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苦手なこと、剣を振る。【後編】

有言実行というやつですぐ投稿。

”へー。エミリアル家って、あの大きな家だよね”

「そうよ、わたしの家はリョーシュ様ってわけ。ヘーミンさん」


 随分生意気なクソガキだ――――僕の心境はそれぐらいの次元。ちょっと顔が良いから許せるけど、これがいつも猫なで声を出す近所の少女だったら僕は凄い顔をしてる。


 どうやらここらへんの領主様の娘らしい。僕は正直なところ、彼女のことをこの時はじめて知った。

 そう言うとヴァールははぁ、と先ほどの威勢に似合わない長い溜息をつく。


「わたしはほとんど外に出たことなんてないもの。今、初めて脱走して会った人の形をしていたものが、あなた」

”悪かったね、人間に数えられない感じで”

「いえ? そういう意味ではないのよ。でもちょっと、意外だなって」


 意外? 意外とはなんだろう、疑問が顔に出ていたのか彼女は即答。


「教会の人も、お父様もわたしに命令ばかりよ。わたしが変なのかと思ったけど、あなたみたいな人ばっかりなの? 外って」

”僕は、まあ例外じゃないかな。何で?”

「思ったより楽しそうだから」

”変な子”

「剣だけふれないあなたに言われたくはないわ」

”しょうがないだろ、僕だってこれぐらい出来るようになりたいもんさ”


 当時の僕というやつは、外の評価より家で評価されたかった。

 両親は調子づいているのを気づいていたのだろう、家では全く褒められない。例え教会の聖書を丸覚えしても、大の大人を組み伏せても、教会の人と高尚な話をしても。


 扱いが普通だったと言い直そうか。普通だったけど、ちやほやされ慣れた身からすればストレスだ。一番特別扱いしてくれる両親は特別扱いしてくれない。

 挙句の果てには


『無闇に力を見せびらかすと、痛い目を見るぞ』


 と言うだけ。

 鍛冶屋だった父親に習って、剣を振れるようになりたいという発想は自然だ。転生者だろうが何だろうが彼らの息子だ、彼らに褒められたときが一番気分がいいという確信もあったしね。


 そんな身の上話を彼女にしていたら、簡単に言うと笑われた。


「あなた、ヘンね!」

”は?”

「ジューブン褒められてるじゃない」

”どこが?”

「どこだと思う?」


 面倒くさくなったので話を切ってしまった。あの時はっきり聴けば、何か違ったんだろうか。


 彼女はそれから、時折僕の所に来るようになった。

 いつもうだるような炎天下の下、キラキラするくらい白い肌を見せつけながら、赤い瞳で不敵に僕を見つめながら走ってくる。

 気づいたことと言えば、彼女は物言いが真っ直ぐではあるけど悪気はないということ。例としては


「あなた、頭いいのかわるいのか分からないわね」


 と言われたことがある。いやぁ、実は正解だ。

 感情問題を処理する時の僕は間違いなく頭が悪い。僕に与えられたのは外部への理解力で、自分に対するものじゃなかったらしくて。


 彼女と言うと、端的に言うと僕が見る限り。とてもひどい環境で生きていた。

 どうやら彼女は「忌み子」らしくて、両親からは中々のネグレクト。使用人も煙たがってるようだったし、教会の人間からは「清める」と称して割と散々な目にあっていた。

 特に一つ、まあこのエピソードは辞めておこう。僕ですら胸糞悪い、ロリコンが嫌いになる程度には胸糞悪い。肝心なことをしていないだけ生ぬるいかもしれないが、それでも理解出来ないし気分が悪くなる。


 僕が怖かったのは、それを彼女がなんとも思ってないところ。要するに、常識の摂取場所がなくて、それを普通の話題のように僕に喋ったということだ。まるで上司の軽めのセクハラを同僚に物申すみたいな、そんな軽いもの。


 怖かった。僕の常識が本当に露程だって共有できなかった。


「ああ、今外に出ているのは見つかったら怒られるから。ヒミツよ?」


 いつもとんでもない話を聞かされた後、当然のようにそう言われた。


 悩みのスケールが違いすぎる。僕なんて精々、親から認められてると思えない事ぐらい。後は何でも出来てつまらないとか、本当の自分はこんな能力が有っただろうかだとか、そんなしょうもないものだから。

 転生する前はとても没個性な人間だったと思う。多少教科毎に偏差値がズレてても、合わせて53のような。平凡、仕事でも全く怒られないことも、怒られっぱなしということもない。

