Wau×3 一撃いれなきゃ気が済まない
あれから既に5年の月日が過ぎているんだけど、納得してるんだけど非常に納得がいかない。
判ってもらえる人なんていないだろうな。
俺は聞いたぞ、最後に『あ!』って言いやがったんだよな、それが原因だろう。俺とコイツが一緒の体に宿ったのって。
『其の通りだと思うのである』
『まあ、お前だから許せない事は無いんだけどさ』
『我としては兄上と喋れるようになったのは嬉しいのである』
どうやら転生させてくれた際に何か不都合があったのだろう。あの『あ!』は絶対に予期しなかった事があったに違いない。最初はもしかしたら何か別の事なんじゃないかと思った事もあったんだ。
だがな、5年もせずともこの世界における常識だなんだと知る事は出来たんだ。魂が2つあるのは普通じゃない。それがたとえ獣人種であってもだ。
俺の頭には垂れ耳がついている。父と母にも付いているのだからこれでいいのだろう。犬獣人と言われる種であるから当然だ。但し色々と他人と違っている点があった。
まず毛色が黒だった事。
最初両親も驚いたらしい。両親は茶色というかこの世界で黒の髪の毛の獣人は存在しなかった。危うく両親の愛情がなければ殺されていても不思議ではない状況下に置かれていたと知った時は……
神に対して殺意と云う物を本当に抱いたよ。
そしてリックと喋る事が出来てしまう。
これは特技と言っていいのか種族的な物なのか最初は判明しなかった。犬と触れ合う機会があったが俺では言葉が通じず、リックを通じてなら意思程度を理解出来る事が判ったので特技よりも特殊能力と判断した。当然一緒にいた他の子供達はそんな事は出来ないから、犬の気持ちなんて解る人はいなかった。
其の時点でリックの事は喋る事が出来ないと判断した。
もう一度遭遇したら確実に一撃いれてやらないと気が済まない。
死んだのは自業自得だけど、ミスは正されるべきだよな。
『世の中不思議な事もあるのである』リックはどちらかと言えばこの状況を歓迎しているのだが……
しかし不思議な世界へ送り込んでくれたものだ、ヒト以外にも複数の獣人種や光輝人、闇輝人なんかがいる異世界だ。見たこと有るのは闇輝人位だけどな。いやその前に……あれじゃね、俺自身が獣人種の犬獣人だから。
しかもかなり文明レベルは低い。古代文明程度しかないから暮らしも大変なんだ。もしかしたら超魔法文明なんかあったりしないかと思ったが、残念ながら両親や村の人達が知る限り他の種族についてもそれ程文明の差は無いらしい。だが僅か100世帯のみのこの村で知る事が出来る情報が正しいとは限らない。世界は広いからな、この村が僻地で王国ぐらいはあってもおかしく無いだろう。
そして、事象改変能力の事だが種族によって得手不得手がある。
残念だけど犬獣人の使えるのは肉体強化と生活に必要な程度の火を起こす魔術程度が精一杯らしい。
事象改変能力が得意なのは操魔人か光輝人らしい。らしいと憶測になるのは実際に会った事が無いからだ。本当に村の情報には限界が色々とある。
但し肉体強化の事象改変能力だけは獣人種を上回る種族は居ないと言っていたから、中々に優秀な種族ではある。それでも元の肉体性能で竜獣人や虎獣人などの獣人種には劣る部分もあるのだとか。世の中世知辛い、元は人間の俺からすればこの肉体でも十二分に凄いと感じるが上には上がいるもんだ。
この村には犬獣人以外は住んでいないから他の種族と比べた事は無いけれど、少なくとも自分の記憶にある人としての性能は素の状態の5歳の時点で遥かに凌ぐ性能だ。まあ優秀な方だとも言われてるし、同世代の子供の中では一番駆けるのも早い。実はあの神様とやらに遭った際に一発入れるためだけに鍛えてるからなんだけどな。
