0045. 閑話・【氏兼】姫の都を創る次なる一手
鞍馬衆と飯母呂一族の移住に目途が立ち、姫御子様の神領となる平砂浦の地にようやく人の営みの灯がともり始めた。今はまだ荒れ野に粗末な小屋が並ぶばかりだが、ここに社を建て門前町を築くのだ。
おれは社の宮司として、その礎が見えてきたことに静かな満足感を覚えていた。光賀殿も甲斐で人集めを進めてくれている。一歩ずつ、着実に。そう思っていた矢先のことだった。
「氏兼、参れ」
殿の短い一言。おれは再び広間に呼び出された。
静まり返った広間で殿はゆっくりと口を開いた。
「先日の一件、大義であった。鞍馬衆と飯母呂一族、 両一族とも無事に平砂浦の地に向かってもらったわ」
「はっ、ありがたきお言葉にございまする」
「だがな、氏兼。戦支度は整えど国作りの駒がまだ足りぬ」
殿の言う通りだった。屈強な忍びや狩人は集えど、彼らの多くは家を建て、土を耕す者ではない。門前町を作るにあたり人手は圧倒的に不足している。
「まだまだ人は足らぬな。特に人が住まうには、生活道具を整え、家を修繕する者が必要になってくるであろう」
「仰せられるとおりです。今の者らではほとんど手が回りませぬ。早めにそのような者らを集めて来ねば、いずれ立ち行かなくなるでしょう」
「よう、そこまで理解してくれていて助かるわ。それでな、氏兼よ。そなたに再び旅に出てもらうと思うておる」
殿が命じたのは「国を創る者たち」の勧誘だった。
番匠(大工)、宮大工、石工、瓦師、鋳物師……。姫御子様の社と門前町を日ノ本一の都とするためのあらゆる職人衆を戦乱に喘ぐ畿内の地から一族郎党、この安房へ招き入れよ、と。
「京の都なら、そのような職人も多かろう。少し前には大和で戦もあり、畿内では土民の蜂起もあったと聞く。戦を避けて、こちらに来ても良いと考える者もおろう。鞍馬衆と共に人集めをよろしく頼むぞ」
「……沙門殿達鞍馬衆にとって、かの地はお庭のようなものでしょう」
おれは、すぐに一人の男の顔を思い浮かべていた。
平砂浦に戻ると、すぐに沙門殿に声をかけた。
「――なるほど。職人衆の勧誘、でございますか」
社の建設予定地にある、おれの仮の陣屋。そこでおれの呼び出しに応じ、鞍馬衆の頭領・沙門殿が静かに茶をすすっていた。
「左様。殿は鞍馬衆の力を借りよ、と仰せだ。正直に言おう、沙門殿。おれは坂東の戦場で泥にまみれてきた武骨者。都の公家や職人の気質など、とんと分からん。……お主の〝目〟と〝耳〟を貸してはくれぬか」
おれの率直な言葉に、沙門殿はふっと口元を緩めた。
「承知いたしました。それこそ、我ら鞍馬が殿に忠義をお示しする、またとない機会」
彼は淀みなく語り始めた。その瞳はもはや影に生きる者ではなく、主君に仕える、冷徹な軍師のそれだった。
「氏兼殿。我らも今や、この坂東の民。先の結城合戦がこの地に深い傷を残したことは、聞き及んでおります。あなた方にとっては他人事ではありますまいが、職人衆をこの坂東から集めなさいませぬのか」
沙門殿の言葉におれの脳裏に苦い記憶が蘇った。そうだ、我らとて流れ者なのだ。
「いかにも。……そもそも、我ら里見がこの安房の地におるのも先の永享の乱が故。我が殿の御父君である先代当主が鎌倉公方様側につき、上杉方に敗れ、討ち死にされた。
まだ若く、経験も浅かった殿と共に若輩であったおれも残された者たちを率いて故郷の上野を追われ、この地に流れ着いたのです。あの戦の傷は今も生々しい」