 そういう目立たなさを拗らせただけの僕とはちょっと、お話にならないくらいの内容が多かった。


 彼女は僕の悩みに真剣に向き合ってくれた。くだらない自慢と切って捨てられる事を、沢山、沢山、沢山。


 なんかくだらないね、と言うと。


「わたしはあなたの悩み、くだらないなんて言わない。悩みにおっきいもちっぽけも無いわ」


 すぐにそう返された。表情は真剣で、言葉に詰まる。


 それはとても救いだったんだと今では思う。

 確かに人の悩みって人それぞれで、優劣なんかつけられない。でも、やっぱり世間体として大きさを考えてしまうのは当然で、色々と持っていた僕が言ったのはきっと我儘だ。


 それを打ち明けれたのも、そう言ってもらえたのも、きっと救いだった。

 教会の人間はエミリアルの人間に隠れて、ヴァールを「聖女」と呼んだらしいけど、ならば僕にとっても彼女は聖女だったのかもしれない。


 数年続けた。僕とヴァールが会っているのは両親にバレていたらしい。


『お前は最近、ちょっと変わった』


 そう言って、彼女にも昼食を母親が用意してくれるようになった。

 それまでずっと振れなかった剣は気づけば振れるようになっていた。どころか他よりも飛び抜けて才があった。

 父さんは僕を見て、きっとそこらの商人にだって売れるだろう剣をくれた。


 気づいたら力を見せびらかす癖は治っていた。皆僕を凄いと言ってくれたけど、そうでもないと本気で思えるようになった。

 何でだろう。何でだろうか、分からない。でも彼女が来てから、僕の人生はモノクロを辞めてくれたらしい。


 周りの人も僕とヴァールの関係は知っていたみたいで、正直に話すと彼女を住んでる場所に案内できた。いつも目を輝かせて質問漬けにする彼女の笑顔は眩しくて。


 16才。事は起きた。


 僕は突然エミリアル家に呼び出されるなり、とても怒られた。

 妙なのが此処で僕を責める口調なら、僕は「そういう展開」だと思えたんだけど、彼らがしたのは僕の心配だった。


「あんな子に近寄って平気なのか」


 とか


「身体に不調は出ていないか」


 とか。なんと言えば良いんだろう、人並みに良い人間だった。

 僕を普通に心配していたんだ。「彼女と関わったから、危険だから」。耐え難い苦痛だった。


 彼女は普通だ。普通に笑うし、怒るし、悲しいとも言うし、どうしようもないくらいただの人間だ。否定しようがない。

 なのに、そこで語られる彼女の図式は「バケモノ」。触れるだけで肌が腐り落ちて、見るだけで目が潰れていき、声を聞けば幻聴に苛まされるみたいな。


 言うには、「此処は辺境だからその恐ろしさを知らない、教会の人とうまく”処理する”方法を考えてる」と言われた。目眩がした、本気で目眩がした。


 人間を、本当にどうしようもないくらいバケモノ扱いだ。

 しまいには


「騙されてしまったのか、可哀想に。あんなものの犠牲になるのは私達だけで充分だ、もう忘れなさい」


 優しく諭された。頭がおかしくなる寸前なくらい頭に血が上る感覚は今も忘れない。


 何故それがバレたのか、皆隠していたはずなのに。僕が尋ねるとこう答えた。


「アレが教会の方を拒んだからだ。バケモノの癖に、本当に演技だけは上手くて」


 帰ってから耐え難い違和感に吐いた。








 エミリアル家が僕を責めないのを読んでいたのか、教会の方は手ぬるくなかった。

 通りすがった大仰な護衛を連れた”自称王お抱えの占い師”に僕は次の日だったかな、こんな事を言われた。


「君はいつか王を討つだろう、悪辣な人相が見える。きっととてつもない大悪党になるが、今なら戻ってこれるかもしれない」


 簡単に言うと、僕はそれから完璧に領土内でいじめを受けっぱなしになる。

 誰に喋りかけても無視されたし、何だか仕事も少なくなったと父さんはぼやいた。僕の服だけ知らない間に破られてたなんて事もあって、何かもう笑えるというか。


 やっぱりいじめなんだけど、驚いたのはそこからだ。

 両親は全く怒らなかった。というか平気な顔をしていた、僕のほうがビクビクしていたかもしれない。


”何で怒らないの”