畑を耕した父達男衆は畑を女性に任せて狩りをして獲物を獲ってくるのが犬獣人の暮らしだ。種を撒いたり手入れをするのは女性の仕事になる。子供はある程度の年齢になると最初は畑の手伝いをして、大きくなれば男の子は狩りの手伝い、女の子は畑仕事なんかをそのまま手伝うようになる。
3歳にしてガキ大将の地位を獲ていた俺は大人と別口で子供達と狩りをして村に貢献していた。何と言ってもその日狩りの獲物がなければ食卓は貧しくなる。干し肉や木の実だけの生活になる可能性もあるから、少量とは云えど肉を獲ってくる事は褒められる。そして親としても自分の息子が早くも狩りの才能があるのは誇らしい事なので道具を作ったりしても怒られるどころか、近頃では小さな子供達の面倒をみる立派なガキ大将として自慢して回っているのだとか。
妹のノンノの面倒も見させられているのだけがちょっと大変なんだけど、まあ個人的な感情だから置いておこう。ともあれ今からは狩りの時間だ、新しい計画を立てている為に是非とも成功させたい所だ。
「なあアルトこんなので獲物が本当に捕まるのか」
「捕まるさ、だから一生懸命練習しただろ」
「だけどケッコーを捕まえるのって矢でも使わないと大人だって厳しいって言うぜ」
「だから弓の変わりがこの武器なんだって」
「まあ、アルトが言うんだ間違いないだろ」
アルトハルトを短く、愛称のアルトと呼びながら疑問を口に出していたのは同い年のピック。練習も適当というか、少々狩りの才能が無いと言ってしまっていい程の運動音痴の友達だ。もう一人も同い年で名前はプラド。中々に腕がいい。この2人を苛めていた年上の奴等を罠に嵌めて懲らしめてからずっと悪友として付き合っている。
今思い出しても笑えるが、そいつらも今では狩りの手伝いに参加する程になっている。2~5歳も離れているから当然だけど、落とし穴を2重に仕掛けてあるのに気が付かないで飛び越したときの爽快な気分は忘れられない。虫を大量に放り込んで懲らしめてからは怯えて近づかなくなったぐらいだったしな。
「お兄ちゃんの作戦で失敗した事なんてないの」
それは言いすぎだと思うぞ我が妹よ、予定の戦果を挙げれないで帰った事ぐらいはある。只では帰らんが、其の辺りで少々兄を神々しく見すぎだぞ、これが将来ツンツンしだしたりしたら俺は悲しみに暮れそうで怖い。
獲物が取れなかったり少なかったりすれば川で魚を取って帰るからな、其の辺りが評価されるのだろうけど、あれも仕掛けと、釣りと云うより獲り方を知っているから出来るだけなんだよな。
水辺の遊びと見せかけて作った罠で追い込んだ魚を獲るか、ガチンコ漁で捕まえるのだ。日本でやったら違法な漁業と言われるだろうが此処は異世界。その日に食べる物が無ければスーパーがあるような優しい世界じゃない。
そんな事を考えていたら本日の目標に遭遇した。ケッコーは飛ばない正にニワトリだった。だが恐るべき足の速さとニワトリ同様に鋭い嘴を持っているので要注意だ。しかも大人相手なら逃げる癖に、子供相手と見るや反撃にでるから性質が悪い。意外な事に蹴りまで繰り出してくる。そんなケッコーを生きたまま捕まえて家畜にするのが本日の目標だ。
家畜という概念が無いので獲物はその日獲ったらその日に捌いて食べるか、保存食として加工するかなんだけど、ここでケッコーを家畜として飼育する事を考えた。そうすれば卵を得ることが出来るし、いざとなったら食用にする事も可能だからだ。
