水平線
帰り道、灯籠を前に坊さんが読経するのを横目に歩いて行く。読経が終われば灯籠を寺の境内の横にある川まで運んで、そこから川へと流す。やはりどこか楽しげな気配に、灯籠流しの本来の意味を考えて微妙な気分になる。
去年までなら間違いなく楽しんでいる側の人間だったのだけど。
ふと気が付くと関はいなくなっていた。辺りを見渡すが、それらしい姿は見えない。一言声をかけてから行ってくれれば良いのに、と思いつつ、不器用そうなやつだったもんなと苦笑した。
何を話す訳でもなく二人で歩けば、川を見下ろせる高台へ自然と足が向いていた。この高台は、灯籠が流れて行く頃には人が集まるが、まだ混みあっておらず、数人の場所取りの人しかいなかった。その人達から少し離れて端の方に並んだ。
今日は、なんだか長かったな、と思ってため息を吐くと、隣から同じタイミングでため息が漏れた。
横を見ると鶴見と視線が交わった。
−って、なんでこんなに疲れたと思ってるんだ、こいつ−
内心が表情に出ていたらしく、鶴見はバツが悪そうな顔をしている。
「ほんと、さっきはマジで冷や汗かいたし。勘弁してよ。」
「ごめん…なんだかあの時は頭がぼうっとしてて…飛び込もうとか思ってたわけじゃないんだけど。」
「いや、確実に飛び込む角度だったでしょ、あれは。」
諭すように睨みつければ、鶴見は目を泳がせて
「あ、ほら見て。一個だけ流れてってる。」
とわざとらしく川を眺めて話題を変えた。呆れてながらも眼下の街を見渡せば、確かにまだ祭りは始まっていないのに気が早い魂が一つ、ゆっくりと流れて行くのが見えた。
あの魂の持ち主も、この盆で会いたかった人に会えたのだろうか。
残した人に何か伝えたいことがあったのかもしれない。心残りがあったのかもしれない。
会えたのなら、伝えられたのなら良いと心からそう思う。
「ねえ、タカヒロ君。」
そう言えば、最初に会った日以来、鶴見に名前を呼んでもらっていないと思い出した。なんだか面映ゆい気持ちで、でもそれを出さないように何でもないような振りをして、何?と聞き返す。
「ありがとうね。」
精一杯の上っ面も、鶴見の笑顔の前には意味がなかった。いつものどこか陰りがある悲しげな笑顔なんかではなかった。
「なんだか勝手にヒロキとタカヒロ君を一緒にしてたみたい。いくら名前が一緒だって全然違う人なのに。」
その通りとばかりに肩をすくめて見せる。
「見た目も違うし、ヒロキの方がもうちょっと軽くなかったし。」
暗に、いやむしろ率直に軽いと言われ、軽口をたたく鶴見のおでこを人差指でつつくと、ほら、と言われた。
「それに、かき氷の趣味なんて、ほんっとに真逆だったし。」
嗚咽を堪えた声がちょっとだけ震えていた。
「ほんと、全然…っ…似てなくて。」
震える肩が、本当に儚げで。
―あー、ったく―
気が付いたら腕の中に鶴見を抱きしめていた。
―あ、やべ。めっちゃいい香りする。髪柔らかいし。ってか、走って雨濡れて、俺、臭いんじゃね?―
そんな取り留めの無いことを考えていたら、腕の中から
「ありがと。」
と小さな呟きが聞こえた。はいはい、と軽く頭をぽんぽんとしてやると、しばらく息を整えるような音が聞こえて、
「ほんと、そういうとこ女慣れしてるよね。タカヒロ君は。」
さっきまでと同じ人間とは思えない嫌味が飛んできた。仕方なく腕を解いて
「そりゃどうも。」
思わず二人で顔を見合わせて笑った。
笑い終わった後の沈黙に、集まってきた人の喧騒が響く。なんだか気まずくて何か話題を、と考え、
「そういや、ヒロキって字も一緒なん?」
実はずっと気になっていたことを今ならもう良いか、と尋ねた。
「ううん。タカハシが、高いに家とかの梁って書いて高梁で、太平洋の『洋』に『帰る』で洋帰。」
最初の方に流された灯籠が見え始めた。ゆっくりと川を下っていく。
「そっか、じゃあ、海に帰ったんだな。きっと。」
鶴見がはっとしたような顔になって遠くの海を見つめていたが、ゆっくりと目を閉じて、またゆっくりと開いた。
