第148話 踊り場
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アイリスは公衆浴場のVIPルームでセーラと面会し、ペルシアについての情報を得る。外交使節団には高い野心を持つカイハーン王子が来る可能性を示唆されるのだった。
朝早く、皇帝の部屋に行くことになっている。
ラピウスの姿でだ。
皇帝と話をすること。
それに、イリスさんに正体がバレているかどうか確かめるためでもある。
ラデュケにも早起きして貰って男装を済ませ、皇帝の邸宅の前に行き、ラピウスの名を記帳して入る。
筋肉痛が残っているので、動くとぎこちない。
なお、邸宅の中にイリスさんが居ないことは確認済みだ。
ユーノとメガエラ、ミネルウァ様は部屋に居る。
邸宅に入っていくと見知らぬ人が多かった。
人員の入れ替えをして貰ったからか。
私は皇帝の部屋まで行き、「ラピウスです」と行って入っていった。
「よく来たな」
「よぉ」
部屋に入ると、皇帝とタナトゥスさんが居た。
時間的には護衛を交代する前だ。
「ご無沙汰しております。体調はどうですか?」
今日は防音の魔術を使わない予定なので、そのまま低い声で話をする。
「かなり良い。ベッドに居るのは人払いのようなものだ」
「安心しました」
「それにしてもよ、一昨日の戦いはすごかったな。親父たちが勝てない訳だぜ」
「親父たちというのは?」
皇帝がタナトゥスさんに聞く。
「例の組織の上2人だな。俺じゃ全く敵わないくらいだった」
「なるほど」
「その例の組織のモルフェウスさんと戦ったときは絶望しましたけどね。強すぎて」
「それほどのものか」
「俺もあいつに勝てる人間が居るとは思わなかったからなあ」
「その者、鉄の巨人には勝てそうか?」
「いや、無理だろうな。なんつーか、格上に勝てる戦い方じゃないんだよな。今、思うとあいつは戦いが好きじゃないのかもな」
「何か分かる気がします。モルフェウスさんとは戦ってて全く楽しさを感じませんでした……。ただ、排除される対象だったというか、終わらせるために戦っているというか」
「戦いとはそのようなことを知る側面もあるのか」
「そうですね。本音をぶつけ合う対話のような部分もあると思います」
ミネルウァ様とは分かり合えた気がした。
たぶん、あの瞬間はこれからも私の宝だ。
「俺と戦ったときはどうだった?」
「素直だなと思いましたよ」
「それだけか?」
「そうですね」
「かぁー、相手にされて、ねえ」
「クックック。素直なのは得難い美点であろう。そなたの場合は特にな」
「そう言われると悪い気はしねえけどよお」
やっぱり仲良いな、この2人。
「話は変わりますが、例のペルシアのことは外部に伝わっても問題ないでしょうか?」
ドアを見ながら聞く。
聞かれても問題ない範囲だと思うけど、念のため確認をとった。
「外交使節団の話であろう? すでに使者を送ったので、大枠は話しても良い」
「ありがとうございます。使節団が来たときの護衛は、『私』ではなく『彼女』とマリカなのですよね?」
『彼女』とはアイリスとしての私のことだ。
「2人には表向きは侍女として後ろに控えて貰いたくてな。侍女であれば周りに与える威圧感も少ない。なにより、私は2人を信頼している」
「承知いたしました。2人も光栄に思っていることでしょう」
「俺は?」
「そなたは最低限の礼儀作法を身につけるのが先だな」
「ちぇ、分かったよ」
「他に述べたいことがあるのなら遠慮なく言ってほしい」
「では、お言葉に甘えて。外交使節団のトップはどなただと考えていますか?」
「恐らくはカイハーン王子であろう。パラスターナのこともあるからな」
「パラスターナ、ですか?」
「ペルシアとの間にある国だ。反乱を起こしたシャザードの故郷と言った方がそなたには分かりやすいか」
ということはセーラの故郷か。
昨日、セーラから聞いて初めて知ったけど、ラデュケの故郷でもある。
初めて国名を聞いたな。
というか、まだ国は残っているのか。
「ご配慮ありがとうございます。話を続けてください」