用意した武器は2種類。縄の両端に石を括り付けたボーラと縄で作った太めの網だ。既に小屋と柵は完成しているので後はケッコーを捕まえるだけ。親と長を説得するのに時間が掛かったが、日頃大人が失敗して獲物無しの日でも確実に獲物を持ち帰る実績で許可を捥ぎ取った。
あと心配があるとすれば網を任せるのがピックになっている点だな。もう一人は妹だが中々いい動きをするから侮れない。まあ、全員子供と云えど犬獣人としての能力がある。嗅覚や聴力に優れ筋力も俺の知るヒト以上の力強さだ、そして何より俺と共に過ごしてきた仲間達だ。
「いくぞ!」
掛け声と共にボーラを投げて一匹捕まえた。
プラドの方は残念ながら外してしまった。
ケッコーが突然の襲撃に慌てて逃げ出す所にバサッと網が放たれる。
しかし一瞬遅く網から逃れて逃走するケッコー。
ピックに向かって突進し、顔面に一撃加えるとそのまま頭上を飛び越えて逃げようとする。
「くそぉ!」
「拙い逃げられるぞ!」
「いや、まだだ」
森の中に逃げ込まれると子供にとっては危険地帯になってしまう、それだけにプラドもピックも焦ったのだろうがまだいける。
「うにゃあ」
もう一発ボーラをと構えた時に、草むらから飛び出した我が妹が網を投げた。なんとも変な掛け声だったけど見事一匹捕まえた。ノンノが見事に一匹捕まえたのを確認したので、狙いを別の雌のケッコーにつける。
「おりゃあ!」
「てりゃあ!」
「とりゃあ!」
今度はプラドも一羽、ピックも一羽、自分も一羽絡め獲った。雄二羽に雌が三羽と中々の収穫だと思う。
何よりも全員が捕まえる事が出来たのは嬉しかった。ピックがボーラを外したら如何しようかなと心配したけど練習の成果はきっちりと現れていたようだ。そう考えると網でどうして捕まえ損ねる事が出来るのだろうかと不思議で仕方が無いが、そこで失敗してくれるのがピックでもある。不思議と憎めない奴だよな。
捕まえたケッコーは篭に閉じ込めて村へと持ち帰る。ちゃんと蓋をして飛び出せないようにして、皆で背負って他の作業を担当している子供達の下へと戦果を報告に出かけた。
妹は特別扱いなので一緒に捕獲に来てしまったが、他の子供達も餌を確保する任務についていた。一歳年下のシャルティに任せているから問題は無いだろう。本来なら一緒に捕獲に来れるだけの腕前の女の子でプラドよりも腕がいいので別働隊の護衛を任せたからだ。
少しでも村から出ると云う事は獣や魔獣、魔物と遭遇する可能性がある。犬獣人は鼻も利くし耳も鋭いが子供は子供だ、万全の対策を立てて逃げる策は必要だと思う。シャルティならその辺りの事を十分に理解しているので任せた、お隣にいるだけあって小さな頃から本当に仲良く過ごしている。
「シャル」
ちなみにシャルティと呼ぶと他人行儀だと怒られるので注意が必要なんだ。他の奴がシャルと呼ぶと怒るので、これは理不尽極まりないが女の子は不思議生物だと生前に教わっているので逆らわないよ。
「お帰り、アルト戦果はバッチリみたいね」
「コケエエエ!」
「お聞きの通りだよ、5羽捕まえた」
「村で一番の腕前って言っても誰も異議を言わないわ」
「皆で捕まえたからな」
「まあ、実際アルトの作った道具と作戦だったんだから謙遜するな」
「そうそう、アルト君のあの特訓のお蔭で僕にも捕まえる事が出来たんだよ」
「お兄ちゃんは最高の狩人さんなのです」
「それで餌集めはどう?」
「バッチリよ、でもこんな種とかでいいの?」
「十分さ、普段は放し飼いにしておけば土の中の昆虫とかも食べるらしいけど、冬場に向けて用意しておいてやらないとな」
