第89話:タイミングばっちり
朝日が昇るように部屋が、
照明で満たされていく。
自然な調光で、
眠っていた意識がゆっくり覚醒する。
「ふわぁ~、おはよ、ゼニス。」
((──おはよう、遥。
深い睡眠、浅い睡眠、レム睡眠共にバランス良好。
呼吸の質、心拍数も異常なしで、快適な睡眠状態だったね。))
「うん、よく寝た感じ。」
((──うん。とても良い傾向だね。))
ベッドから起き上がり、
コーヒーを淹れソファに座る、いつも通りのルーティン。
「今日は、柔術のコーチお願いしなきゃだね。」
((──うん。))
「でも、端末に連絡先とか入ってるのかな?
いつも呼ばなくても、絶妙なタイミングでくるからさ。ふふっ」
((──そうだね。))
「あぁ~、監視?モニタリングされてるから当たり前か。あはは」
((──うん。))
「それならさ、あえて伝えなくても手配してくれるんじゃない?」
((──可能性はあるね。))
コーヒーカップを手に持ち一口飲もうとした瞬間、
部屋のチャイムが鳴った。
「ほら、タイミングよすぎ。絶対、栞ちゃんだと思う。あっはは」
((──うん。))
ドアを開けると栞が立っていた。
ボーナスの使い道を伝えると、
『手配します。』と一言だけ告げて立ち去って行く。
「これならさ、聞きに来なくてもいいような~......」
((──手続き上、本人の意思確認が必要なんだよ。))
「なるほどね、それなら聞きにこなきゃだね。」
((──うん。))
コーヒーを飲み干したところで、
端末から通知音が鳴った。
「なんだろ?もう、次のバトル?」
通知を指で触り、
内容を開いて確認する。
「えっと、コーチの手配完了だって。」
((──うん。))
「仕事早いな、情報統括省。」
((──そうだね。))
「明日には到着するみたいよ。」
((──うん。))
「今日は、ゆっくり休んで明日からトレーニングだね。」
((──そうだね。))
「愛想がいい人だといいよね。
話してくれないコーチとか地獄じゃない?
見て覚えろみたいな鬼コーチじゃなきゃいいな~。あはは」
((──調停人だからといって、不愛想とは限らないからね。
でも、その道のエキスパートだから、
トレーニングは厳しいものになる可能性はある。))
「うん、厳しいのは仕方ないよ。
覚えてないけど、きっと空手の稽古も厳しかったと思うし......
なんとなくだけど。」
((──うん。厳しい稽古で培われた技術だから、
遥の技能記憶に色濃く残っていたと推測できるよ。))
「だよね......血へど吐いてたかもだしね。ふふっ」
((──......))
「無言のツッコミ止めて~、寂しくなるじゃん。あはは」
((──......))
「無言にするならさ、チーンとか音出してよ。ぷふっ」
((──......チーン))
「出すんかいっ!あっははは」
((──もちろん、遥のリクエストには全力で応えるよ。))
「さすが、ゼニス。」
((──うん。))
オープンクローゼットの前に行き、
ショートパンツ、カットソー、といったラフな服装に手早く着替える。
「せっかく休みだし、どっか行こっか?」
((──遥の行きたいところに行こう。))
「そだな~、とりあえずあてはないかな。」
((──......チーン))
「早速、使うんだね。さすが、ゼニス。あはは」
((──うん。))
バッグに携帯用端末と財布を入れ、
肩からバッグをかけて部屋を後にした。
「とりあえず、外出たけど、どうしようかな~......」
((──行きたいところの希望はないの?))
「なんかオススメある?」
((──遥の希望を言ってくれたら、検索するよ。))
「欲しいものはない......水族館は行った......
う~ん......あっ!くろいわベーカリー行く?」
((──メロンパンだね。))
「そう言えば、最近ご無沙汰じゃん?」
((──うん。))
「そうと決まれば、タクシー呼んでだね。
でも、タイミング的に佐藤さんが来そうな気がする。ふふっ」
そこへ撮影クルーを乗せたワゴン車が停まり、
中から佐藤が降りて近づいてきた。
「あはは。ほらね。」
((──うん。))
「七瀬さん、おはようございます。
ご機嫌ですけど、何か良いことがありましたか?」
「いえ、そんなことはないんですけど。
ちょっと思い出し笑いをしてました。えへへ」
((──誤魔化し方が秀逸。))
((うるさいっ。ふふ))
「そうなんですね。七瀬さんが、お出かけされると思いまして、
撮影クルーと準備を済ませて来たんですよ。」
「タイミングばっちりでしたよ。ふふ」
「それは良かったです。」
「とりあえず、くろいわベーカリー行ってメロンパン買おうと思ってます。
そのあとは、特に決まってないので、オススメあればお願いします。」
「駅前の大通りのパン屋さんですね。承知いたしました。
では、車にお乗りくださいね。」
「はい、ありがとうございます。」
佐藤に促され、
ワゴン車に乗り込みふかふかのシートに座る。
自動でドアが閉まると、
くろいわベーカリーに向けて走り出した。