 とうとう根負けして、そんな何とも言えないギリギリ生きるだけの生活が息苦しくなって。吐き出すように二週間目に尋ねた。


 父さんは初めて僕の肩を叩くなり、いつもの仏頂面でこんな事を言う。


「お前がやりたい事をやったからだ。たとえそれがどういうことでも、お前は今まで一度もそれを見つけていなかった」

「そのまま生きていく息子を眺めるのに比べてみろ、少し生活が面倒なのが何だ? 俺は構わん、なあフレイ。お前も構わんだろ?」

「別に良いんじゃない? 生活にこだわりもないしね」


 どうやら僕は大きな勘違いをしていたらしい。


 親の願望というやつは、「やりたいようにやること」だそうだ。しかし口で言っても分からん程度に調子に乗っていたし、何よりこちらの目を気にしていてはお話しにならないから放っておいていたらしい。

 放任主義極まる所だし、実際そういったし


「俺が元々説教とか出来る性格でもないし、お前がそうするならあまり止めようと思ってなかった」


 と言われたので、やっぱり唯の放任主義。僕は暫く生乾きの服を着ながら考えた。


 やりたいことをやれと二人は言った。たしかに僕はここに来てからやりたいことというのは持っていなかった、自慢したいのはくだらない自尊心。根本的に何かをしたいと考えてやったことはない。

 何がしたいだろう。


 思い出したのは、彼女の笑顔だった。まるで物語の主人公で都合がいいと自分で思ったけれど、僕の中でそれなりに彼女は大きいようで。

 意外なことだが、僕を絶対に認めてなんか居ない彼女こそが、ある意味僕を一番肯定している人だったんだと思う。何が出来るから凄いでもなくて、性格がどうだから好きでもなくて、「眼の前に居る僕と喋りたい」だけで動いていたのは、人間不信気味の僕にだってはっきり伝わった。


 肩書じゃなくて、人間として好んで一緒に居てくれていた。


 沢山彼女の表情を見た。時折懐に隠した虫を見せたときには


『あなた、趣味が悪いわ!』


 と本気で怯えながら怒ってたし。

 サンドウィッチもどきみたいな固いパンを母親から渡されていたのだが、二人分になったからと半分上げたときは


『ば、ばれてるの!? 言いふらしてない? ね?』


 と不安そうにこちらを見つめてきたし。

 村の人とお喋りをしていた時は


『ねえ、貴方はあの子に勝てるの?』


 といたずらっぽく笑いながら挑戦状を叩きつけてきた。


 思い出すとまあろくな思い出はなかったんだけど、でも、思い出せたのがあまりに大きい。

 これだけ露骨にされた所で、僕の記憶はセピア色じゃなかった。思い出は絵の具がたっぷりと塗られた色彩豊かな絵のようにはっきりとしていて、過去になっているという感触がまるでない。


 要するに、今も彼女を忘れていない。

 ほっとけない。僕が中途半端に教えたせいで、彼女の扱いはまた悪化しているのも目に見えてる。

 納得も行かなければ、締まりが悪い。


 せっかくこれだけチートを持っているのに、身の回りの女の子一人助けられなかったらあまりに情けないし。


”仕方ないな”


 寝台に寝転がるのは辞めた。その日の月は、まだ三日月。

 計画の決行は満月の夜だった。








「おう、アールゴーンか。あっちのエミリアル様はどんちゃん騒ぎでお忙しそうだぜ」


 夜中、今日は教会の人間と晩餐会だとバハクから横流しの情報が有ったけど、事実確認は輝く室内で取れた。


 僕が「ヴァールを攫って旅に出る」と言った瞬間、父さんは黙って金貨を20枚ほど僕に寄越してきた。相場価値がわからない僕は何となくで呆気にとられていたけどバハクは10枚積んだら買われてくれた。何でだろう。


 華やかな音楽でも聞こえてきそうな明かりの喧騒をくぐり抜け、1つずつ整えられた草木をくぐる。

 彼女のいる場所は離れだという。今日ばかりは警備も手薄じゃないのかというのが彼の意見、いや全くこれは当たりだったりして。


 満月の夜でも雲が覆えば光は陰る。僕らは雲の射した時期を見計らって走って、走って、ついでに見張りの一人に関節をキメた。殺してないから許して欲しい、だって買収できなかったんだもん。