「それじゃ、みんな帰るわよ」
「「ハーイ」」
3歳以上4歳未満の子供達が見事にシャルティに引率されている。優しいお姉さん的な立場だからな。総勢10人の子供達で村の食料事情を変える試みはこうして始まった。
村にたどり着いた俺達はまず鶏小屋にケッコーを放り込んで一匹だけ柵を越えないかのテストをしていた。
「しかし本当に5匹もよく捕まえたわね」
「あの地獄の特訓だもん」
ピックにとってあの訓練は地獄だったらしい。お遊びの延長だったが確かに走り回る相手の足を絡める様にと互いに投げ合ったからな……ピックが一番転んでいたし、辛かったのかもしれない。
「でもこの武器は大人になっても使えそうだ」
プラドはこの武器の有用性がわかった見たいだな。まあ問題点もあるから其処は指摘しておこう。
「今のままの状態だとケッコーぐらいしか使えないからな、縄をもっと丈夫なのに変えないと駄目だからな」
「そうか、成程確かに大狼なんかに使ったら引き千切られそうだもんな」
「そこまでの大物じゃなくても鹿とか一時的に転ばせても直に千切れるから、獲物に使うにももっと丈夫な糸を撚った紐とかがいいな」
この問題は既に解決する為に地蜘蛛から取れる蟲糸を集めている。蚕なら養殖も可能だろうけど、地蜘蛛はちょっと無理だったからな、捕まえたら必ず糸を取り出すようにしてきたんだけど将来の為にも必要だ。狩に使うなら蚕から取った蟲糸の方がいい。地蜘蛛程じゃないけどあの蟲糸も藁や麻糸なんかに比べれば十二分に強力だ。
「今度、蚕を大量に捕まえて蟲糸を作ったらそいつでボーラを作ろう」
「じゃあ次の作戦はソイツに決まりだな」
「食べれる物も必要だよ?」
シャルティの言うとおり必ず食料の方も手に入れないといけない。蚕を捕まえるなら村の周囲の木を探せば居るからな、蚕集めと糸作りは小さい子供達に頼んで俺達年長組みで獲物を取らないといけないな。
「よし、じゃあその辺の作戦は川に行きながら考えよう」
ケッコーを5羽捕まえたけど此奴らは食用にする為じゃない、そうなると食卓のおかずを増やす為にも獲物が必要となる。魚も十分に獲物として認められているので小さな子供達も全員引き連れて川へと向かう事にした。
一旦全員が自宅へと戻どるのは魚を入れる為の魚篭が要るからだ。俺も取りに帰ったが、途中で長老の一人を捕まえてケッコーの事を伝えておいて貰う、全員が家族みたいな村だけど間違えて獲物だと思われると困る。
「大丈夫だ、アルトの話は全員に行き届いてるからな」
「よかった、あと10羽は増やす予定だからね」
「そんなに捕まえるのか」
「できるだけ増やしたほうが皆に卵が行き渡るでしょ」
「成程な」
「小さい小屋の方の卵は孵化させる為の方だからね」
「解っとるよ」
これなら問題は無いだろう、急いで出口へ向かわないと、お腹も減ってきたから早く魚を焼いて食べたいし皆待ってるだろう。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「こんな感じの作戦でいこう」
蚕の捕獲作戦はピックに年少組の面倒を任せる事になった。村のすぐ近くの木々の周りだけだが監視役は必要だし、獲物は一匹でも多い方が喜ばれるからシャルティは狩りの組になる。ノンノもしっかりしているし、蚕と地蜘蛛の糸を俺が大量に必要としているのを知っているので次回は年少組で活躍する予定となった。
「よし、じゃあ教えたとおりにやるぞ」
「「「おー!」」」
全員が葉っぱのついた木の枝を手に持って上流から一列に並んで川面を叩きながら下流へと向かう。簡単な追い込み漁だ、日々の生活が掛かっているので糸を垂らしてノンビリとなんて事は出来ない。
