互いに親友
ゴルドーとレイニーの決闘が終わってから、どれくらい経っただろうか。レイニーは今もフォルズの部屋の隅に座っていた。親友に一通り不満をぶつけた後、彼はそっぽを向いたまま口を利いてくれない。
「レイニー、薬を捨てたことは謝る。だから機嫌直してくれよ…悪かったって。」
我慢できずに言葉を漏らすと、レイニーは目を擦り、フォルズの方を振り返った。安心したのもつかの間、レイニーは怪しげな笑みを浮かべている。
「それはもういいよ。それより…最近シトラちゃんとどうなの?」
「はっ!?いきなり何を…。」
フォルズの頬が赤くなった直後、あの時見たシトラの泣き顔が彼の頭をよぎった。彼女の死期が近いことを、あの時初めて知った。絶対に死なせないと、そう約束した。しかしフォルズは占い師の何たるかも、未来の死の原因も何もかも知らない。今のままではきっと…。
「フォルズ?急に黙ってどうしたんだい?」
不意に額に嫌な汗が流れる。焦りでうまく言葉が出てこない。その時、フォルズの中では二つの考えが揺れ動いていた。普通に考えて、今は一人でも協力者が必要な状況だ。しかし、シトラ本人が自分だけに打ち明けてくれたことを、そう安々と他人に言って良いものなのだろうか。
どちらにしろ、このまま黙っているわけにはいかない。フォルズは重苦しい様子で顔を上げ、ちらりとレイニーの顔を見た。そこに映っているのは、笑顔が素敵で友達想いの、彼の唯一の親友。
「(他人…かぁ。)」
ふと口角が上がり、フォルズはクスッと笑った。突然のことにレイニーはギョッとした表情でうろたえている。フォルズは彼に体を向け、こう質問した。
「なぁレイニー。今から伝えること、絶対誰にも言わないって誓えるか?」
「勿論。ぼくの親友との絆に誓うよ。」
レイニーは黙ってテレパシーを作動させ、彼の心の中を読んだ。シトラの死期が来月であり、どうすれば良いのか分からないこと。どうにかして占いを変え、シトラを助けたいこと。そして、そのために彼の知恵を貸してほしいこと。声には出さず、フォルズはそれら全てを伝えた。
「(シトラもかなり悩んでいるから、出来れば知らない振りをしておいてほしいんだ。)」
「(なるほどねぇ…うん。分かった、ぼくも出来る限りのことはする。)」
「(案外驚かないんだな。まぁいいや、ありがとう。)」
小ぢんまりとした部屋の中で、二人は密かに固い握手を交わした。それだけで気持ちが通じ合ったような、そんな気持ちをお互いが感じていた。
その数分後、誰かがドアをノックする音が聞こえた。床から立ち上がりドアを開けると、部屋の入口にはゴルドーが立っていた。部屋を覗き込み、すっかり立ち直った様子のレイニーを見つめた。
「レイニー君、今良いかな?弟子入りの件で話があるんだ。」
「あっはい、分かりました。」
レイニーの顔が一瞬にしてこわばった。フォルズは何かを察し、ゴルドーと入れ替わりになる形で部屋を出た。
部屋のドアが閉まる音が聞こえ、ゴルドーはレイニーの正面に座り込んだ。レイニーはただ彼の言葉を待っている。ゴルドーは少し考えた後、わざとらしく咳をした。
「コ゚フン。単刀直入に言うとな…合格だよ、レイニー君。」
「ごう、かく…ど、どうしてですか!?だってぼくは、決闘に負けたんじゃ…」
言葉の意図が理解できず、レイニーは慌てふためくばかり。ゴルドーは彼を静かに諌め、理由を話し始めた。
「第一に、レイニー君は負けてなどいないさ。確かに気絶はしていたが、最後のあの魔法でオレもやられた。だから、あの勝負は引き分けなんだよ。」
「まぁ、それはフォルズから聞きましたが…でも。」
「魔法の同時詠唱なんて、そう誰でも出来ることじゃない。君の魔法の才能も、それを極める意思の固さも、十分見せてもらった。そんな君を、オレは喜んで弟子に迎える。」
