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第39話

「気を失ったか。私が話をしてやろうと言うのに、礼儀を知らない奴だ。静かである事に越した事は無いのだがな」

 ナナも――――


 ――――ナナも当然焼け付かせるような怒りで打ち震えていたのだが同時に冷静でもあった。

 ナナは知っていた。このまま戦ったところで万に一つも自分がイマレウスに勝ち目など無い事を。ならば隙を窺ってやるべく話を聞く事にした。



 もっと言えば自分が殺られてしまえば、二人の妹は死ぬ以外の道が残されていないのだから、慎重にならざるを得なかったのだ。


「古代兵装――それは我らの技術力、認知力では追い付かない古代の遺産だ。故に人間には扱い切れないとされたもの、人間の範疇を越えたもの――――それらを我々は『有害指定武具』として隔離し、そして恐れてきた。故に有害、故に絶対の恐怖を内包しそれを使いこなせたならこれ以上無い武器になる。だが――」

「…………」

 ナナは静かにイマレウスの話を聞きながらも隙を探した。


 狂気の男――それが見せる隙を。

 自身の古代兵装を以てして斬り込める活路を。



「だが――当然、そこにリスクは存在する。それこそ我ら人間が『有害』だとして絶対的な恐怖を抱く最大の理由だ。そこの童女が使う古代兵装は大方――第三種有害指定武具と言ったところだろう。使用者またはそれ以上の誰かに悪影響を及ぼす古代兵装だ。とは言え……使っているところを見る限り、大した事は無いようだが……」

 そう言えば――ナナはフィオ―レの話を耳にした事はあった。


 古代兵装『風は詠う、童に聴かせる詩を』は集中力を使うが故に大きなダメージを負えば途端に機能しなくなる。フィオ―レは以前、そう口にしていた。


 それはナナの古代兵装『降伏せし槍』には無いリスクだ。


 ならばこの男の言っている事はどうやら本当ではあるらしい。ナナは静かに確信した。



「とは言え大きな力を持つ古代兵装であればそのリスクは当然、大きなものとなる。かの帝国――あれも実際、多大なリスクを払い第一種有害指定武具を所有していたと聞き及んでいる。その力は以前の帝国の支配力を鑑みても一目瞭然。故に――――力として使う価値がある。私の古代兵装は二つ『王座の顕現』は第二種有害指定武具、それともう一つ『死へのススメ(モルスーレ・ペディプス)』は第三種有害指定武具だ。数字が小さいほど払うべきリスクは高い。そしてそれに応じたリスクを私は支払っている。力を――――得る為に」

 イマレウス・マーチハウンド。彼は基本的な戦闘力も去る事ながら古代兵装――有害指定武具に指定されているものを使う事によって爆発的な力を使いこなしている。



 ただし爆発的な力にはリスクが存在している。


 人間を越える力を人間の中で発動させているのだ。さながら密閉した小さな瓶の中で強力な火薬を爆発させ続けているようなものだ。



 使い方を間違えれば――――瓶は容易に壊れてしまう。


 それでもイマレウスは臆する事無く、リスクの高い有害指定の古代兵装を使った。



 一つは『王座の顕現』。第二種有害指定武具。


 効果は射程距離の内側にある重力を操作する事。


 そしてリスクは――――古代兵装の力を行使している間、術者の心臓は止まる。



 もう一つ『死へのススメ』。第三種有害指定武具。


 これは直線距離において空間を捻じ曲げ距離を零に戻し任意の距離での再構成が可能だ。

 つまり瞬間移動の能力である。


 ただしこれのリスクは移動距離間に置ける術者への肉体的負担は軽減されない。


 先程、イマレウスは『死へのススメ』を用い、ミーシャが潜む場所へと瞬間的な移動を行った。だが数キロに置ける高速移動をしてしまえば常人の身体など持つ筈が無い。そしてそれはイマレウスの強靭な肉体を以てしても多少のダメージが存在するのだ。



 ただこれは『死へのススメ』を使う上での当然のリスクだ。本当のところは別にある。

 リスクは使う毎に代償として文字通り『死』の幻覚を見る。


 イマレウスは覗いたのだ――――自身の死ぬ瞬間、その幻覚を。



 その精神的ダメージはそう軽いものでは無い。これも常人が容易に行えば精神の崩壊、廃人になる可能性も少なくない。


 しかしイマレウスはそれでも尚――古代兵装を使う。


「どうして……そうまでして力を……」

「童女。それを知らぬ貴様ではあるまい」

「……何ですって?」

 イマレウスの言葉を受けてナナは眉間に皺を寄せた。


「貴様ら新人類と呼ばれる種族はその生き方で以て知っている筈。力を持たぬものはこの世界では塵に等しいのだから。世間で新人類は種族としての力を持たない――だから淘汰されていく。皆が皆、貴様らをゴミでも見るような目付きで見る筈だ」