下流には大きな石を転がして作った堰があって追い込みの際には其処に網を仕掛けるのだ。他の道は木の枝を利用した川専用の柵で防いでしまっている為追い込まれた魚は必然的に網の中へと逃げるしかないといった寸法で魚を獲る。
追い込み漁の方はピックとプラドに任せて俺は黙々と焚き火作りに精をだす。生木の串を数本作り何時もの竈から砂を掻き出して消し炭の上に薪を放り込む。
「ハイオゥサハ、【イシイサ】」
魔術を使用して焚き火に火をつける。事象改変能力でもいいけどアレは疲れるから嫌いだ。
放浪してる旅の賢者が齎したという魔術の方が使いやすい。とはいえど5歳にして【種火】の魔術を使っているのは普通じゃないんだ。これも俺のヘンテコな才能の一つなのかも知れないな。
事象改変能力で身体能力の増幅も出来る。7歳位になると獣人種は本能で使い出すのだけど、俺は既に使う事が出来てしまう。使いすぎると翌日筋肉痛で転げまわる破目に陥るので注意が必要なんだ、実際に最初に使った翌日は偉い目にあった。こう書くと俺が特別に聞こえるんだけど、シャルティも生活用の魔術なら使えたりする。
不思議な事だけど事象改変能力にしろ魔術にしろ女性の方が何故か才能があるのが普通なのだとか。頭の良さだけの問題では無いらしい。体質的な素質などもあるのだと言われているが研究者も居ないので真相は不明だ。
ともかく火をつけた炭が消えない事を確認してから罠の回収に向かう。竹を利用した罠は簡単に作れる。
スネーフィッシュと言われる鰻なんかも捕まえる事ができるし、シザーレブと言われる淡水の伊勢海老みたいな獲物が入っている事もある。勿論魚にはお醤油が必要だ、自分では作れなかっただろうな。そこで猫獣人族の作った醤油の出番だ。此れが凄く美味しく出来ているから狩りの獲物の皮なんかを交換してもらって手に入れてある。元日本人としては当然だよ。
こよなく魚を愛する彼等猫獣人達は河口近くで村を作って暮らしているんだ。そして山裾で暮らす犬獣人の所へ時折だけど塩や醤油、魚の干物なんかを持ってやってくる。こちらは酒や穀物、動物の皮なんかを用意して交換するのだ。
腰に括りつけている水筒には其々に交換した醤油と酒、そして皮袋には塩が入っている。罠に掛かっていた鰻や魚は交易で手に入れたナイフで捌いていく。前腕程の長さもあるので少々使いにくいが護身用として手に入れた物なので仕方ない、闇輝人の一品だけど半年分の皮と交換だったからな。
鉄でできたナイフなんて5歳で持つには贅沢品だ。だけど交易にやってきた闇輝人の一品は半年貯めた皮よりも貴重だった。闇輝人も子供が欲しがるには早いんじゃないかと言っていたが父や長老からの助言があって納得したようだった。
なんと言っても闇輝人の刃物は切れ味がいい。このナイフにしても魚ぐらいならスッと刃を滑らせるだけで骨までストンと切れてしまう。闇輝人の親父には次回の交易に槍の穂先とか刀の注文までしてしまった。広場で刀について議論を交わしていたのだが余程面白い奴だと思われたようで「特注品なんて滅多に打たないが引き受けてやる」と言ってくれた。
その親父は刀匠グェンドリンと云って闇輝人の中でも有名な人物だった。この親父が闇輝人も外の世界も見ないと行けないと連れ出したらしいからね。只者じゃあない。
次回の交易が今から楽しみだ。何故かって言えば注文した品が品だからね、刀の構造の説明をしたら唸っていたからなぁ、どれ程の一品を仕上げてくれるのか期待が膨らむ。ナイフでさえこの切れ味だもの。