「続けよう。パラスターナは元々ペルシア寄りの国であったのだ。しかし、3年前に不穏な動きがあるということで我々が攻め入り、ローマ寄りの者を国王に据えたという経緯がある」
「実際に不穏な動きはあったんですか?」
「パラスターナの捕虜を尋問したが、そのような話はなかったようだな」
「なるほど。その経緯の怪しさに対して、ペルシアが何か言ってくるとお考えなのですね」
「そうだ。そこを攻めてくる形になると予想している。交渉にはカイハーン王子が適任であろうな」
「昨日、聞いたばかりなのですが、彼は野心の強い人物だそうですね。その上、欲しいものは何をしても手に入れるという話です。確かに交渉力もありそうですね」
「もう知っているのか。さすがだな」
「光栄です。彼については、その程度の情報しか知りません。経緯の怪しさを攻め、ローマに何を要求してくるとお考えですか?」
「表向きはパラスターナもまだ独立国であるからな。直接的な要求はしてこないだろう。間接的な譲歩を要求してくるか、我々の干渉を止めさせるか」
「我々の干渉ですか?」
「現在、パラスターナには治安維持の名目でローマ軍を駐留させている。その上で、通行料も我々が有利になるように変えさせたようだ。少なくとも、それらの撤回は要求してくるであろうな」
通行料というのは、国を出入りする際の税金みたいなものだろうか。
≫地政学的にはパラスターナは緩衝国ですね≫
≫緩衝国とは強国の間に設けるクッションです≫
≫そこに駐留軍を置かれるのは嫌でしょうね≫
クッションに綻びがある状態か。
それは確かに気が気ではないだろうな。
「皇帝のご説明で状況は理解できた気がします。気になるのはカイハーン王子がどこまで要求してくるかですね」
野心の方向性にもよるけど、更にペルシア側が有利になるように持って行くはずだ。
「その通りだ。彼には優秀なブレーンが何人も居るとの情報もある。油断はできぬな」
「――優秀なブレーンですか。その情報はどこから入手したものですか?」
「カトー議員からの情報だ。昨日、議会に出席した後に教わった」
「議会にお出になったんですね」
「復帰アピールが闘技会への出席で終わり、という訳にもいかないのでな」
「外交の話から少し外れますが、皇帝の周りで不穏な動きなどはないですか?」
「現状はな。邸宅の人員入れ替えでずいぶん気が楽になった」
「よかったです。外交関係は、私の方でもカトー議員に確認してもよろしいですか?」
「もちろんだ。ククク、そなたはまるで私の腹心だな」
「――申し訳ありません。調子に乗りすぎてますね」
「気にせず意見を述べてほしい。そなたは私にとって数少ない信頼できる人物であるしな」
「ありがとうございます」
「それにしてもよ。――ラピウスは難しい話も出来るんだな。何を言ってるかさっぱりだったぜ」
「私もついていけないことが多いです。命に関わる話でもあったので、多少は慣れてきたのかも知れません」
「そういうもんか」
そのとき、イリスさんと思われる光が空に現れた。
彼女は降りてきて、皇妃の部屋に入っていく。
ユーノと何かを話したあと、部屋から広間へと移動した。
「――どうした?」
長い時間、集中してイリスさんを探っていたからだろう。
タナトゥスさんが声を掛けてくる。
「いえ、イリス様が帰ってきたので探っていました」
彼女は広間から外に出て、記帳を確認している。
――ラピウスの名前があるかの確認か!
その後、すぐこの部屋へと向かってくる。
「イリス様がこの部屋に向かってきます」
「マジかよ」
「タナトゥスは不用意に発言せぬようにな。もしものときは私がなんとかするつもりではあるが」
「分かった。助かるぜ、皇帝さんよ」
≫皇帝さんw≫
≫面白いコンビだ≫
イリスさんは扉の外の隊員に声を掛けている。
私は扉に視線を向けたあと、皇帝とタナトゥスさんを見た。
2人とも頷く。
ガチャ。
無言でイリスさんが入ってきた。
私を見る。
「イリス様。おはようございます」
「ああ」
私を観察してきた。
やっぱり疑われてる?
