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【10/1第三巻&コミカライズ一巻発売決定】意地悪姉と呼ばれた令嬢、実はとても優れた魔法使いでした。  作者: 光子
第二章 ヴァルドール王国

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93話



 こうして私達は、異能【犠蜂の盾】について調査を始めることになった――のだが。


「えー。僕、リネットと二人っきりが良かったのに!」


 歩き出して間もなく、アイノウがまるで世間話でもするような気軽さで不満を漏らした。


「何が不満なんですか」

「だってアレンとノア、厳しいんだもん! ハルトと一緒でも良かったんだけどなぁ」

「何を仕出かすか分からない貴方とハルトを二人にするわけがないでしょう。そもそも、俺は第0部隊とは関係ありません」

「えー、酷いなぁ」


 ……ごめんなさい、私も同感です。

 調査にあたり、私達は二班に分かれることになった。一組はノアとハルト。もう一組は私とアイノウで、そこにアレンが補助として加わる形だ。ちなみに、ノア達はすでに別の調査に向かっている。


「そういえば……あの『毒蜂』は何だったんですか?」


 王子の部下達が操っていた、黒紫に濁った得体の知れない蜂の姿が脳裏に浮かぶ。思い出しただけで、背筋にひやりとした震えが走る。

 私の問いに、アレンは歩みを変えずに応じた。


「花園で生み出される、もう一つの力だそうです。【犠蜂の盾】には二つの性質があり、王子は『蜜』ではなく『毒』を形成する力を持っている――そう聞いています」

「異能が作り出す毒……」


 もしあの毒蜂が私に向かってきていたら、私は、とても避けきれなかった。

 私は小さく息を呑み、その言葉の重さをゆっくりと噛みしめた。


「帝国では、俺がいない間に何か変わったことはありませんでしたか」


 今度は、アレンが問いかけてくる。私とアイノウは思わず顔を見合わせた。


「帝国では、外来種の魔物が問題になっています」

「外来種?」


 予想外の報告だったのか、アレンはわずかに眉間へ皺を寄せた。


「本来、帝国には存在しないはずの魔物が出没し始め、各地で被害が出ています。現在は第二部隊と第六部隊が中心となって対応していますが、原因はまだ分かっていません」

「国境付近の町バルセリアでも、魔物がいっぱいで皆すっごく大変そうだったよねー!」


 私の説明に続くように、アイノウも思い出したように声を弾ませる。

 アレンは話を聞きながら、何かを思案するように視線を落とし、黙り込んだ。


「どうかしたんですか?」

「いえ……この国は戦える者が少ないので、結界を失えば大変なことになると思っただけです」

「あ……」


 帝国では魔物被害は珍しくない。むしろ多かったからこそ、国民を守る義務として貴族には戦う術を学ぶ機会が与えられていた。

 平民の中にも戦いに身を置く者は少なくない。だけど――この国は違うんだ。


「女王様も、そりゃあ必死になっちゃうねー」


 ぽつりと呟いたアイノウは、その場でぴたりと足を止めた。


「とうちゃーく! ここが、外縁の入口だね!」


 目の前に広がるのは、中層から外縁へと移る区画の境目。特別な門があるわけではなく、誰でも自由に行き来できる造りだ。

 女王の塔――内層へ入る時は、厳重な門をくぐらなければならなかったのに。


「ここに、アレンの婚約者がいるんだよね!」

「「――」」


 アイノウは悪気なく、ただ思ったことをそのまま口にしただけなのかもしれない……けれど。その無邪気な一言に、私もアレンも思わず肩をぴくりと強張らせた。


「婚約者ではありません」

「あはは。そうだった! ごめんね」


 きっぱりとした声は落ち着いていたが、その奥にかすかな苛立ちと緊張が混じっているように聞こえる。そもそも私達がここに来たのは、アピア王女と話をするためだ。


「ようこそいらっしゃいました。アレン殿下、第0部隊の皆様」


 外縁に足を踏み入れた私達を出迎えたのは、この国の宰相コクシエル様だった。


「このような場所にまで足を運ばせてしまい、申し訳ありません。女王陛下がアピア王女と殿下の対話に見張りをつけるようお決めになりまして……その影響で、こちらまでお越しいただくことになりました」

「お気になさらず」


 アレンは短く簡潔に、返答する。


「こちらへどうぞ。アピア王女がお待ちです」


 コクシエル様は頭を下げると、私達を王女がいるという場所にまで案内した。足を踏み入れ、辺りを見渡しながら中を進む。

 外縁の区画は、構造も雰囲気も中層と大きく変わらなかった。

 街灯が並び、小さな公園や学校があり、人々の生活の気配がほどよく漂っている。道もきちんと補修されていて、特別に不便を感じるようなところは見当たらない。やがてコクシエルは、広くて清潔感のある、大きな庭付きの建物の前で立ち止まった。