闇輝人の鍛造は事象改変能力を使いながらやるのだとか言ってたし。このナイフに眼をつけたのが子供で最初は驚いたと言っていた。他の日用雑貨の物はそこまでしないのだとか。ましてや片刃で作った趣味の一品だったらしい。それで皮が半年分なんだから困った親父だと思うが竜種の鱗だって貫けるぜと豪語していたからな。擁護にまわっていた親父たちも其の話を聞いて呆れて苦笑いしていたぐらいだ。
おっと回想に浸っていると魚が焦げる、猫獣人の気持ちが理解できる瞬間だ、この焼き魚の匂い。あの野郎《神》をぶん殴るのとは別に米を手に入れるのも一つの目標だな。
鰻なんて絶対にご飯と一緒に食べたい一品だ。今も竈にかけてる土鍋で炊いてる穀物も悪くは無いけど、白米に敵うものじゃない、名前はヘンテコなのが多いけど殆ど同じ物(一部灰汁が強かったりする)だから探せば見つかる筈だ。今食べてる黄色い実とかちょっと茶色い実も麦とか粟とかだ。魚をアレだけこよなく愛する彼等ならもしかして知っているのでは無いだろうか……
盲点だった。今度必ず、絶対、忘れないで聞きだそう。
コトコトコトと土鍋から音がするが慌てず火力はそのまま炊き込んでいく。慌てずゆっくり蓋の重しが圧力になって美味しく頂ける。食パン文化じゃなかった事にだけは感謝を捧げたい。
多分食パン文化だったら3歳の時点で殴りに出かけたと思う。実際にはパンも悪く無いがやはり穀物を炊き込んで食べる方が好きだ。そして麦があったのは嬉しい。お米が無くてがっかりしていた俺の心を慰めたのは饂飩だったからな。
焼き魚の匂いもいい感じだが、やはり鰻の匂いは強烈だ、鰻の油と醤油が少し焦げるあの匂い、お腹が減ってたまらない。雑穀ご飯だがタレを塗った鰻は米じゃなくてもその魅力で食が進むからな。
焼きあがった串から遠ざけて笹の葉に包んでいく。笹の葉には抗菌作用があるので水洗いして使えば十分使える器になるんだ。
昼ごはんの準備が出来た所に追い込み漁を終えた仲間が獲物をもって集まってくる。匂いに釣られて急いで来たんだろう。全員がお腹に手を当てているから空腹なんだと解る。
全員の食器に稗、粟をよそっていき鰻を乗せてやる、笹の葉に乗せた焼き魚とあとは味噌汁で完成だ。
「いただきます!」
「「「いただきます!」」」
神の恵み云々かんぬんという長い文句の宗教はまだ存在しない。自然信仰と先祖の霊に対する信仰は存在するからこれから発展していくのかも知れないな。戦争を肯定するような宗教だけは生まれて欲しくないものだ。
でも『あ!』とか言っちゃう神様が実在するからなあ、どうにも怪しいものだ。
「相変わらずアルトの料理は美味しいよね」
「うんうん、たまらないよな」
「お兄ちゃんの鰻料理さいこー!」
皆が満足しているなら一人で黙々とご飯を作る甲斐もあるというものだ。時折シャルティも手伝ってくれるんだけど川は以外と危険も大きいからな。村で料理するのとはまた違うし仕方がない。
しかし約一名兄の料理という理由だけで喜んでしまっているのだけは如何なのだろうか。そしてピック、お前はもう少しゆっくりと味わえ! 流し込むな、流し込んで良いとされる料理はカレーだけだ。
ご飯も食べて獲物も捕まえたら後は完全にお遊びの時間になる。
遊び感覚で常に漁や採取なんかをさせているけどまだまだ遊びたい年頃。危険じゃなければ好きにさせてやるのが一番なんだけど、その判断は近頃全て俺がしている。
こんな時に女の子は比較的安全な遊びになってくれる事が多いし、シャルティに任せる事が出来る。
「シャル、そっちは任せていいか」