おれは拳を強く握りしめた。あの日の絶望、先の見えぬ不安、そして、殿を守り、一族を再興させねばならぬという焦り。全てが昨日のことのように思い出される。
「だからこそ、結城の残党と見なされかねぬ者らを迂闊に召し抱えるわけにはいかぬ。この安房が我らにとって、最後の土地なのだからな」
おれの言葉に、沙門殿は、静かに頷いた。
「……左様でございましたか。それは失礼を申した。ならば、坂東での人集めは危険が伴いましょう。目を向けるべきは、西……我らが故郷、畿内にございますな」
彼は携えてきた地図を広げ、指し示した。
「まず大和の国。かの地は先の大和永享の乱以来、興福寺様と筒井家の争いが絶えず、国は疲弊しきっております。腕利きの職人たちも戦乱で仕事を失い、日々の糧にも事欠く状況。我らが安住の地と正当な報酬を約束すれば、喜んで海を渡る者もおりましょう。特に興福寺様は今、かなり苦労していると聞いております」
「次に京の都。先の将軍様が暗殺された嘉吉の変以来、都は乱れ、幕府の権威は地に落ちております。後ろ盾を失った公家や寺社も多く、彼らに仕えていた名工の子孫たちが、今、仕事を失い路頭に迷っておりまする。特に下京の右京あたりは廃れており、そこに住む者ならば、一族での移住も厭わぬやもしれませぬ。今の都に安寧はございませぬのでな」
なんという的確な情報。そして深い洞察。おれ一人では、到底たどり着けぬ深さだ。
「……助かる、沙門殿。お主がおれば百人力よ」
「いえ。我らは姫御子様と殿のために我らの技を使うのみ」
おれは沙門殿と共に地図の上に具体的な勧誘の策を練り始めた。
まずは我らの活動の拠点として、鞍馬寺に協力を請う。彼らも我らが寄進したことで、以前よりは生活が楽になっているはず。恩を売っておいて損はない。
次に大和へ赴く。だが、勝手に人を連れ出せば、要らぬ遺恨を残す。まずは興福寺と筒井家の当主である順永殿の両者に話を通し、腕利きの者たちを正式に譲り受ける、あるいは保護するという形を取る。そのための繋ぎとして、鞍馬寺の副貫主から一筆書いてもらうのが良かろう。
「よし」
おれは、立ち上がった。
「作戦は決まった。……沙門殿、共に行くぞ」
「はっ。仰せのままに」
数日後、おれと沙門殿は鞍馬寺の門をくぐっていた。
久しぶりに訪れた寺とその周辺の村は、以前よりも活気が戻っているように見えた。我ら里見からの寄進もさることながら、鞍馬衆という大きな扶養家族が減り、寺が本来の形を取り戻しつつあるのだろう。
副貫主は我らの来訪を心から歓迎してくれた。そして、少し肉付きがよくなった沙門殿の姿を見て、安堵の表情を浮かべた。故郷を離れた者が異郷の地で健やかに暮らしている。その事実が何よりの土産となったようだ。
「……今後も畿内で人集めをする機会は増えましょう。殿に進言し、寄進は定期的に行うようにせねばな。我らにはこの畿内に拠点となる地がないのだから」
おれは鞍馬寺との懇意をより一層深めることを心に誓った。
姫御子様の神託がおれに、そしてこの里見家に次々と得がたい宝をもたらしてくれる。
影に生きてきた、忠義に篤き忍びたち。
そして、これから仲間となるであろう、国の礎を創る名もなき職人たち。
その者たちと共にあのお方が住まうにふさわしい、日ノ本一の都を必ずや安房の地に創り上げてみせよう。
おれはまだ何もない平砂浦の荒野の先に槌音が響き、人々の笑い声が満ちる、輝かしい未来を確かに見ていた。