 彼女の家の庭はとても広くて、整えられていて、まるで気分はRPGの主人公。身勝手な動機の割に、何だかお姫様でも連れ出すような陽気な気分が混じっていく。


「にしてもアールゴーン、お前さん派手だねえ。何、惚れてるの?」

”さあ? どうでも良いよ、僕は僕のしたいことをするんだ”

「うーわカッコいい事言っちゃってぇ」


 茶化されたのが印象的。

 カッコいい事だなんて、僕はそうは思わなかった。これは驕りじゃなくて、本心から。


 バケモノだと思おうが実の娘を迫害するほうが気分としては最悪だ。人が最も辛い時は正しいことをしているときじゃなくて、正しくないかもしれないことをしている時だって経験則で分かってた。

 このままじゃ彼女も、彼女の両親も苦しい。マトモに部屋を与えてる時点で、何処か彼女を人間だと感じているはずなんだから。


 急に申し訳なくなる。


”金は払ったとは言え、主人を裏切る真似をさせて申し訳ない”

「は? 何で謝んだよ」

”だって”


 だってもへちまもねえよ、と背中を思い切り叩かれる。


「金だけで動きゃしねえ。俺はおかしいと思ってたが足踏みしてた、お前はおかしいと思ったから金を使ってでも解決しようとした。俺は金までもらえて、やりたい事してんだよ」

”首になったらどうするんだい”

「お前らの旅にでもついていくわ、ヴァールのお嬢さんは俺が取っても問題ないかね」


 ご勝手に、と答えた。勝率はえらく低そうな確信だけあった、何でかと言われても困る。

 くだらないひそひそ話も気づけば終わり。


 さてもう入れるぞ、そんな時にバハクは僕の背中を黙って押す。


”君も入ればいいじゃないか”


 はぁ? と露骨に溜息をつかれた。


「お嬢さんの英雄はお前だ。俺達じゃねえ」

”でも協力してくれたじゃないか?”

「ただの裏切りもんだ、ごちゃごちゃ言わねえでいってこいよ。無謀な王子様」








 部屋は意外と小奇麗だった。整然と並ぶ本は装丁も色々、量も壁の半分以上を覆う凄まじい量。ちっぽけな丸テーブルには家柄に似合わない簡素な食器とコップが置かれている。


 部屋の隅のランタンの側、縮こまった細くて白い足。パラパラと頁をめくる音がして、何となく歩いていく。


「誰? 今日は教会の人とお食事なのだから、仕事を怠けてはいけないわ」


 紙を捲る指が止まった、振り向かずに言うには僕は雇われだと思われている。声は余所余所しくて、ついでに尊大。いつも彼女は怖気づくという単語を知らない性格ではあったが、というか――――――だから余計に。

 強がっているのも感じる。


 一歩前に踏み出すと、また頁を捲る音が再開された。


「別に居るのは結構だけど、私と居るとあまりいい顔はされないわ。大方小耳に挟んだ新入りなのだろうけど、好奇心であんまり痛い目は見ないようにしなさい」


 随分と生易しい忠告だ、バケモノ扱いなのに。ついでに言えば、足音なんかで僕に気づいてくれたわけでもなかった。


 ラノベの女の子は足音でも匂いでも主人公に気づいてしまいがちだけど、夢がない。

 夢がなくて、またそれくらいの距離感が僕は好きだ。特別扱いでもなければ、邪険にもしない。僕に付随した枝葉の情報なんて、本当にどうでも良いことかのように彼女はいつだって振る舞った。


 悪い意味ではなくて、まあそういう所が今こんな事までしている理由に違いない。


「本ばかりと聞いて来たなら…………そうね、テーブル周りに置いた本は良いんじゃないかしら。古い神話を派生から纏めてある筈」


 アレを置いていると言い張るのか、僕には捨ててあるように見えるんだけど。


 そのすぐ後ろまで歩いた。今度こそピタッと本を閉じるなり、つまらそうに髪を弄る。


「貴方、物好きね。知らないわよ、どんな事言われても」

”まあ、散々言われたね。いや本当に”


 目を見開いた彼女の表情がランタンにゆらゆらと照らされる、ちょうど雲は晴れて、いやまたやけに都合がいいなと思った。


 ふと、思ったことを口走る。


”君、月明かりで見ると普通に可愛いね。もっと生意気な顔してる印象があるんだけど”

