うん。普通、円形闘技場を壊すほどの巨人に勝ったアイリスに挑戦するかな? 勝っても得るものあまりないのに」
「私が第二席のゼルディウスさんに勝ったからとか? あと、皇帝に英雄扱いされたというのはどう?」
「うーん、少し弱いかも。確実に勝てる見込みがあるなら、そういう理由でも問題ないと思うけれどね」
「確実に勝てる見込み……」
「考えられる理由は2つあるよ。そのレオニスさんがどんな人か分からないけれど、剣だけの勝負に持ち込めば勝てると考えてるとか」
「剣だけの勝負か。確かに魔術無効を完全に使われると、八席レベルに勝つのは厳しいかも」
「完全な魔術無効って?」
「全ての空間に、円形闘技場レベルの範囲で使われるってこと」
「そんなこと出来る人居るの?」
「うん。カクギスさんが出来るよ」
「あの人、そんなこと出来たんだ……。でも、それを使われてもアイリスは戦えるんだよね」
「そうだね。鉄の巨人の槍に切断の魔術も使えたし、工夫すれば戦えると思う」
「えっ、アイリス。対戦中、武器に切断の魔術を使えたの!?」
「うん」
「実戦で武器に使うのは難しいはずなんだけどな」
「セーラも使えるんじゃないの?」
「手元では折れるけど、実戦では無理かな」
「そっか」
それから少しセーラたち王族の話を聞いた。
実戦で切断の魔術が使えたのは、シャザードさんだけだったらしい。
「話が逸れちゃったね。アイリスの剣の腕を甘くみて勝負を仕掛けてきたのなら、あまり気にすることはないかな」
「うん。一応、レオニスさんがどんな戦い方するのかだけは情報集めておく」
「そうだね。あと考えないといけないのは、2つ目の理由。アイリスの私生活の弱点だね」
「闘技会の前に何かしてくるってこと?」
「そうなるかな」
「でも、剣闘士がそこまでする?」
「可能性の話だからね。例えばカトー議員ならどうすると思う?」
「――確実に闘技会の前に私の弱点を突いてくると思う。セーラとかマリカとか」
「私?」
セーラが驚く。
「うん。大事な友だちだし」
「そ、そう。急に言われたからびっくりした。そっか――」
「そうそう」
彼女に笑顔を向けると、セーラの目から涙が落ちたのが見えた。
突然のことに狼狽えてしまう。
涙が溜まり、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち始める。
「――あ、れ、おかしいな。あれ」
涙を手で拭おうとするけど止まる様子がない。
それを見ていると、私も涙がこみ上げてくる。
思わず立ち上がり、セーラの背に手を回していた。
彼女は見つめてきたあと、頭を私の肩に預けてくる。
落ち着くまでそのままにしていた。
彼女の体温を感じる。
それから数分くらい経ったろうか。
「――ありがとう。服、汚しちゃったね」
顔を上げ、照れ隠しのようにセーラは笑った。
「元々、洗って返すつもりだったし」
私も笑ってみせる。
「そう。なにかみっともないとこ見せちゃった」
「大丈夫だよ。もっと見せてもいいし」
「もう」
≫これ、俺たち見てて良いのか?≫
≫いけないものを見ている気分になるな≫
≫なにが起きたんだ?≫
≫説明するだけ野暮ってもんだ≫
≫友だちと言われて張りつめたものが緩んだ≫
≫マジで野暮だな……≫
彼女が伸びをした。
私はそれを黙って見守る。
「んーっ。アイリス、ごめんね。もう大丈夫だから。話を続けていいかな?」
「もちろん。――えーと、私の弱点の話からだっけ?」
「そうだね」
彼女は少し恥ずかしそうに笑ったあと、話を続けた。
セーラから見た私の弱点は、マリカとラピウスのことだそうだ。
ただ、マリカは弱くない。
空間把握も出来るし、瞬時に窒息させることも出来るので、不意を付くのは簡単じゃない。
ラピウスの正体が男装した私だということもバラされたくはないけど、今更でもある。
いつイリスさんが気付いてもおかしくないし、勝負を譲るほどのことじゃない。
どちらも私への交渉材料には使えない。
その延長で八百長について話した。
具体的には、お金や物、地位などを得る代わりに私が勝ちを譲るというものだ。
「情に訴えるという線もあるかな。これが一番可能性高いかも」
「情……」
家族を助けるために負けて欲しいとかそういう方向か。
≫確かにその線はあるか≫
≫セーラや巨人のことを考えるとな≫
「自分じゃ分からないけど、私ってそういうのに弱そう?」
「状況次第かな。嘘はアイリスなら見抜けると思うけれど、本当のことなら迷うと思う」
≫確かに≫
≫解釈一致!≫
「――分かった。気を付ける」
「何かあったら周りに相談してみて。私が相談に乗りたいところだけれど、今の状況だと難しいから」
「うん。ありがとう」
レオニスさんに関してはこんなところかな。
「話変わるけど、そういえば、昨日のセーラの戦い方、あれって私のため?」
