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9.

 翌日、冒険者部門の販売カウンターで販売する依頼書の枚数や等級確認をしていた紫色の髪のにこやかな女性に、冒険者部門の現場管理者である赤髪の女性が能面を貼り付けたような笑顔で声をかけた。


「準備仕事は終わったわね? アナ、ちょっと来なさい。手間はかけさせないから」

「はい、マリーさん。何かご用ですか?」


 生活総合ギルドは冒険者部門、商業部門、生活支援部門で構成されている。各部門には部門長が在籍しており、職員の不始末に対する対応もしている。


「部門長室の方へ行ったけどなんの話かしら?」

「アナさんの出世じゃない? 依頼書の売れ行きもいいみたいだし」

「それにしてはマリーさん、少し怖い雰囲気をしていたような……」


 職員たちが不思議そうに二階への階段を登っていった彼女たちの噂をしている。昨日、シャルルの件でマリーは即座に部門長へと掛け合い、他にも被害者はいないか朝から依頼書のリポ払い購入が他にもないか調査に乗り出していた。


「それにしても……アナ先輩、常習犯だったみたいですね。不自然にリポ払い契約が増えていたようで……」

「サリナ、あの件はマリーに任せましょう。それよりも――」


 準備仕事も一段楽したところで今日が休みだったカノンくんと共にサリナから正式に婚約の報告を受けた。アナが部門長室へ連れて行かれるのを見たのはその最中だった。


「おめでとう、二人とも。カノンくん、サリナのことよろしくね。とっても明るくていい子だから」

「はい! ありがとうございます! サリナがこれからもずっと笑顔でいられるように頑張ります!」


 カノンくんは爽やかな青色の短髪がよく似合う男の子……家庭を持ったのにカノンくんと男の子はないか。カノンはサリナの婚約者の男性だ。ギルド内では普段、大人びた雰囲気を出しているが、サリナから話を聞く限りとても好奇心旺盛で明るい人らしい。私も商業部門で見かける彼とは違う雰囲気で驚きながらも挨拶を受けて本当にお似合いだ。


「それじゃあ、私たちはお互いの部門長と支部長に挨拶をしに行ってきます――っと、エレーネ先輩。あの二人が戻ってきたかどうか後で教えてください」

「ええ、わかったわ。先にトウリ支部長のところへ行ってらっしゃい」


 タイミング悪くマリーがアナを連れて支部長室へと向かってしまったため、サリナは挨拶回りを商業部門から行うことにした。ラドン支部長とのリポ払いに関するお話し合いが終わったかどうか私に確認しにくるそうなので二階から降りてくる気配には注意を払っておくことにした。

 

「今日も準備は私とシャルルでフォローに入っておくから――頑張るのよ」

「はい! ありがとうございます!」

「それでは失礼します!」


 手を繋いで裏口へと周り、商業部門の建物へと向かう二人を見送り、私は今日も営業開始前の準備に取り掛かる。依頼内容を流し見しながら地図に依頼を書き加えていく。こうすることで昨日のように「こちらの依頼もご一緒にいかがでしょうか?」と紹介をすることができるのだ。そうして作業を進めていると階段を降りる足音が聞こえ、燃えるような赤髪が見えた。


「ちょっといいかしら」

「あら、早かったわね。あの件はどうなったの?」


 そのまま向こうから声をかけてきたので、私はマリーにさっそくアナの処遇やリポ払いへの対応などをどうするのか尋ねた。


「ひとますリポ払いに対する利息は0%にして、契約をした人たちに確認を取ってからギルドとして説明不足(、、、、)に関して謝罪、支部長まで話がいくことになったわ」

「その判断の早さはさすがラドン支部長ね。妥当な落とし所だと思うわ。ちなみにアナは?」


 利息の停止判断が早く舌を巻く。それに説明責任を果たさずにお客に対して不利益を被らせたのだから、トップからの謝罪も必要だろう。そして外への体裁が悪くならないよう、今回はあくまでも業務上のミスとして処理しようとする思惑もありそうだ。

 

「まだお説教中。下される処分は降格と減給、商業部門の下働きへの移動だそうよ。他の支部と調整が済んだらそのまま何処かへ左遷じゃないかしら」

「フロアには彼女を置いておけないものね。けど、依頼書の販売は誰が担当するわけ?」


 最初からサリナの準備もするつもりでいたため、順調に仕事は進んで依頼書の仕分けも粗方終わっている。そもそも昨日が特殊すぎたのもある。今日は余裕を持ってマリーと会話できるため私からも質問をどんどんしていく。


「サリナよ」

「……えっと、え? 私の聞き間違えかしら? サリナって聞こえたのだけれど」


 依頼書の販売は金銭のやり取りが発生する。そのため信頼が第一であり、依頼書の取り間違えと金額の間違いを起こさない人材が抜擢される。その枠にサリナの名前が上がって驚いた。