「うん、そうだね、きっと。」
その横顔は悲しいほどに綺麗で。やっと鶴見は前を向けたんだと思った。今までずっと抱えて込んでいた物を上手く消化して、自分の糧にして。タカハシヒロキの事がきっと鶴見の未来にはマイナスだけではなくてプラスの何かになるのだと。
俺にとってもそうだ。
悲劇が起きた盆のことも、今年のことも。きっと毎年思い出すだろう。でも今までとは違う。
誰かに何かがあった時、今まではただの事実として受け止めていて、事実以上の何もなかった。つまりは他人事だったのだ。だけど、他人事であったとしてもそこには誰かの感情が伴うのだと、それは誰かの記憶に残るのだと。高梁洋帰に起きた悲劇が、ただの事故ではなく、鶴見や関やそのほかの人々の記憶に刻まれて一生涯、何かのきっかけで様々な感情を引き起こす出来事なのだと。
自分と同じ名前の人間を通して、それを俺はようやく学んだ。
「きれい…。」
鶴見の視線を追って景色へと視線を向けた。
夜の帳が下りた街ではビルの灯りや街灯がちりばめられた星屑のようだった。星屑をそこだけ吸い上げたように黒く川が流れ、その黒い道をゆっくりと灯籠が流れる。街灯に比べたら弱くてぼんやりとした灯りだったけど、小さく柔らかな光が散った川は、第二の天の川だった。
漁船の光が黒い海原で輝き、空では星が輝いていた。
そして、やがて魂は海へと広がり。
海から空へと星が散っていくように。
魂が帰るように。
海へと、水平線へと、それを越えた向こう側へと。
ご覧いただきありがとうございました。
元々はお盆に合わせて書いていたのですが、夏はやはり海や川での事故が多く、投稿するのをためらっていました。
特にテーマとかを決めて書いた話ではなく、かき氷を食べるシーン、というか駄菓子屋の雰囲気が書きたくて作ったお話です。
昔、よく行っていたかき氷のお店と駄菓子屋さんが、ちょうどお話に出てくる店の雰囲気で、夏にかき氷を食べている時に思いつきました。
最初は女性が一人かき氷を食べて、思い出した何かを重ねる。っていうだけだったんですが、膨らませている内にいつのまにかこんな話になっていました。
そのせいか、特定のシーンにだけ力が入り、完結はしたものの、しこりの残る作品になってしまったと感じております。
(不満の残るまま投稿するなって話ですが)
主人公の高橋大輝は今回、あくまで「傍観者」として描いていたため、必要最低限にしか感情や考えを書いていませんでした。その為、主人公の考え方や性格といった根底が曖昧なまま話が進んで行ってしまいました。
合理的な判断をする、あまり他者の感情にまで思い至らない、死や死者と縁が薄かったためにそれらに対しての思い入れが少ない。
決して冷たい人間ではなくても、経験が少ない事象に限って淡白な人間像を描きたかったのですが...
根底の部分を書けば「傍観者」としての立場が薄まり、また話のメインが鶴見の感情の変化から主人公の方に移ってしまう。
結局、主人公の「傍観者」としての立場を取って話を進めたため、中途半端な作品になってしまったと思っております。
完全に私の技量不足でしたので、そのうち、改稿してまた披露出来たら良いなあと考えております。
蛇足を足二本分ほど。
主人公の高橋大輝は、「横山君と一之瀬さんの天気模様」の番外編「渡辺さんと横山君」に名前だけが出てきたイケメンの方の高橋君です。
それから、お話を読み終わった後で「この登場人物ってもしかして、幽霊?」と思った方。
多分、当たってます。だってお盆ですから。
お気づきなら、感想欄にでもメッセージにでも書いて頂けると嬉しいです。
ご批判でも感想をいただければ、幸いです。
ただし、灯籠の光が山から見えるの?とか、灯籠流しとかって海に行く前に回収してるよね?とか、いう突っ込みはご遠慮ください(笑)
重ねての御礼になりますが、ご覧いただき有難うございました。
青田




