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孤独の君に傘を

 おやっさんこと、ガードルフ・ニードリッヒの剣術道場。広く開けた部屋に、レイニーとゴルドーが向き合って立つ。レイニーの未来を賭けた闘いが、今始まろうとしている。フォルズはそれを、固唾をのんで見守るのみである。

「これより決闘を始める。両者、準備はいいか?」

おやっさんの低い声が響き、二人とも同時に頷いた。おやっさんは深く息を吸い、カッと目を見開いた。

「では…始め!」

決闘の開始と同時に、突如薄紫色の霧が一面を覆った。前後左右もわからなくなりそうな濃さで、誰がどこにいるのかがあまり見えない。突然視界を封じられ、レイニーは動揺した。

「(ただの霧じゃないみたいだ。早めに決着をつけないと。)」

レイニーは目の前に緋色の魔法陣を描き、ゴルドー目掛けて炎の玉を放った。ゴルドーは敢えて前に踏み込み、床を叩いて衝撃波を発生させた。衝撃波は空をも切り裂き、炎は二つに別れた。ゴルドーは間髪入れず距離を詰めようとした。

 しかし次の瞬間、大きな音を立てながら目の前で火柱が上がった。瞬時に背後を目視で確認すると、そこにも複数の火柱が。その時、ゴルドーはようやく自身の勘違いに気がついた。火の玉は切り裂かれたのではない。直前で複数に分裂し、ゴルドーの背後に、左右に回り込んでいた。衝撃波など当たっていなかったのだ。そして今、火の玉のエネルギーは火柱となって彼を取り囲んでいる。

「(ぎゃあぁコイツら道場壊す気か!?弁償しろよ絶対!)」

二人の派手な攻撃で道場の部屋は見る見るうちに壊れていく。フォルズの心の中が騒がしくなってきた頃、隣りにいたおやっさんが話しかけてきた。

「いいかフォルズ。道場は人が鍛錬を積み、己の強さを磨く場所だ。その目的を果たせれば、道場という場所がなくなろうが、オレは痛くも痒くもない。」

「…そういうものなのか?」

「そういうもんだ。お前もいつかはわかると思うぞ。」

おやっさんは腕組をし、真剣な眼差しで闘いの行く末を見守っている。おやっさんのこういう顔は、己の意識の全てで他の誰かと向き合っている顔だ。目つきは鋭くても怖くはない。そんな彼の言葉を、フォルズは信じようと思った。

 戦いの最中、ゴルドーは迷わず火柱に向かって加速した。火柱と肌が触れ合うその瞬間、ゴルドーは水を生成し皮膜を作った。見事に火柱を通り抜け、右方向にレイニーの魔力を感知した。火柱の音は彼の足音をもかき消し、ゴルドーはレイニーの左頬に拳を突き出す。

「(ッ!?…やばい!)」

レイニーは反射的に腰をかがめ、攻撃を回避した。するとその時、一本の茨がレイニーの右手を貫いた。

「え…?何で…」

鋭い痛みが彼を襲い、床には紅い血が滴る。何が起きたのか分からず、後ろを振り返ると紫色の魔法陣から茨が生えていた。手が無ければ魔法は唱えられない。咄嗟に左手を前に出すが、魔法が発動するよりも早く、ゴルドーは彼の頭部を思い切り殴りつけた。

「ふう…才能はあるが、まだまだだな。レイニー君。」

ゴルドーは汗を拭い、意識を失ったレイニーを見つめた。安堵したように息を吐き、治癒魔法を彼に使おうと近づいた。

「なぁおやっさん、あれ…」

「あぁ、そうみたいだな。諦めの悪いやつだ。だが…」

フォルズは目を丸くし、おやっさんはニヤリと笑った。二人はレイニーの手をじっと見つめる。まだ微かに、ピクリとだけ動いている。ゴルドーは油断して気がついていない。

「みっともない奴にこそ、成長の意義と可能性があるんだ。」

レイニーはゴルドーの腕を床に向かって引っ張り、ゴルドーは思わず体制を崩した。その隙にレイニーは茨を切断し、両手それぞれで異なる魔法陣を展開した。

「なっ!?なんて無茶を、本気で死ぬぞ!」

「関係…ない、でず!」

 レイニーは水の檻でゴルドーを閉じ込め、小さな雨雲から雷を落とした。その瞬間火柱は再び小さな火の玉となり、ゴルドーが発生させた薄紫色の霧がそれを覆った。そして水の檻の中に入り込むも、火の玉は霧に遮られ水で消えない。瞬く間に火の玉は激しい光とともに大きな爆発を起こし、ゴルドーは防御できずにその攻撃を全て食らった。