「……エレーネ、あんたの後輩だからよ。アナがやらかした以上、私の育てた子ではダメなの」


 なるだけ普段通りに振る舞っているが、少し悲しそうな弱気な声で呟かれた言葉が私に届いた。今では現場管理者のマリーだが、ナンシー同様にアナも新人の時は面倒をみていたのだ。思うところがないわけがなかった。


「……そう。なら、ちょうどよかったわね。結婚後も働きたいと昨日、言ってたわけだし。それにS級依頼書もあなたが触らせてくれてた。前任者不在でお金が絡むしマリーが直接指導するんでしょ?」

「まあ、そうなるわね。あんたの後輩を奪うようで悪いわね」


 話している感じ的にマリーが部門長へ進言したのだろう。昨日、シャルルのリポ払いにドン引きしていたのと、旦那が同じギルド内にいるのも信頼できる人物のポイントになっている気もした。


「それで、そのサリナは?」

「挨拶回り。入れ違いでね。トウリ部門長へ先に挨拶してからまた来るそうよ」


 入れ違い、その意味を理解したマリーは「二度手間にさせて悪いわね」と溢したが、リポ払いの方が重要事項であり、昨日、マリーが奢りで祝っていたことを考えれば――サリナなら何とも思わないだろう。


 私がそう見解を示すとマリーがふきだして笑った。しばらく昨日のことを話したあと、思い出したように「そうそう」とマリーが切り出した。


「あんたの結婚依頼、今日の張り出しに間に合うように受理してきたわよ」

「えっとマリー? もう少し心の準備くらいさせてくれないの?」


 昨日、シャルルとサリナ、そしてマリーと一緒に書いた結婚依頼の依頼書はマリーが「受理しておくわ」と持ち帰ったはずだが、それでもいくら何でも早すぎる。受理から張り出しまでには大体2、3日かかるはずで、それは現場管理者……これはマリー本人なのでいいとしても、その後にいつも多忙な部門長の承認がいるからだ。


「受理したのが私じゃなくても今日には張り出されているわよ。S級依頼はギルドにおける特別優先処理が適用されるのは知ってるでしょ?」

「知ってはいるけど……自分の依頼がその特例処置を受けるなんて普通思わないじゃない」

 

 マリーの口にした特別優先処理というシステム、それを聞いてそんなものがあったなと思い出した。


 これは緊急性があると職員が判断した依頼や、急ぎで受理してほしいと依頼書購入時に一定金額を上乗せされていた場合に行われる特例処置だ。S級依頼は高額のため、基本的に依頼者はお金持ちであることが多い。また、依頼される側もその道のプロ、そして依頼内容も大抵の場合は緊急性を帯びているということで、依頼のタイムラグでクレームが入らないようにするために生活総合ギルドでは冒険者部門、商業部門、生活支援部門を問わずこの特例処置を行うこととなっていた。


「まあ諦めなさい。溺愛される覚悟は決めたんでしょ?」

「……一言もそんな覚悟を口にした覚えはないのだけど」


 くつくつと笑いながらマリーは部門長と支部長のサインと印鑑が押された昨日のS級依頼書を仕分け済みの依頼書の横、正確にはA級の隣に一枚だけの山を築いて渡してきた。


「ちなみにラドン部門長は何か言ってた?」

「そうねー、特には何も。ただ――」


 彼女は人を悲しませるような嘘はつかないので特には何もというのも事実なのだろう。勿体ぶるようにしながらも目は笑って何かを伏せているマリーに「早く言いなさい」と催促する。


「アレンがあなたの依頼を受ける方にヘソクリの全部を賭けたみたいよ」

「……はぁ。そういえばギルド内で賭けをやってるんだったわ」


 昨日の話をたまたま聞いていたナンシーが、私の結婚依頼への賭けをやっていたことを思い出す。さすがに自分が賭け事の対象にされるのは気が重く、憂鬱な気分に朝からなっているとマリーは聞いてもいないのに現状を喋り出した。


「大丈夫よ。生支の一部やあなたたちを知らないお客たちが受けないに張っているみたいだけど、商業部門と冒険者部門は職員、冒険者、商人のほぼ全員がアレンが依頼を受ける方に賭けているわ」

「何が大丈夫かわからないのだけれど……それはなかなか、ひどい配当率になっていそうね」


 果たしてそれは賭けになるのだろうか? 例えアレンが依頼を受けても1.1倍にもなりはしない。まあ、それだから恐らく大金を賭けなければ儲けがでないということで、金額はわからないがヘソクリ全額という勝負に出たのだろう。

 

「それはそうよ、バカらしい。こんなの賭けになんないわ」

「……マリーもアレンがこの依頼を受けるって思っているのよね?」


 そう尋ねると「ええ、勝ってもお茶代になる程度だけどね」と、付き合い程度に賭け事に参加しているのが実に彼女らしかった。


「けどね、エレーネ。賭けの結果がどうあれ、あんたとアレンが結ばれるのを私は信じてる。――彼の中では今でもあんたはエレーネさん(、、、、、、)よ」

「それってどういう――」

「ま、いいから。とりあえずその依頼を自分で張ってきなさい」

 