「何で来たのよ、今度は教会はただじゃ済ましてくれないわよ。こんな過干渉して」


 つっけんどんだったが、床につけていた指がほんの少し震えている。

 思い立った感覚に今更ながら苦笑い。


 なるほど、僕に主人公になれと。神様は仰っしゃりたいのね。

 こんな子をわざわざ用意して、僕に無駄な能力ばかり与えて、おまけに僕自身、何だかそれでもいいかと思い始めてきた。

 目立つのは好きじゃない。ちやほやはされたいし、カッコいいとは思われたいけど目立ったら叩かれる。きっと困難は多く有る、何でもかんでも僕に与えられた力で解決できるとも限らない。


 そうだな、アウェーだ。主人公はカッコいいらしいんだけど、凄く何時もアウェーなようだ。


”じゃあ帰ろうか”

「帰りなさい、というかどうやって入ってきたのかも想像がつかないわね」


 もうまどろっこしいか。


 膝をついて、目線を合わせて手を差し出す。


”見てられないので、僕に君を攫わせてください”






















「イヤよ」

”ホワイ!?”


 今かなり恥ずかしかったのに!? 嘘だ、僕はこんな無様な二枚目を演じるつもりは毛頭ない!


 予想外すぎる出来事に思わずついていた膝ががくんと崩れる、彼女のニヤリとした笑顔がまた厭らしい。なんて女だ、僕の金貨10枚を返せ馬鹿野郎。

 そんな事を考えていると、ぷいっと顔を逸らされる。


「攫われてあげるのは良いけど、貴方責任取れるの?」

”何が”

「私、お金なんて持ってないわ」

”何とか稼げるでしょ”

「家事もまーったく出来ないし」

”消化できれば何でも?”

「貴方に猫なで声なんて出してあげないわ」

”期待すらしてませんね”

「だから」


 だから?


 彼女は僕の手首をぐいと掴むと、不敵な笑顔で言ってのける。


「人生を背負う覚悟をして。どうしようもない箱入り娘、貴方は一生後悔しながら私を養うの」

「――――――嫌でしょ? なら」

”わかった。それで良いんだね、じゃあ連れてくよ”


 面倒になってきたので抱き上げてそのまま部屋を出る。

 のんびりしていたバハクがゲタゲタ笑って彼女を抱えてない方の肩を叩く。


「派手にやるじゃない、ノッたぜ。お前さんの旅、手助けしてやるよ」

”ありがとう。それでヴァールお嬢様、何か言うことはあるかい?”

「馬鹿じゃないの!? どんなに嫌いになっても捨てさせないわよ、どんなに逃げたって貴方のところに戻ってきて当然のようにご飯をせがむわよ、良いの!?」


 まーだ言ってるのそれ。もう飽きたんだけど。


”別にいいよ。僕、君を此処から連れ出す責任とかよく分かんないし、大体責任なんか取るつもりが毛頭ないけど、そうしたいって言うならそう出来るように頑張る”

”嫌いになったら好きになれるよう頑張るし、逃げても君が追いつける場所までは頑張って戻ってくるし、ご飯は――――――何だろ、不味くていい? 一応作れるけど”


 こんな事一々言ったら恩着せがましいじゃないか、僕は恩を着せようってわけじゃない。


 背中をぽかぽか叩く彼女を放置して外に躍り出る、バハクは時々振り向くなり僕の惨状をケラケラ笑う。幸い駆け落ちみたいな状況なのは分かったのか、ヴァールはもう大声は出さなかった。


”取り敢えず僕は君の扱いが気に食わない。だから連れ出す、これは僕の身勝手な行動だから、それに連なる君の要求は全部二つ返事でイエスだ”

”何だ、まだご不満? もう僕は君にこれ以上何もあげられないよ。人って自分の未来より凄いものは人にあげられないじゃないか”

「やっぱり貴方、頭が良いのか悪いのか分からないわ! だいっきらい!」

”知らないよ、大嫌いだろうがもう運命共同体だ。たとえ地の果てまでも君の面倒を僕は見るしか無くなった。今そう約束しちゃったし”


 泣き喚く彼女を放置して全力で走り抜けた。持ち物は金貨、父さんの自慢の剣、衣服が少々。足もなくてさあ大変。


 バハクは先導する僕の背中の彼女の顔が見えていたんだけど。


「幸せもんだなあ、お嬢さん」


 と笑っていた。どういう事だろう。

アールゴーンの夢女です、どうも。

ヴァールも可愛い。自分のキャラ大好きなのでこんな事ばっかり後書きで喋ります。

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