表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/52

ある占い師の一日

 ある日の午前、シトラは占い館で店番をしていた。学校を卒業して以降、姉のイオラに任せっきりだった占い館を、シトラも時々手伝うようになった。彼女自身もこの仕事が好きなため、社会勉強と言うより息抜きである。

 そうこうしている間に、またドアが開く音がした。客の知られたくないことに配慮するため、占い館では客と占い師は互いに口元から上は見えないようになっている。そのため断定はできないが、どうやら客は若い男性のようだ。彼は席に座り、小さく息を吐いた。

「カシヤップ邸へようこそ。お名前とご要件をどうぞ。」

「ロゼット・アメラです。あの…その前に少し、話を聞いていただけますか。」

頼りないような、優しそうな、何だか聞き覚えのある声だ。水色のブラウスに黒色のケープ、服装も既視感がある。

「(...えっ ロゼットって言った?うーん、触れないほうが良いのかな。)」

「実は数日前、友人に共に旅に出ないかと誘われました。そして、その誘いを受けようと思っているんです。でも…両親は実家の農業を僕に継がせると言っていて。きっと許してくれません。」

「そう、なんですね。」

「今日中に両親と話をつけるつもりです。それで、お願いがあるんですけれど…その時の吉凶を占ってくれませんか?」

ロゼットの珍しく真剣な様子に、シトラは正直まごついてしまった。今まで不器用で優しげな面しか知らなかった。人はみな、心の奥底に闇を隠している。幼い頃、母がよく言っていた言葉が脳裏に蘇ってくる。

「承知しました。では、失礼ですがお手に触れさせていただいても?」

「えっあ…うん、はい。」

「(ピュアだなぁ…ラヴィちゃんも大変だね。)」

 占いが発動する条件は人それぞれだ。母のような優れた占い師は、相手と目を合わせただけで過去や未来が見える。しかし、まだ未熟なシトラの場合は、相手のフルネームを知っていて且つ肌に直接触れなければならない。

 ロゼットの手に触れたその瞬間、シトラの脳内に彼の未来の記憶が流れ込んできた。目の前で中年の男性と女性が険しい顔をしてこちらを睨んでいる。男性はロゼットを怒鳴りつけ、ロゼットはそれに怯えていた。少し場面が飛び、逃げるように部屋を出る彼を、ラヴィーネが見ていた。いつも冷静沈着な彼女が、目に見えて動揺している。

「(あれ?どうして部屋を出る直前の記憶が見えなかったんだろう?)」

「…あの、どうでした?」

シトラはロゼットの声でハッとし、我に返った。ずっと黙っていたので、心配そうにしている。少し考えた後、慎重に言葉を選んで話し始めた。

「貴方の予想通り、ご両親の説得は難しいでしょう。特にお父様は…」

「あ、ははは。やっぱりそうですよね。」

「でも…それでも、諦めてはいけませんよ。貴方が自分の気持ちを全てぶつければ、貴方の大切な人は必ず助けてくれます。自分の意志を、決して曲げないでください。」

ロゼットは自身の拳をギュッと握りしめ、何度も何度も頷いた。そして懐から代金を取り出し、机の上に置いた。

「ありがとうございます。お陰で、決心がつきました。」

「いえ、お礼を言われるほどのことではありませんよ。」

席を立ち、出入り口のドアを開けた直後、ロゼットは急に立ち止まった。シトラの方を振り向き、明るく笑った。隙間から陽の光が差し込み、負けず劣らずロゼットを輝かせている。