 やがて爆発の光が消え、フォルズとおやっさんは目を開けた。そこにあったのは、傷だらけで倒れている二人の姿。二人とも満身創痍で勝負は続けられそうにない。

「引き分け、といったところか。油断しなけりゃあ、ゴリの勝ちだったのにな。」

「兎に角、早く応急手当しないとだろ。ほら、おやっさんも手伝えって。」


 次にレイニーが目を覚ますと、フォルズが顔を覗き込んでいた。ふと彼と目が合い、フォルズは数回瞬きをした後、目を丸くしている。

「起きたぁ!良かった、心配したんだぞ。」

「フォルズ。ぼくは…負けたの?」

するとフォルズは気まずそうな表情をし、レイニーは余計に不安になった。だが、返ってきた答えは予想とは違うものだった。

「引き分け。レイニーの最後の魔法で、ゴリちゃんも気を失ったんだ。おやっさんもあの凄さに感嘆してたよ。ハハッ、流石だな!」

フォルズは素直にレイニーの魔法の練度を称賛した。しかし、本人は喜ぶ素振りもなく、目からは大粒の涙がこぼれる。苦しそうな声で、懸命に言葉を絞り出す。

「…勝てなかった。」

「レイニー。でも負けなかっただろ?それだけで良いじゃないか。」

「産まれた時から、村がなくなってから、人生も全部魔法に注ぎ込んできたのに!あの人に勝てなかったんだ!こんなじゃ…クラージュの村の復興なんて…!」

こぼれ出た涙とともに、今まで抑えていた気持ちが溢れ出す。周りの目も気にせず、いつものように笑うことも出来ず、レイニーはただ泣いた。

「そもそも村を復興したって…父さんも母さんも、サニー姉さんだって、皆もういない!死んだんだ!今更帰る場所なんてない!」

レイニーは震える手でポケットを探り、中から一粒の錠剤を取り出した。それを握りしめ、フォルズを恨めしそうに見る。

「この薬だって...楽に、なりたくて買った。何度も、何度も終わりにしようとしたけど。フォルズ…君が悲しむから、あと一歩が踏み出せなくて。ねぇ…君のせいなんだよ?」

レイニーは唇を強く噛み、手の上の錠剤をじっくりと見た。そして、ゆっくりとそれを口に近づけていく。

「ふざけんな馬鹿か!」

フォルズはレイニーから錠剤をぶんどり、自分の口の中に入れた。あの錠剤は毒薬。一粒飲めば確実に死に至る。レイニーが固まっていると、フォルズは首元を抑えて倒れた。

「ちょっとフォルズ、フォルズ!しっかりしてよ!あぁもう何でこうなるんだよ、君が死ぬ必要なんて!おい、馬鹿は君だよ!起きろって馬鹿!」

焦り、喪失感、怒り、レイニーの心はグチャグチャだった。何もかも理解できず、フォルズの体を揺らして言葉をまくしたてる。するとフォルズはムクッと起き上がり、ペッと錠剤を吐き出した。その上真顔でピースサインをし、

「うっそー。」

とだけ言った。時が止まった。レイニーはギュッと拳を握りしめ、フォルズの横顔を思い切り殴りつけた。

「うあぁぁぁ!」

床に倒れ込んだフォルズを蹴り、殴り、それでも止まらずに殴る。自分のブーツを脱ぎ、そしてフォルズをひたすらに滅多打ちにした。泣いて叫んで力任せに殴り続けた。フォルズも何も言わず、一切抵抗もせず、ひたすらに滅多打ちにされ続けた。


 十数分経ってようやくレイニーは殴るのをやめた。いつの間にか涙も枯れてしまったようだ。所々血を流して倒れているフォルズを起こし、二人で壁に寄りかかった。

「あの…すっきりした?」

「…いや、まぁね。多分一生分の暴力振るったと思う。」

暫くの沈黙の後、レイニーははっとした。冷や汗をかきながらフォルズの方を見る。フォルズはキョトンとした様子だ。

「そうだ、ぼくの薬どこにやったの?」

「え?…あっごめん捨てた。いやぁ、俺の唾液ついたからもう使えないかなぁって。」

「はぁ!?何で勝手に捨てるの!ぼくの心の支えだったのに…高かったんだよ?」

ガックリと肩を落とすレイニーに対し、フォルズは苦笑いして背中を擦った。

「ごめんって…良いだろ?これからは、親友の俺が支えてやるからさ。」

「何だよ今更…元々君のせいだからね。知らないところで友達増やして、恋愛してるし他のクラスの人と決闘もしてるし。親友のぼくを置いてけぼりにして…ずっと不満だったよ。」

レイニーはムスッとした顔でそっぽを向いてしまった。しかしフォルズは面倒くさがるのではなく、ポツリと言葉を発した。

「…ほんっと、ごめんな。」

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