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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~  作者: サイノメ
第7章 前方の研修、後方の再編成

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第51話 イストリゲームの対策は

「フム……困ったなぁ」


 部長室の前で緑谷がぼやいた。

 普段はあまり表情の出ない顔だが、今は少しだけ眉を寄せている。


「どうされました?」

「っ!?」


 不意に声をかけられ、緑谷の身体が僅かに跳ねる。

 慌てて振り返るとそこには見慣れない女性が立っていた。

 ワグテイルへ入社して間もない以上、緑谷が部署のメンバー全員を把握していないのは当然であるが、その女性はぴっしりとした遊びのない白いブラウスを身につけており、他のメンバーとはずいぶん違う雰囲気を感じていた。


「あ、え~と……」

「あ、私、一課でエンジニアやっています紗倉と言います」

 

 戸惑う緑谷の挙動不審ともいえる程度に、紗倉はクスリと笑い少しだけ目を細めると右手を差し出した。

 その手を一瞬凝視した緑谷は、慌ててその手を軽く握り返す。


「え〜と、二課に新しく来られた、緑谷さん……でしたよね?」

「えっ!? あ、はい……」


 自分も挨拶を返そうとした緑谷より早く紗倉が問いかける。

 完全に先を取られ回答に困った緑谷の慌てる姿を見て、紗倉は「ふふふ」と小さく笑う。

 緑谷も釣られたように曖昧な笑みを浮かべ頭を掻きながら、手をゆっくりと離した。


「やっぱり、蒼馬君を待っているんですか?」


 紗倉が少し前かがみになり、見上げるように緑谷の顔を見る。

 その瞬間、緑谷は顔に血が昇っていくのを感じた。

 これまで女性と縁がなかった訳ではないのだが、初対面とは思えない距離感に戸惑いを覚えていたのだ。


「え、ええ。蒼馬さんとミーティング(MTG)の予定なんですが、意外と会議が長引いているようで……」


 なんとかペースを取り戻そうと早口でまくしたてる緑谷。

 その姿を穏やかな眼差しで見ていた紗倉はあごに人差し指を当てると、不意に緑谷から視線を外した。


「でも、社内で椅子取りゲームなんて穏やかじゃないですよね」


 緑谷の言葉を遮るように話題を変えてきた。

 唐突な話の変化に緑谷は「はぁ」としか反応できない。

 そんな彼の姿を優しそうな微笑みで見た紗倉は、軽く頭を下げるとその場を後にした。


「いったい、何だったんだ……」


 そのキビキビとした後ろ姿を目で追いながら、緑谷は半ば呆然とした表情でつぶやいた。


「お、緑谷さん、おつかれ〜!」


 その後ろで勢いよく開かれた扉から大きな声が響く。


「ああ、どうも……」


 反射的に振り向いた緑谷の覇気のない返答に、コノハは目を大きくしながら、小首をかしげた。


**


「っという理由(わけ)で、わたし達も次の段階に進むわよ!」


 勢いよくテーブルを叩きながら立ち上がったコノハが、明後日の方向へ指を突き出しながら叫んだ。

 しかし、鼻息荒く仁王立ちするコノハに向けられたのは羨望とやる気に満ちた目ではなく、あからさまな困惑の浮かぶ表情だった。


「いや、言いたいことは分かるんだが……」


 誰一人として発言しないなか、ユウヤがつとめて穏やかに質問を投げた。


 先ほどの会議の後、コノハはメンバーを招集し、経緯を説明した。

 ……いや、経緯を説明しただけだった。

 その上で、何か案がないかと問われれば、一同が困惑するのは当然であろう。

 ユウヤも確認するように一瞬、黒瀬へと視線を向けたのだったが、彼も腕を組みつつ天井に視線を向けていた。

 その姿を見て仕方なく発言したのだった。


「次の段階に進むにしても、いい加減ゲーム内容を説明しろよ。オレは『Flying Breaker'S Hero』ってタイトルしか知らされてないんだぞ?」

「あれ? そうだったっけ」


 ため息交じりに質問をするユウヤに、コノハは目を丸くすると、手元のノートPCを操作する。

 しばらくPCを操作する音が響くが、すぐに「あぁぁっ!!」というコノハの叫びにかき消された。


「ユ、あ〜、蒼馬さん?」


 満面の笑みを顔いっぱいに張り付けたコノハ。

 それに対し、ユウヤは表情の伺えない顔で見返す。

 ただ視線の圧は強い。

 普段の彼ならありえないほどの眼力で見つめている。


「えっとですね~、メモは有るんですけど内容がまとまっておりませんで〜」


 そこまで言うと、コノハはいきなりテーブルに両手をつき、勢いよく頭を下げた。


「お願い手伝っ……いったあ〜!」


 ゴンと、なかなかに大きな音を立てて額をテーブルにぶつけるコノハ。

 その姿に周囲は完全に固まってしまう。

 黄島と黒瀬、小豆とスズナ、そしてユウヤと緑谷は無言で互いの表情を目で追っていた。

 額に手をあて悶絶するコノハの姿に皆、言葉を失っていたのだ。


 だが、いつまでもそのままとはいかない。

 仕方ないとばかりに、ユウヤは髪を右手でクシャクシャとかきつつ、ため息をついた。


「コノハ、お前なぁ……」