キマイラリベリに対して、危険を冒してまで首に取り付いて勝ったことだ。
あれはローマ市民の人気を得るためだと思ってる。
「アイリスのためだけじゃないよ。私自身のためでもあるし」
「それでもありがと」
無茶しないでね、とは言わなかった。
「もう……。それより本題があるんじゃないのかな?」
「さすが、セーラ。お見通しだね」
「本音を言うと、そのレオニスさんがアイリスの驚異になるとは思えないんだ。こんな特別の場所を用意するからには、別の話があると思って」
「ここを用意して貰ったのにはまた別の理由があるんだけどね。一番はセーラにありがとうとお疲れさまを言うことだけど、本命の相談があるのは確か」
「どんな内容?」
「――ペルシアから外交使節団を呼ぶことになったらしくてね」
「あー、そういうことか。海外に対する皇帝の健在アピールだね。それが本命の相談ということはアイリスも参加するんだ」
「その通り」
「どの辺りのことが聞きたい? ペルシアの王族とは会ってるから答えられることは多いと思うよ」
実際に会ってまでいるとは……。
「うん、心強い。まずはペルシアの状況と、向こうの外交使節団のメンバーになりそうな人物と人となりを聞いておきたい」
「状況は少し前のことしか分からないけれど、国名はシャーハンシャー。ローマではペルシアって呼ばれてるけれどね。現在の国王はシャープール王。何事にも慎重な性格の王で国内の情勢は安定してたと思う」
「国王が来るの?」
「危険もあるからそれはないかな。来るとしたら王子の誰かだと思う」
「誰がきそう?」
「今なら3人の王子の内の誰か。長男カイハーン王子、次男エスカンダル王子、三男アルタクシャトラ王子。私が会ったことあるのはカイハーン王子とエスカンダル王子。可能性が高いのは、カイハーン王子かな」
「カイハーン王子か。どんな人?」
「年齢は24歳でカリスマもあるよ。彼は野心家だと思う」
「野心家かあ……」
「アイリスはそれより、求婚されないように注意した方が良いかも。ペルシアは一夫多妻が許されてるから」
「求婚? 私は解放奴隷だし、そういう対象にならないんじゃ?」
「ペルシアでは、奴隷でも側室として選ばれることがあるみたいだよ」
「こ、断ったら?」
「直接じゃなくて、リドニアス皇帝に断って貰うのが良いかな。でも、問題は皇妃やユーノ様がどう考えるかなんだよね」
皇妃とユーノ様か……。
「嫌な予感しかしないけど、何をされるか聞いて良い?」
「――どちらもアイリスが側室に入る話を強引にでも進めるんじゃないかな」
「で、ですよねー。断固として皇帝に断って貰わないと!」
「カイハーン王子は狙ったものは絶対に手に入れないと気が済まない性格だからね。それこそ戦争をしてでも」
「なんて迷惑な」
「でも、彼がどんな女性が好きかまでは分からないし、他の王子が来る可能性も十分にあるから」
「そ、そうだよね。そもそも私が気に入られるなんて考えること自体が傲慢だし」
「――はぁ」
「た、ため息!?」
「アイリスには自分の価値をもう少しでいいから考えて欲しいかな。容姿もだけど、強さや魔術の力、皇帝や要人にどれだけ信頼されてるかとか」
少し怒っているようだった。
「……分かった。考えてみる」
「うん。ありがとう」
その後もペルシアのことを教えてもらった。
宗教はいろいろ存在していて、ゾロアスター教というのが国教らしい。
視聴者が興奮してたので有名なのかも知れない。
ペルシアの話が終わったあとも、皇帝暗殺未遂に貴族階級のウァレリウス家が関わってるかも知れないことや、イリスさんに正体がバレてるかも知れないことを相談した。
ウァレリウス家に関しては、『蜂』の関係者から探ってみてはとアドバイスされた。
思いつきもしなかった。
さすがセーラだ。
捕まっている状況なのに視野が広いな。
コメントでもその手があったかと盛り上がっている。
彼女に絶賛を伝えると、役に立てたのなら良かったとだけ言った。
自分の価値を低く見積もってるのはセーラだと思うんだけどなあ。
ともかく、ナルキサスさんに聞きにいってみよう。
ゼルディウスさんのところにはあまり行きたくないけど仕方ない。
イリスさんにラピウスの正体がバレそうな話に関しては、皇帝と関わるならどこに居ても同じだと指摘された。
そのまま生活した方がバレなかった場合のメリットが大きいらしい。
確かにその通りということで納得する。
やっぱりセーラの判断力には憧れるな。
そして、相談事が一通り終わってからは、2人でお風呂に入るのだった。
せっかく、公衆浴場のしかもVIP待遇で来たんだしね。
浴場は豪華すぎて落ち着かなかったけど、今回のことでセーラとはかなり仲良くなれた気がする。
私はゆったり彼女と話しながら筋肉痛を癒すのだった。