「…………」

 ナナはイマレウスの言葉に押し黙るしか無い。


 同時に彼女は思い出していた。

 今までナナを新人類だと認識した連中はろくな扱いをしてこなかった。 



 ユリだって――――そうだ。

 あの七歳にしか満たない少女だってナナが新人類だと知れば掌を返すように蔑んだ。


 それはナナ――新人類に力が無かったからだ。

 同じ人間として扱われるだけの――――力が無かったから。



「力が無い人間など所詮は力のある人間に言いように扱われるだけだ。特に戦場で無力の人間ほど滑稽なものは無い。だから私はリスクを知り力を得て――この場に居る。私にはやるべき事がある。我が家名を帝国に変わる頂点へと押し上げる、その為に私は恐れない。……さて」

 イマレウスはその場に唯一立っている少女、ナナを睥睨とした。


 瞬間、ナナにぞくりと悪寒が走る。


 立っていられない程の強烈な悪寒。



「少々喋り過ぎたようだ。……童女。死にゆく覚悟は出来たか?」

「……そんな事」

 それでも――それでもナナは気丈に振る舞った。



 自分を鼓舞する為。負けられぬとその場に踏ん張る為。


 彼女の背中には守るべき、否守らなければならない者達が居る。



 それらが為に少女は古代兵装『降伏せし槍』を握る。



「ほう――まだ武器を構える気概があったか。敵だとは言えその気力は賞賛に値する」

「――――さい」

「……何だ、童女?」

「うるさいわよッ!」

 歯を食い縛りナナは地面を蹴った。恐るべき力で跳躍したナナは恐るべき速度でイマレウスへと近づく。


 だがナナの眼前に居る男もまた常人では計る事の出来ない人間。



「王座の顕現」

 リスクを払いながらも――心臓の鼓動を一時的に停止させてでもイマレウスは古代兵装の名を口にする。


 その瞬間、ナナの身体は地に没した。


 ――――槍の穂先をイマレウスの頬に掠らせながら。



「……見事。見事だ童女。よくぞ私にただの一撃でも喰らわせた。褒めてやろう。そして認めよう。貴様が戦場に立つべき武人である事を。山猿という言葉は取り消そう。貴様、名前は?」

「……な……、ナナ……よ」

 全身に潰されるような痛みを感じながらもナナはようやく名前を口にした。


 その目はイマレウスに注がれている。歯を食い縛りながら。



「ナナか、覚えておこう。戦場にかの武人が居た事を」

「…………」

「ではそろそろ楽にしてやろう。私も今はプレステュードに名を置いている身。戦力は削らなければなるまい。ナナ――貴様は最後だ。武人に恥じぬ最後を送る事を祈っている」

「何……する気よ……ッ」

「何、だと? 決まっている」

 ナナの必死な声色に向かってイマレウスは言葉を返す。



「こやつら――私が名も知らぬ童女の首を二つ、跳ねるまでだ。戦場で会えば殺し合う。負ければ死ぬ。かくも戦場での理は単純にして明確。是非もあるまい」

「そんな事させ――」

「王座の顕現」

 イマレウスがその名を口にすればまたもナナの身体は身動きが取れなくなる。言葉でさえ重さに耐えられなくなり零れ落ちてしまう。



「……くそ、糞ッ! そんな……ッ」

「そこで見ていろ、ナナ。これが戦場の本懐だ。殺す事は武人の生き方なり。死ぬ事は武人の本懐なり。こやつら童女も武人として死ねるのだ。本望であろう」

「させない……ッ! させないわッ!」 

「……ほう」

 イマレウスは賞賛の声色を発した。


 彼の眼前で『金色の悪魔』――ナナがまたも立ちあがったからだ。



 彼は未だ『王座の顕現』を発動している。自重の何十倍もの重さがナナの全身に圧しかかっている筈なのだ。普通ならば立つどころか数秒後には気絶するだろう。



 それでも彼女は立った。膝をガクガクと震わせながら――それでも。




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