 彼女が勇気づけてくれているのはわかった。けれど、最後のその言葉の意味を理解する間もなくマリーは私の背中を押してどこかへと行ってしまった。

 

「S級依頼書の掲示ができるなんて光栄なことなんでしょうけど……これは罰ゲームね」


 正規職員として働きだして13年、一度たりともS級依頼を私は張り出したことはない。その初仕事がこの自分で書いた依頼というのは何とも笑えない。S級掲示板に張り出した後、改めて見ても怪しさしかない依頼だ。特に匿名女性との結婚という部分が異質さを強調していた。


「かといって依頼者にエレーネなんて書けないけど……」


 シャルルの勢いに負けて昨日は覚悟を決めたはずなのにいざとなると気恥ずかしさが押し寄せてきた。いつも通りの営業準備を今日はソワソワしながら行なっていたが、私以上にやはりシャルルがソワソワしていたため彼女を見ているうちに、逆に落ち着いてその後も仕事を進めることができた。


「この依頼受けたいから手続きよろしくー。ナンシーはどっちに賭けてる?」

「私は依頼を受ける方」

「ちなみにエレーネさんは?」

「受けない方って聞いたよ。みんな、だよねーって言ってる」


 営業時間が始まると冒険者たちの間で面白そうだと賭けは更にどんどん広まる。マリーの言うように、少なくとも冒険者部門では私以外の全員が本当に彼が依頼を受ける方に賭けているようだ。


「こんにちは、エレーネちゃん」

「こんにちは。ユーヌさん、今日はどういった御用件でしょうか?」


 そうこうしていると、よく見知った顔の女性が私の受付を訪れた。モノクルをかけた背の低い女性で、腰にはいい匂いのする乾燥ハーブのポプリ袋をさげていた。


「もちろん依頼をしによ。といっても、正規職員のあなたやS級のアレンにはもう頼めないんだけどね」

「指名さえしなければ、彼なら喜んでユーヌさんの出された依頼なら受けると思いますよ? 彼もS級なりの矜持があるようなので期限間際まで残っていたらの話ですけど」


 ユーヌさんは薬剤師で、私がG級冒険者として薬草採取を行っていた頃からの付き合いだ。昔はよく低級依頼にしては珍しい指名依頼を私とアレンに出してくれていた。指名依頼は依頼者からの報酬が上乗せされるので割りがよくお金のないころはとても助かったものだ。ちなみに、今は彼女の薬屋も軌道に乗り、低級薬草の採取は自家栽培に成功していたりする。


「ふふっ、それはいいことを聞いたわ。けれどそんな依頼を出すのはまたの機会にしておくわ。この間、依頼したばかりだけど乾燥が上手くいかなくてね。もう少し改良を試したいの。月照草の採取依頼は今日もC級依頼で大丈夫かしら?」

「はい。大丈夫です。ですが、そういう事情でしたら掲示依頼書の書き換えを致しましょうか? まだ誰も受注されていませんので少し事務手数料は発生しますが新規で依頼を出すよりは安く済みますよ?」


 今では趣味の匂い袋作りに夢中で、希少な草花の採取依頼でよく私の元に来ては依頼を出している。昨日、シャルルに話した採取依頼は彼女が出したものだが、必要な数が増えたようで今日は追加依頼に来たようだ。購入依頼書の等級確認に来た彼女は私の説明を聞いて「そうなのね。だったらお願いしてもいいかしら?」と頼んできたので、私はすぐさまC級依頼掲示板からユーヌさんの依頼書を剥がしにいった。

 

「ありがとう。やっぱり何かをするときはエレーネちゃんに一度聞くのがいいわね。そうそう、聞いたわよ? 貴方、アレンに結婚依頼を出したんですってね」

「あの……匿名女性からの依頼でしょうか?」


 受付に戻ると例の依頼について根掘り葉掘り聞かれた。けれど匿名女性からの等級指定依頼で守秘義務があるとギルド規定を守って会話を行う。この辺りは企業人としての常識で、あのナンシーでも依頼者の名前を公言したりしない。賭けもギルド職員は私とわかった上で参加し、冒険者はその様子を見て全員が察したという形だ。


「ええ、問題ないわ。これで依頼をお願い」

「はい。確かに承りました」

 

 世間話をしながら待っていた彼女は、私が書き換えた依頼書を確認して満足して事務手数料を支払う。依頼者に不利益を被らせることを防げたことに私も安堵し、こういう小さなことがやりがいに繋がっているのを感じた。


「――エレーネちゃん、頑張りなよ。アレンなんか尻に敷いてやればいいんだからね? それじゃ、またくるね」

「ありがとうございます。またよろしくお願いします」

 

 ユーヌさんからの声援にお礼を言い彼女を見送ると入れ違いで、燻し銀の髪をした貫禄のある男が冒険者部門の入り口からギルド内へ入ってきた。

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