 庭には季節の花が控えめに咲き、窓辺には子供達が描いたらしい可愛らしい絵が飾られている。


「ここは……《ニド孤児院》?」


 建物に掲げられた看板の文字を、そのまま口にする。


「そうです。こちらの区画は、女王陛下が丸ごと身寄りのない子供達のために作ったものです」

「! 丸ごとって……」


 区画一つを、丸ごと……? そんな規模の孤児支援、聞いたことがない。女王陛下が、ここまで。

 驚きに足が止まりかけた私をよそに、コクシエル様は迷いなく建物の奥へと進んでいく。慌ててその背を追った。


「あ、コクシエル様。いらっしゃい!」

「王女様、来てるよぉ!」


 小さな子共達がコクシエル様の姿を見るなり、ぱっと花が咲くように輪を作る。


「女王様に絵を描いたのー! 渡してくれる?」

「勿論です。陛下もお喜びになるでしょう」


 その中の一人の女の子が差し出した絵を、コクシエル様はふっと目元を和らげて受け取った。


「……素敵な絵ですね」


 私は、その絵を見て素直な感想を述べた。

 孤児院を背景に、そこで暮らす家族達と、女王陛下、アピア王女が笑顔で並んでいる絵。

 ――正直、意外だった。私の中にあるヴァルディア女王の印象は……決して良いものではなかったから。目的のためにアレンとの婚約話を大きく広げて逃げ道を塞ぎ、無理にでも婚姻へと結びつけようとしていた。そんな冷徹さばかりしか知らない。


「皆様の目にどう映っていらっしゃるか知りませんが……陛下は、民を想う素晴らしいお方ですよ」


 コクシエル様は、笑顔でそう答えた。

 孤児院の広い庭を一望できるテラスに、王女がいた。楽しそうに遊ぶ子供達を見守りながら、柔らかな表情を浮かべている。

 この人が……本来アレンの婚約者とされていた相手。


「アピア王女、お待たせしました」

「あ……」


 アレンの声が届いた瞬間、王女の表情がわずかに揺らいだ。先ほどまでの穏やかさがすっと引き、怯えの影がその顔に落ちる。


「では、私はこれで失礼します」


 コクシエル様は手を胸に添えて一礼し、静かにその場を離れていく。

 王女はその背中を名残惜しむようにしばらく見つめてから、ゆっくりとこちらへ向き直った。


「あの……お話を聞きたいとのことでしたが……私は、あれ以上のことは知らされていません」

「そうでしょうね。でなければ、コクシエルがこんなにあっさりと貴女に会う手助けをするはずがありません」

「こ、コクシエルは……ただ、私のお願いを聞いてくれただけで……」


 アピア王女は必死に言葉を紡ぐが、その声は震え、今にも消え入りそうだった。

 その様子を横目で見たアイノウが、小さく肩をすくめる。


「アレン、すっごい怯えられちゃってるねー」

「……俺は、普通に話しているつもりなんですけどね」


 このままでは、王女は完全に口を閉ざしてしまう。そう感じて、私はそっとアレンの隣に並び、静かに口を開いた。


「アピア王女。ヴァルドール王国を救うために、私達に力を貸してほしいんです」

「……救、う……?」

「はい。そのためには、アピア王女の力が必要なんです」


 王国の内部に協力者がいるという事実は、私達にとって大きな支えになる。

 それに……子供達を見守るアピア王女の眼差しは、あまりにも穏やかで。打算や虚飾とは無縁の、ただ純粋に心優しい人なのだと、そう思ったから。

 私の言葉に、アピア王女は一瞬、口を開きかけたが、すぐに言葉を飲み込むように目を伏せた。

 自分には、その資格がないと言うように。


「……私は、無力です。……何もできません」


 返ってきたのは、静かな拒絶。

 拒むというよりも、自分自身を否定するような声音。それは「嫌だ」という意思ではなく、諦めに近いものに聞こえる。小さくか細いその声は、触れればそのまま崩れてしまいそうなほど、脆く頼りない。

 きっとこのまま言葉を交わし続けても、何の進展もないだろう。


「無理強いはしません。私達に力を貸してもいいと思えるようになったら……その時は、お願いします」


 そう言って一歩退いた私の視界の端で、アピア王女が小さく肩を震わせた。俯いたまま、袖口でそっと目元を押さえている。……突然、他国の使者に協力を求められて、怖がらせてしまった……よね。

 重たい沈黙が落ちる。

 その沈黙を破ったのは――


「……王女様。泣いてるの?」


 正真正銘、幼い子供の声だった。

 庭で遊んでいた七、八歳ほどの女の子が駆け寄り、背伸びをして王女の頭をそっと撫でる。


「泣かないで。王女様が泣いてたら、《リリ》も悲しいよ」


 リリ――この子の名前かな。

 可愛くて、優しい子。よく見れば、さっきコクシエルに絵を渡していた子と同じだった。


「ありがとう……リリ」


 王女はリリの頬に触れ、かすかに微笑む。

 その声はまだ震えていたが、先ほどよりもわずかに落ち着きを取り戻していた。


「えへへ。王女様には、私が『お祭りの主役』になるところを笑顔で見守っていてほしいもん」

「――っ」


 だが、その言葉を聞いた瞬間、王女の顔色がさっと変わった。深く傷ついたような影が落ちる。


「お祭りがあるの?  ほんとに? いついつ? どこでやるの?」


 お祭りの一言に、アイノウはぱっと目を輝かせて身を乗り出した。


「そうだよ。《蜜【みつ】の祭【まつ】り》って言うの! 私が今回、そのお祭りの主役だから、良かったら見にきてね!」

「行く行く! お祭り楽しみー!」


 リリの言葉に、アイノウはさらに目をきらきらさせてはしゃぐように返す。

 ……こうして並んでいると、同じ年頃の子供同士にしか見えなくて違和感はない。……けど、任務中だってこと忘れてますよね。


「主役って凄いね! ねえ、何するの?」


 アイノウの問いに、リリは満面の笑みを咲かせた。


「お祭りの日にね、お迎えが来るんだよ」

「お迎え?」

「うん! 私――《犠蜂【ぎぼう】》になるの」


 胸を張り、嬉しそうに語るリリ。

 その無邪気な声のすぐ傍で、アピア王女はそっと視線を落とし、悲しげにまつげを震わせていた。


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