0007. 歴史は苦手。消去法で決める新しい故郷
「幻獣? ふふ、呼べるわよ。ただし、その幻獣が〝八百万の神々〟の系譜に連なる存在になれれば、ね」
卑弥呼様の言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。
(おぉ、これは……可能性はある!狐火ちゃんとの生活を実現しなくては)
逸る気持ちを必死で抑えつけ、ポーカーフェイスを保ちながら、私は慎重に言葉を継いだ。ここで浮足立っては、相手の思う壺だ。交渉は冷静に進めなければ、足元をすくわれる。
「その場合、顕現の方式は? ゲームで言うところの、常時一緒にいられる〝テイマー〟になりますか、あるいは時間制限のある〝サモナー〟になりますか、どちらになりますか?」
「どちらも可能よ。顕現させた後、あなた自身の力だけでなく、外部からエネルギーを供給できれば、常時存在させることもできるわ」
(――オッシャー、勝った!これで狐火ちゃんを顕現出来れば、ずっと一緒に生活出来る可能性が出てきた!)
心の中で、私は勝利の雄叫びを上げた。転生先に、愛しの狐火ちゃんと共に暮らせる未来が、確かに見えた瞬間だった。この交渉、絶対に成功させてみせる。
「エネルギー消費のチートをどちらにするか決める前に、他のチートを決めて良いですか。より良い選択をするために、全体像を把握しておきたいのです」
あくまで冷静に、理論的に。私はビジネスの交渉のように言葉を組み立てる。
「ええ、いいわよ。転生までには全てを決めてちょうだいね」
さっき、何も決めずに転生を急かしたことなど綺麗に無かったことのように忘れ、さも当然のように出来る女を演出しようとしてる。卑弥呼様、本当に食えないわね。その余裕の態度が、逆に私の闘志を燃え上がらせる。
「ではまず、〝簡単に死なない程度のチート〟についてですが、具体的にどういうチートをもらえますか」
「そうね。定番だけど、転生する〝家〟、一族は選べるようにしてあげるわ。ちゃんと、選べる家・一族はリスト化してあるから、その中から選んでね。それ以外は、選べないから」
卑弥呼様が持っていた扇子をふわりと振ると、目の前の空間に光の粒子が集まり、いくつもの家紋が浮かび上がった。まるでSF映画のディスプレイだ。
【渡島・蠣崎氏】【陸奥・浪岡北畠氏】【安房・里見氏】【伊豆・北条氏】・【土佐・一条氏】【肥前・大村氏】【肥後・菊池氏】……。
知っている名前はほんのわずか。大半は見慣れない家紋ばかりだ。
(菊池? 蠣崎? 何をした人たちだろう……。全くわからないわ。それに、住む場所をチートと言い張るのは、ちょっとズルくない? これをチートと呼ばれたら、狐火ちゃんゲットまでは程遠い。気を引き締めなければ)
これは、神様からの最初の試練なのかもしれない。与えられた選択肢の中から、最良の一つを見つけ出せと。
「卑弥呼様、申し訳ありませんが、私、歴史には詳しくなくて……。このリストだけでは、それぞれの家がどういう状況にあるのか分かりません。もう少し詳しく教えていただけますか? 安全に、そして穏やかに暮らせる場所を選びたいのです」
私はあえて「穏やかに」という言葉を強調した。戦乱の世に転生するのだ。生存戦略として、これ以上重要なことはない。
「えぇ、仕方ないわね。じゃぁ、蠣崎氏は、蝦夷地(北海道)で周りに敵対勢力が少ないけど、冬は極寒よ。で、浪岡北畠氏は、名門だけど内紛続きで先行きが怪しいわね。だから、……」
卑弥呼様は溜息交じりに説明を始めたが、その話はあまりに長く、複雑だった。公家の血筋だとか、幕府との関係がどうとか、専門用語のオンパレード。聞いてる途中で何度も寝落ちしそうになったわ。
でも、必死で意識を保ち、重要なキーワードを拾い集める。どうやら転生できる時代も、それぞれの家によって数十年単位でズレがあるらしい。まるで歴史シミュレーションゲームのシナリオ選択画面だ。やったこと無いけど、〇〇の野望とかだっけ?!
(要するに、織田や武田のような有名大名の近くは、戦争に巻き込まれて危険。かといって、北の果ては寒くて米や食料が大変そう……。西国は……なんだか複雑でよくわからないわ)
長時間にわたる説明から、私は生き残るための最低限の情報を必死で絞り出す。安定した生活基盤。それが最優先事項だ。
(となると関東なら、気候も土地も比較的安定しているはず。でも、伊豆の北条氏は後に豊臣秀吉との大きな戦に巻き込まれて滅亡するって、昔、大河ドラマで見た気がする。そういうのは絶対に遠慮したい! 武蔵(東京)はまだ広大な湿地帯のはず。徳川家康が江戸に入るまで、まともに住める場所じゃなかったって聞いたことあるし……)
消去法で選択肢を絞っていく。そして、一つの名前に目が留まった。
(安房の里見氏……。房総半島の南か。海が近くて、気候も温暖そう。それに……)
何より、今の私と同じ〝里見〟という名字に、ささやかな縁を感じずにはいられなかった。全くの偶然だろうけど、それでも心細い転生生活の、小さなよすがになるかもしれない。
「卑弥呼様、長い時間ありがとうございました。だいぶ悩んだけど、決めました。安房の里見氏にします」
私の決断に、卑弥呼様は「ほう」と少し意外そうな顔をした。
「良いの? もっと力のある大名家もあるけれど」
「はい。私には、天下統一の野望なんてありませんから。それよりも、穏やかに暮らせる可能性が高い場所がいいんです。年代については、卑弥呼様が一番生存しやすいと思う時代にお任せします。どうせ、どの時代が良いかなんて、私には判断できませんので」
私はきっぱりと言い切った。神様の掌の上で踊らされているのは分かっている。それでも、自分の意志で選択したという事実が重要だった。