ゴルドーは満面の笑顔で、レイニーに対して手を差し出した。レイニーは暫くの間固まっていたが、やがて唇がわなわなと震え、両手でしっかりとその手を包んだ。
「おめでとう、レイニー君。」
「はい。ありがとう、ございます…!」
そう口に出した瞬間、今度は安心したことで涙腺が緩んだ。大粒の涙がゴルドーの屈強な手に溢れる。ありがとう、ありがとうと、レイニーは何度も噛み締めてお礼を言った。
「おーいフォルズ君。もう入ってきていいぞー!」
ゴルドーがそう呼びかけると、十数秒もしない内にフォルズが部屋に入ってきた。直ぐ近くで待っていたとしか思えない速さだ。
「終わったのか?それで結果は…あぁ、やっぱりいいや。見ればわかるし。」
フォルズはレイニーに近づき、少し屈んで目線を合わせた。レイニーは三角帽子で自分の顔を隠し、しゃくりあげて泣いている。そして気がつくと、フォルズはゴルドーと共に彼の頭を優しく撫でていた。
「あっあの…一つお聞きしても、良いですか。」
ひとしきり泣いて落ち着くと、レイニーはゴルドーの方を見てそう言った。ゴルドーは不思議そうな顔を浮かべつつも、黙って首を縦に振った。
「先生は、どうして魔法研究家になろうと思ったのですか?」
「あぁ、それ俺も聞きたいかも。」
「うーむ、あまり面白くはないぞ?」
念の為そう断っておいたのだが、二人の好奇心はその程度では消えない。ゴルドーは気まずそうに目線を落とし、観念したようにため息をついた。
「オレは元々格闘家の適正なんだけどな。戦士養成学校に通っている内に、魔法にも興味を持ち始めたんだ。それで、魔術師クラスの友人に教えてもらおうとしてな。」
本人が思っていた以上に二人とも興味津々に聞いている。ゴルドーは余計に言葉につまり、再び深くため息をつく。その結果、意を決して包み隠さず話すことにした。
「そいつには『格闘家の脳筋が魔法なんて覚えられるわけがない。』って笑われたよ。本気で腹が立って、それで思ったんだ。そいつが使えないような魔法を覚えて、いつか見返してやろうってな。それが一番の理由だな。」
話が終わり二人の反応を見ると、まずフォルズは何とも反応がしづらそうな顔をしている。こうなるだろうとは思ったが、改めて目の当たりにすると少し心に来るものがある。一方で、レイニーは話す前と大して変わらない顔をしている。こちらは全く予想していなかった反応だ。
「先生ほどの人でも、動機まで偉大なのではないのですね。何だか安心しましたよ。」
「…?それは良かった。案外オレも役に立つんだな。」
レイニーに素直に尊敬の意を向けられ、ゴルドーはまんざらでもない様子だ。しかしフォルズは、頭の中で何かが引っかかっているように控えめに手を上げ、恐る恐るレイニーに質問した。
「あ、あの…ところでレイニー。学校に通ってきたときのカフェは出ていったのか?」
「うんそうだよ、元々は卒業まで住み込みで働くっていう契約だったからね。」
「ふーん、じゃあ…ゴリちゃん弟子入するからに弟子入する間、住居はどうするんだ?」
すると、レイニーはハッとして口をモゴモゴさせている。顎に手を当ててじっくりと考えていると、ゴルドーが冗談らしくポツリと呟いた。
「いっそのこと、ここにレイニーくんも住んだら良いじゃないか。」
「へ…つまり、このむさ苦しい道場で、男四人ぐらし…?」
相関があると、また汗をかいてきた気がする。二人の方を見ると、ゴルドーもレイニーも完璧な笑顔で親指を立てている。かえって清々しいほどのグッドサインだ。
「ええぇぇぇ!?」
その日の夕方、おやっさんの道場の門下生は、フォルズの魂の叫び声を耳にしたと言われている。