「ええ、何時もの遊びだもの」
この何時もの遊びは俺がノンノに作ってやった花輪から始まってしまった。作り方を教えて欲しいと懇願されたので一度年少組みまで含めて作り方を教えてから暇があると花輪を作ったりしている。
そして俺の稽古の真似をして何故だかチャンバラが流行ってしまった男の子集団は、訓練時間の如く木を加工した剣で素振りを始めるのだった。
どうしてこうなった、これなら狩りや漁をしてる方が子供らしいんじゃないかな。
「みんなアルトのみたいに強くなりたいのよ」
シャルティの言葉通りだとしてもこれは子供らしさが無い、せめてチャンバラゴッコにしてくれれば良いのにと思ってしまう。
「そしてアルトは魔術の訓練なんてしてるんだもの、当然でしょ。皆の目標なんだから」
――元々魔術や魔法の素養が無いと云われている犬獣人族ではあるが、事象改変能力は使いたいと考えた。姿かたちが変わっても結木春斗の魂は好奇心旺盛だった。
実は魔術と同じように見える練習だが事実は異なる。【詠唱破棄】の方法を試してからアルトはこれこそが事象改変能力に繋がる道なのではないかと考えていたのだ。
魔術とは魔力を少量だけ利用して魔素を使う事で事象改変能力と同等の現象を起こす事だと仮説を立てた。教え導く者がいなくても教育を受けた結木春斗の知識は正しい答えを導き出していたのだ。流石にリックの魂はこの時役に立つ事は無かった。
残念なリックは置いておくとして、【詠唱破棄】とはでは何なのか。魔術が魔力を込めた言葉で魔素を操る部分をなくす事になるのに、どうして事象改変能力と同等の現象が引き起こされる、と云う事は【詠唱破棄】こそが事象改変能力であると結論したのである。
そしてこれも正しい解答だった。非常に簡単な事で事象改変能力とは魔力を使ってイメージの力で引き起こされる現象なのだ。魔素を操る簡易事象改変能力が【詠唱破棄】となる。
こう結論が付いた時、アルトは小躍りする程に嬉しかった。幾度も使っている内に詠唱部分を事象改変能力がこなすようになるのだから、新しい魔術を覚えればそのうち【詠唱破棄】が可能となる。そうすれば狩りにも使えるようになるからだ。
そして思考は事象改変能力其の物に移っていく。シャルティの話を聞きながらも意識は半分以上が事象改変能力に集中している。魔術では出来ない事、それは定まっていない現象を引き起こす事だ。今は種火や風、水弾、土などを少し動かしただけで疲れてしまうが日に日に伸びている事から修行すればする程体内の魔力保有量は確実に増えているはずだ。
この時点で既に村人どころかヒト並み以上の魔力保有量なのだが比べる方法も知らないアルトは日々特訓を重ねていた。先ず剣を振り、体力を使った後はこうして精神を鍛えながら魔力量を増やしているのだ。
これも『あ!』と云ってから弁明も説明も無しに送り込んでくれた神を殴る為なのだから執念とは恐ろしい。
結局その日の夕暮れ時までアルトの訓練は続き、仲間達に獲物を分配して魚篭に放り込むと村に向かって全員で歌を歌いながら陽気に帰るのだった。――
主人公 結城春斗 アルトハルト
種族:犬獣人
性別:男性
戦闘:格闘技・刀・ナイフ・弓
外見:黒い髪の毛が珍しい、垂れ耳若干天然の癖毛で伸ばしているのは重さがあったほうが纏まるからという理由。瞳の色も黒色。いつも生成りのシャツを着てズボンは黒い皮製、防具として大狼の皮をなめした胸当てと小手を装備している。ベルト代わりの腰紐は編みこみの皮製でナイフは常に腰にさしている。靴は皮のデザートブーツのような物を履いている。少年のなかでは背が高い方。