嘘つくわけにはいかないし、直接「アイリスか?」と問われると困るな。
「昨日はどこに居た?」
「公衆浴場です」
「違うな、一昨日だ」
「一昨日は円形闘技場に居ました」
「何をしていた」
「闘技会の観戦などをしていました」
嘘は言っていない。
しかし、この質問からするとやっぱりアイリスと疑われているな。
「観戦だけか?」
「いえ、地下が崩れたので救出などにも向かいました。幸い、被害はありませんでした。もしかして事前にミネルウァ様が警告してくださっていたのでしょうか?」
「ああ。その通りだ」
「さすがミネルウァ様ですね。私では推し量ることが出来ません」
「私にだって推し量ることが出来ない」
「イリス様がですか?」
「神といっても万能ではない。あの方は特別だ」
「イリス様も特別だと思います。失礼を承知で言うと、ユーノ様に何千年も仕えていらっしゃるのでしょう?」
「――面白いことを言うな。不敬な発言だが確かにその自負はある」
「申し訳ありません。どうしても言いたくて」
「――不問にしよう。報われた気分にもなった」
≫不敬って失礼ってことだよな? なんでだ?≫
≫ユーノが暴君であること前提の話だからなw≫
≫暴君に何千年も仕えているのを褒めた≫
≫そりゃ失礼だわ≫
「助かります。ミネルウァ様はどうされていますか?」
「休んでおられるようだ。なぜ気に掛ける?」
「いえ、ユーノ様とミネルウァ様の関係が気になってしまいまして」
「理由になっていないな。――まあ良い。結論だけ言うと、いつものことなので気に掛ける必要はない。協力することもあれば敵対することもある」
「良かったです。答えてくださりありがとうございます」
応えながら、思ったよりもミネルウァ様のことを気に掛けている自分に気付いた。
「ごほっ、ごほっ」
皇帝が咳をする。
イリスさんは一瞬だけ皇帝を見た。
「――昨日は観客席に居たのだな?」
「正確には観客席にも居た、となります」
「そうだったな」
軽く笑うと、彼女は背を向けてそのまま去っていった。
「ありがとうございました」
意識的に見逃された可能性すらある気もしたのでお礼を言う。
とりあえず乗り切ったか。
――ふぅ。
「皇帝、大丈夫ですか?」
「ああ」
彼は片目を閉じてみせた。
あ、そういうことか!
≫さすがの年の功だな≫
≫咳1つでイリスちゃんを追い出したかw≫
≫有能≫
「なんだ? どういうことだ?」
皇帝と私の間の空気に気付いたのだろう。
タナトゥスさんが聞いてくる。
「あとで説明します」
「分かったぜ。しかし、俺はともかく、皇帝のこと見向きもしなかったな。一番偉いんじゃなかったのか?」
「神の前ではただの人間ということであろう。これはこれでゆかいな気分だ」
「楽しいなら別にいいけどよ。しかしおっかなかったな」
「イリスさんは神の中ではかなり親しみやすい方ですけどね」
「マジかよ」
「マジですわ」
「なんだそれ」
≫唐突なお嬢様言葉w≫
≫昨日のがまだ残ってるのか?≫
≫男っぽい声で言われてもな≫
≫いや、これはこれで……≫
続けてコメントでは、イリスさんが来たのは彼女たちユーノ陣営にとって悪手なんじゃないかと話し合われていた。
確かに私の正体がバレてないと確定したんだよな。
また、普通は状況証拠からアイリス=ラピウスと気付くだろうとイリスさんがポンコツ扱いされている。
私にはワザと見逃す理由を探していたようにも思えたんだけど。
どちらにしても、イリス様がここに来てくれたお陰で動きやすくなった。
その後、ビブルス長官が朝食を持ってきてやってくる。
長官は、食事を邸宅の人に渡すと帰っていった。
ここに運ばれる途中で砒素などは入れられていないようだ。
人員の入れ替えは上手くいってるか。
食事は私が毒味代わりにいただいた。
やっぱり長官のところのもっちりふわふわなピザ生地は美味しいな。
こんな美味しいものに砒素を入れていた首謀者は絶対に許さない!
そのあと、人員入れ替え後の様子を聞いたりしていると、エレディアスさんがやってくる。
皇帝は彼が持ってきた食事を摂り始める。
その様子を確認すると、エレディアスさんが私の前に来た。
「これだけは言わせて欲しい。とても素晴らしかった。おめでとう」
「ありがとうございます。エレディアス隊長」
鉄の巨人との戦いのことだろう。
やっぱり防音の魔術がないと会話が不便だな。
それから護衛を交代した。
私はそのままゼルディウスさんがやってるパンクラチオンの道場にお邪魔する予定だ。
目的はナルキサスさん。
ただ、場所は教えてもらったものの、はっきりとは分からない。
「それなら俺が分かるぜ?」
パンクラチオンの道場のことを話すと、タナトゥスさんがそう言った。
「午後から時間もあるし連れていくぞ」
「――そうですね。お願いしてもいいですか?」
「おうよ」
迷ったけど、道案内をタナトゥスさんにお願いすることにした。
途中で、私が居なかったときの邸宅の様子も聞きたかったし。
こうして、私たちはゼルディウスさんの道場へと向かった。
ラピウスの姿で彼と会ったことはないはずだけど、アイリスだと気付かれないといいなと願うのだった。