 その一言に、伏したまま身体を激しく揺らしていたコノハの動きが止まる。

 ピクンとユウヤの眉が跳ねる。


「オレはOJTもあるんだがな……」


 ユウヤがもったいぶったように言いよどむ。

 ゆっくりと身体を持ち上げていくコノハ。


「助けて……くれる?」


 やや声高な声と愛想笑いを向けるコノハ。

 恐らく彼女にとって最高に愛想よくしたつもりなのだろう。

 しかし、そのいい加減なお願いにユウヤの何かが切れた。


「お〜ま〜え〜な〜、コンペの時から何も進化してないじゃないか!」


 怒鳴りつけないように抑えるが、声の震えは隠せない。


「し、進化は個体では起きないもので〜」

「上げ足取ってる場合じゃないだろ!」


 ユウヤの叱責に、コノハは慌てて口を押さえる。

 その空気の読めなさは、まさにクリティカルだった。

 当然、ユウヤの視線が更に鋭くなる。

 コノハはその視線からあえて目を逸らし、吹けない口笛を吹こうとする。

 それが、余計にユウヤの視線を鋭くしていることにコノハは気がついていたが、止めるわけにもいかなかった。


 ――止めたら、絶対にもっと怒られる。


「あ、あの……」


 二人のやりとりを目にしていたスズナが、思わず黄島に声をかけた。

 それに対し、「ん?」と答えた黄島の顔は普段と変わらない。


「二人を止めなくて良いんですか?」


 恐る恐る問いかけるスズナに、黄島は一瞬だけキョトンとした表情になる。

 だがすぐに笑顔になると、手に持っていた物をスズナに渡した。


「アメ……ですか?」


 手渡された包みをマジマジと見ながら、不思議そうにスズナがつぶやく。


「そ、いつものことだからアメでもなめて、時間つぶしてなよ」


 屈託のない笑顔をスズナに向けたまま、黄島は手にしていた別のアメを口に放り込んだ。


「とは言え、時間の無駄でもあるわね」


 戸惑うスズナに、別の声がかかる。

 そちらを向くと横に座っている小豆が、ラフな格好とは裏腹に冷静な視線をユウヤたちに向けている。


「まったくあの子たちは、全然成長しないわね……」


 片肘をついた姿勢の彼女はわずかに口を曲げる。


「でも、あれに巻き込まれるのはゴメンですよ?」

「ですよね。僕も遠慮したいなぁ」


 黒瀬と緑谷もまた互いに顔を見合わせ互いにうなずき合う。


――まったく、この個人主義者たちは……


 小豆が少しだけ口をとがらせるが、すぐに気持ちを切り替える。

 個人主義なのは、秘書なのにライター業務をしている自分も同じだからだ。

 だからこそ、自覚的な自分が動くべき時なのだろう。


「はいはい、二人とも静かに」


 今にも組み付かんばかりなユウヤたちに釘を刺す。

 水を差され、ユウヤとコノハは同時に声の方へ顔を向ける。

 そこには穏やかな笑みを浮かべる小豆の顔。


「「あ、ハイ……」」

「ならよろしい。打ち合わせを続けないとね」


 たちまち恐縮したように縮こまる二人に、小豆は満面の笑みを向けた。

 その鮮やかな解決に周囲から軽いどよめきが響く。

 小豆はどよめきが収まるのを待つと、話を続ける。


「コノハちゃんは資料がまとまってないんでしょ? なら私が手伝うわ」


 穏やかな声色で語りかける小豆に、コノハは「ハイ」と小さく答える。


「ユウヤ君、あなたは営業出身だから企画書作成は必須だろうけど、他の職種の人は必ずしもそうではないのよ」


 少し厳し目の口調で注意する小豆。

 ユウヤもまた小さく「はい」と答えた。


「二人とも分かればよろしい。お姉さん、物分かりのいい子は好きよ」


 穏やかにそう言うと、続いて周囲を見回す。


「はいはい。ちゃんとした話は後日するんで、みんな仕事に戻って」


 軽く2回、手を叩くと全員に退席を促す。

 その言葉は穏やかだが有無を言わせない迫力があり、皆顔を見合わせるとノロノロと席を立ち始め、それぞれに部屋を後にしていった。

 その中、緑谷は後ろを振りむくと、ユウヤたちが俯いたままでいるのが見え、思わず声をかけていた。


「蒼馬さん、この後に少し相談があるので……」


 手をひらひらと振りわずかに反応するユウヤ。

 その姿を見た緑谷は、満足そうにその場を後にした。


※※


 他のメンバーが全員退席した後も、コノハとユウヤは席に座ったままだった。

 二人ともうなだれる、もしくは背もたれに寄りかかるような姿勢で脱力している。


「こ……、怖かった……」


 半ば魂の抜けたような表情で、コノハがつぶやく。

 ユウヤはそれに力なくうなずく。

 先ほど二人を注意した小豆。

 穏やかな微笑みで語りかけていたが、その目の奥はまるで笑っていない。

 むしろゴミでも見ているような、なんの感情もうかがえない冷徹な視線が向けられていたのだ。

 それをコノハは野生の勘、ユウヤは営業の経験から感じ取り、金縛りのように動けなくなっていたのだ。


「やっぱり小豆さん、この前の()()のこと怒ってるんじゃないのか?」


 力ない声でユウヤがぼやく。

 それに呼応するようにコノハは壊れたおもちゃのごとく、すさまじい勢いで首を縦に振り続けていた。

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