「次はシトラさんの友人として、報告に来ますからね!」

そう言い残し、ロゼットは去っていった。その後ろ姿に思わずシトラも顔が綻んだ。


 数時間後にシトラは家の方に戻り、占い館の店番をイオラと交代しに行った。リビングの方に顔を出すと、何やらイオラがソワソワしている。

「お姉ちゃんどうかしたの?そんなに焦って。」

瞬時にその場が静まり返り、二人はゆっくりとシトラの方を向いた。

「そうね、何と言えばよいのかしら。さっきお便りに気づいたんだけど…ガーチェ家のモーリッツ様が、今日ここに来る、らしいの…」

「あぁー…。」

シトラは全てを察し、それ以上は何も追求しなかった。気を取り直し何事もなかったかのようにイオラに話しかける。

「お昼ご飯すぐ食べるから、その時だけ店番代わってもらっていい?」

「そ、そう。私が手伝わせてるのだし、気にしなくて良いのよ?」

イオラが占い館の方へ行った直後、何やら馬車が走る音が聞こえてきた。最も、馬車を使って移動するだなんて貴族くらいだが。シトラは思わず顔をしかめた。

 玄関のドアを開けて周りを見ると、案の定ガーチェ御一行が馬車から出てきた。モーリッツが数人の兵士とともにこちらに近づいてくる。

「お初にお目にかかります。私、シトラ・カシヤップと申します。突然の訪問だった故、何ももてなしも出来ずに申し訳ありません。」

教科書でしか見たことがない定型文をいざ口に出すとおかしなものだ。しかも肝心のモーリッツは表情一つ変えない。

「我が息子、カルシュトの家庭教師の候補を探している。お前らの中で最も魔術に優れた者は誰だ?」

ちらりと目線を横に向けると、灰緑色の髪と金色の瞳を持つ少年が立っている。ガーチェ家は御息女のことばかり噂になるので、彼のことは殆ど知らない。

「魔術に優れた者…ですか。」

シトラの母、リーベルは多種多様な魔術を使いこなす優れた魔術師でもある。昔はイオラに魔術を教えていたこともあるほどだ。ただ、今の彼女は人前に出せる状態ではない。返答に困っていると、家の中からイオラが出てきた。

「初めまして、イオラ・カシヤップでございます。お話は聞かせていただきました。しかし、誠に申し訳ないのですが、私共ではご期待に沿うような人物は紹介しかねます。」

「貴様ふざけているのか!次舐めた態度を取った暁には、命はないと思え!」

本人より先に隣の兵士が激昂し、イオラの喉元に剣を突き立てた。しかし、この程度でイオラは怯まなかった。

「確かに私共のところには優れた魔術師がいます。しかし、今の彼女は精神的疲労により、ガーチェ様の御前に呼べるような状態ではないのです。」

イオラは静かに諭すようにそう語った。頭に血が上りやすい兵士と不機嫌そうな顔のモーリッツを前に、シトラは内心気絶しそうだった。


 それから何度も説明したのだが、モーリッツは依然として懐疑的な目をしている。それでも、これが嘘偽りのない真実なのでどうしようもない。かと言ってこれ以上兵士を刺激すると二人の命に関わる。万事休すといった状況下で、

「おやおや、何かお困りですか?」

とどこかヘラヘラしたような声が聞こえた。繁華街の方向から一人の男性が歩いてきている。モーリッツは兵士に剣を収めるよう命じ、彼の方を見た。

「お前は何者だ。名を名乗れ。」

「おや、王国騎士団のモーリッツ様ではありませんか。申し遅れました、私はアルマ・シーフェン、魔術師の端くれです。魔術の家庭教師を探しておられるそうですね?それでは、この私はいかがでしょう。」

男性とモーリッツの一触即発の会話に、シトラが一番冷や汗をかいていた。なぜなら、アルマと名乗るその男は、どこからどう見ても同級生のレイニー・ド・ルジューヌに違いなかったからだ。

 その後レイ…いや、アルマはモーリッツに自身の魔術を披露した。数ヶ月前と比べても格段に質が上がっている。彼がこの場の誰よりも上手に魔術を扱えることは明白だった。

「…良いだろう。お前をカルシュトとの家庭教師に選出しよう。城で手続きをする。一緒に来てもらうぞ。」

「ありがたき幸せ。」

そうしてアルマはモーリッツたちとともに馬車に乗り込み、占い館には平穏が訪れた。馬車が見えなくなった頃合いを見計らい、近くの暗い茂みからラヴィーネが出てきた。

「ふぅ…何とかなったわね。」

「何とかなった、じゃないよ!一体二人とも何をしてたの?」

「話すと長いのだけれど…」

シトラの冷たい視線に押され、ラヴィーネは面倒くさそうに事の詳細を話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